第12話 ヤバい話

  十二話 ヤバい話


 演劇部。

 活動は活発で、実績もある部だった。何より、テスト準備期間の二週間で他の部活が強制帰宅を喰らう中、準備期間中にコンクールがあるからとはいえ部活が許されているその部は極めて異端だ。

 演劇部部長、鳴海裕子。今時珍しい瓶底眼鏡の女の子。

「お願い! 誰か一人貸してくれない!?」

「……」

 とはいえ、テストが余裕の人物は、あんまりいない。

「先輩達みたいにテストを捨ててないですからね……。美空は、やる?」

「無理よ。復習で忙しいの」

「メリアは?」

「無理だ。勉強する」

「瑞葉もどうだい?」

「あー、無理っす。追い込みなんで」

「白姉さんはどう? 余裕でしょ」

「余裕だけど三門芝居に付き合うほど暇じゃないにゃん」

「なっ!? 三門芝居ですって!?」

「見たけど、今年は凡だにゃん。スター性のある人間もいないし、小道具も使いまわし、セットだって流用。掛け合いの質はどうかとみれば、あんまりなってないにゃん」

 すげえ。まさかここまで言い切るとは。

 とはいえ、白姉さんもエンタメのプロだ。実際に脚本も書いているし、それに応じた演技を知っているからこその感想なのだと思う。

 ……それを知らない目の前の女の子は、メラメラと燃えているけど。

「俺でよければ、使ってみませんか、鳴海さん」

「え?」

 虚をつかれたらしい、メガネがずれた。

 直しつつ、聞かれる。

「い、いいの? 本番まで五日だけど」

「ギリギリですね。なんでまた」

「……主役が、その……倒れちゃって……。責任感の強い子だったから……」

「台本、見せてください」

「ああ、うん。これ」

 さらさらと記憶していく。

「オーケーです」

「え!? ……『君はその剣をもちいて……王の剣で、戦う覚悟がおありか!』」

「『さすれば、私は王となろう。偽りなれども、錦の旗として、この剣を振るって見せる!』」

「……嘘でしょ」

「残念ながらマジですよ。行きましょうか。……瑞葉、そこの答えは3になるはずだよ」

「え!?」

 とりあえず、頑張るか。



 主役の代役の条件、というのは、脚本をすべて覚えている俺はクリアしていた。

 感情表現も心情が分かり、それを再現できるのでクリア。後は、テンポと他の人間との兼ね合いだった。

「はい、工藤君。もう少し溜めて! それと、まだ少し声が出てないよ!」

「はい!」

 腹式呼吸はその場なら何とかなるが、連続してやるのは少し難しい。気を抜くと胸式呼吸に戻ってしまう。

「……はい、お疲れ。いや、モノになったわね。というか、一気に舞台が華やかになったわ」

「ありがとう」

 衣装合わせも終わっている。俺のはミニのパンツとロングブーツ、貴族風のジャケット。腰にはサーベル。

「どうも、衣装に喰われてるような気がするけどね」

「いやいや、負けてない負けてない」

「先輩、お疲れ様です! ありがとうございます!」

「マジ演技上手いっス先輩!」

「ありがとう。こんな素人演技で申し訳ないけど、全力を尽くすよ」

「演劇部とか、入ったりしませんか!?」

「相談部だからね。普段はやらないと思うけど、また縁があれば」

 当たり障りのない感じで応じる。

 部内の人間関係を考えると、それが妥当だ。助っ人は出しゃばらずに、馴染む程度に会話して、後を濁さず消えていく。それでいい。

「じゃ、明日の本番もよろしく!」

「はい、分かってるよ」

「……」

「うわ、御剣君!? 来て大丈夫なの!?」

「……工藤、君。代理……けほっ、けほっ……ありが、とう……」

 そうか、御剣健介――彼が王子役だったのか。

 同じクラス。ルックスは悪くないけど、何というか、一つの物事に集中するあまり他を忘れてしまうタイプの人間。テストの科目も、何故か一科目だけに集中しているらしく、高得点。そのほかは赤点すれすれという。俺と一緒に一科目だけ満点がでた、という話題で知り合いのレベル。

「ぼ、僕が元気なら……くそ……」

「御剣君、もう二日、休むことだけに集中してくれ。コンクールで銀を取れば次の県大会に行けるんだから。それまで、休むことに集中しよう。にわか仕込みの俺じゃなくて……君の演技の方が、求められてるはずだよ」

「……ううっ、工藤君……! なんていい奴なんだ……!」

「送っていくよ。肩、いる?」

「……頼む」

「うん。じゃあ、お疲れ。行こうか」

 彼を家まで送り届け、その日は終了した。



 翌日。

 大トリを務めることになった我らが演劇部。

 とりあえず演技をこなし、得点は……丁度銀賞だった。

 なんとか、カッコがついたな。

『銀賞に輝いた、天壌我原学園高等部の総評に移りたいと思います』

『え~、王子に少し違和感を覚えましたが、他は非常に丁寧な演技でした。王子役が目立っていただけに、悪いところも見えてしまっていましたが』

『具体的に言うと?』

『なんというか……王子役を演じる自分を演じているというような、二重にも及ぶ演技をしていたんですね。ゆえにそれを表現しきれていない部分が出てきていましたが、ハイレベルな話です。端役なら気づかれなかったでしょう。そして、読み方が少し浅い気がしました。彼、演劇を始めて間もないんじゃないでしょうか。それでも、素晴らしい演技でした』

「わお、ずばりだね」

「まぁ、にわか仕込みもいいとこだよ」

 御剣君に銀賞を取ったことを報告。すぐに返事が来た。

『ありがとう、工藤君! 今度、何かお礼をするから』

 返信しよう。

『気にしないで。体調はどう?』

『だいぶ良くなってきた。県大会には間に合いそうだよ』

「……よかった」

 俺の役目もここまでだろう。

 にゃむにゃむと総評をのべていたオッサンの話も終わり、解散になった。

「じゃ、打ち上げしよっか!」

「俺は家に帰って試験勉強するので」

「うわ、空気読めないなー」

「あはは、五日ほどしかいてないから、行きづらいよ。御剣君も調子が戻ってきたらしいから、頑張ってね」

「そっか。ありがと、工藤君!」

「こんな無茶な案件は、今回限りにしてくださいね」

 ニコッと笑って去っていく。

「おい、紫苑!」

「あれ、紗耶香先生! どうしたんですか?」

「アホ、あたしゃ演劇部と相談部の顧問だよ」

「……知りませんでした」

「まぁ普段行ってねえからな。演技指導もたまにだし、長谷部コーチがメインだからな。お前だったのか、代役」

「ええ。大根役者で申し訳ない」

「いいや、舞台に目をやらせたのは間違いなくお前の力だ。あたしも鼻がたけえぞ。よし、ラーメンでも奢ってやろう」

「いいんですか? なら、頂きます」

 なぜだろう。

 紗耶香さんと仲が深まっている気がする。



 そして。

 県大会を突破し、全国大会に出場した我らの演劇部。

 なんと、俺の演技を見て、御剣君が謎の感銘を受けたらしく、良いと思ったところを吸収。

 一躍、御剣王子と呼ばれることになった。

 不味いのは、それを公の場で言って、興奮した口調で、『彼は僕の王子様です!』と爆弾発言してしまったところだ。

 ざわざわとする教室。

 俺がホモじゃないかと噂する集団だった。

「なんでこうなった……」

「ど、ドンマイ、相棒」

 メリアに慰められつつ、テスト期間を過ごすのだった。

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