第8話 美空の友達

  八話 美空の友達


「お名前は?」

「東雲、悠木です」

 そう言ったのは、美空が連れてきた女の子だった。

 こんな子いたっけ? まぁ隣のクラスらしいので、別にいいか。

 そう思えるほど、特徴らしい特徴のない子だった。

「東雲は明るくなりたいらしいのよ」

「明るく、か」

 それはまた難しい問題だ。

「その、片桐さんみたいに、明るくなりたいんです……」

「もっと明るい人がいるけどね」

「呼んだにゃん?」

「!?」

「いいや、作業に戻ってていいよ」

「はいにゃーん。うーん、シナリオの整合性が……直しちゃおう。でも、このセリフいいなぁ」

 白姉さんは作業に戻っていった。

「にゃんって……」

「うん、まず一つ。頭がぶっ飛べば明るくはなるんじゃないかな」

「そ、その、まともでいたいので、その線で一つ……」

「だよねー」

 ヤバい奴になる案は却下された。まあこれ以上増えられても俺が困るし。

「そもそも、明るくなってなにがしたいの?」

 お、いい質問だな、美空。

 もぞもぞと動いて……東雲さんはうんと頷いた。

「社交性は、必要なものだと思うんです」

「そうだね、ある程度は要るよ」

「でも、それは容姿がいいからという自信があるから、だと思うんです」

「まぁ、それはあるかもね」

「工藤君には、分からない悩みだと思います」

「……君にも分からないと思うよ」

「え?」

「容姿に気を付けたことがあるかい? 週に三度のパックは? 鏡の前で最低三十分は掛けてる? 服とか流行もチェックしてたりする? 体系維持のためのダイエットや食の習慣を気にしてるかい?」

「そ、その……」

「俺はこれくらいやらないと自信が持てないけど、やってない人がそんな皮肉めいてイケメンは許せないとか言うのは、ちょっとムカつくね」

「す、すみません……」

「いいよ。俺こそごめん、少しイラッとしてしまった」

 いかんいかん、相談部がこんな調子でどうするんだろう。

「まぁ、俺ごときが鏡を気にするとかナルシストかよ、と思うけど、ナルシストにある程度ならなきゃ」

「えー……」

「別に自分が好きって公言しろって言ってるわけじゃないよ。ただ、自分が好きになれる自分が一つでもあれば、きっかけになるから」

「工藤君はどんな自分が好きなんですか?」

「ん? こうやって努力してイケメンと成績優秀を保って、それを噂されることかな」

「うわぁ、暗い……」

「そう、俺はこういう人間だから。基本的には似てると思うよ。自分を好きになるには、という問題じゃなく、俺は自分をどうやったら好きになってもらえるかって考えてるけど」

「……!」

 何か驚いたような顔をしているけど、そう驚く事でもないと思う。

 所詮そんなものだ。自分が好きか、それとも好かれたいか。

 彼女は、自分を好きになりたいらしいけど。それも悪くない。いや、この話に限らず良い悪いはあんまりないんだけど。

「瑞葉はなにかある?」

「そーっすねえ。やっぱ、対人経験も累計経験値と同じで、積み重ねだと思うんっすよ。やってみたらどうっすか?」

「何を?」

「ネトゲっす」

「ああ、ネットゲームね」

「……確かに。お父さんのおさがりのゲームパソコンがあります」

「おお、環境はあるじゃないっすか。ぜひぜひ、やりましょー。何が好きっすか? ファンタジーっすか、銃の世界っすか?」

「えっとね……ファンタジー!」

「だったら、アシストできると思うっす! ね、シオン先輩」

「……まぁ、最近ログインしてなかったからね」

「え?」

「えっと、紙に書くんで。その通りに進めてくださいっす。キャラの名前、何にしようとかあります?」

「好きな花の名前で。ライラックにしようかなって」

「了解っす」

 ……上手くいくといいけど。



「ダイブ。『アークエンジェルスオンライン』」

 ――音声認証、ダイブ確認――オンライン環境、オールグリーン――ログインを開始します。

 意識が一瞬沈み、目を開けると、いつものギルドの家屋、その一室に召喚される。

 あ、すぐに通話。瑞葉だ。

『聞こえるか、シオン。パニエだ』

「あ、パニエさん」

『……何か、現実で会ってると微妙な感じっすね』

「まぁ団員は不審がるだろうからね。この調子で」

『分かった。入団の申し込みがある。今すぐ、降りて来てくれ』

「うん、分かったよ」

 ドアを開け、階段を降りると、人が集まっていた。

「シオン! しばらく見なかったな、元気にしてたか?」

「レオ。もちろんだよ。まぁ、少し忙しくてね、最近」

「お。なんだよ、リアル充実か? ほら、新人だよ。ライラックっていうんだって」

 そこを見ると、少年のキャラクターがいた。

 種族は……エルフだ。金髪で凛々しい顔立ちの子供。

「初めまして、ライラック。俺はシオン。よろしく」

「え? シオン?」

「ご想像にお任せします」

 と言いつつ、ウィスパーに切り替えて、ライラックに繋ぐ。

「どうも、工藤紫苑です。これはウィスパーと言って、個人間でやり取りするチャットだよ。切り替え方は、オプションからウィスパーを選ぶといい」

「……こう、ですか?」

「そうそう。他にも、パーティチャットとチームチャット、フィールドチャットとかがあるから、まぁ学んでいって」

「は、はい」

「じゃ、フィールドチャットに切り替えよう。……ライラックさんはオンラインゲーム初めて?」

「は、初めてです」

「そっか。団長、どうする?」

「初心者歓迎。ようこそ、『錦の剣』へ!」

 職業サムライの団長ことシャロンが手を広げて歓迎を示す。

 それを見て、わっと人が押し寄せてくる。

 ……それを見て困惑しているけど、嬉しそうにしている彼女。

 まぁ、ここからなんだけどな。

 本当に人と、ゼロから信頼関係を育んでいけるか。

 アシストはするけど、頑張ってもらわないと。



 で、思ったよりも……ネトゲは彼女に元気を与えてくれたようで。

 とはいえ、表に出るわけではない。普段と変わらないと評したのは、友人の美空。

 同時に、会話がネットゲームの話だらけになって少し困っているとも聞いた。

 一週間、効率を徹底的に上げたレベリングに付き合ってもらった成果、既に彼女のレベルはカンスト。

 趣味も特になかった彼女は、メンバーとレアドロを狙う日々になったらしい。

「シオンさん、補助ありがとうございます! ようやくドロップしましたね!」

「気にしないで。好きでやってるから。パニエ、出た? 俺は出たけど」

「出た。……にしても、すっかり打ち解けたな」

 パニエこと瑞葉もその脅威の呑み込みの早さに驚いていた。

「皆さんが良くしてくれるおかげです!」

「うん、よかった。楽しめてるようで」

「はい! 今、楽しいです!」

「……それは何よりだ」

 パニエがそう頷く。



 そして、悪影響が出始めた。

 ネトゲにはまり過ぎて、不登校になったのだという。

 美空と瑞葉を連れて、彼女の家まで行くことに。

「いや……行こうとは思ってるんですけど……お昼限定の緊急が、というか……」

「このままだと高校卒業すらできずにニートっすよ」

「うぐっ……」

「んで、このままゲームばかりしていていいのかって考えて……どんどん、外に出るに出れなくなって……」

「うわぁぁぁ!? 容易に想像できちゃうぅぅぅぅ!? ど、どどど、どうしよ、片桐さん、パニエ!」

「学校、行きゃいいっすよ。いや、自分もイベント行きたいっすけど、リアルあっての物種っすからね」

「うーん……」

 分かってはいるけど……という顔だった。

 まぁ、顔は出しにくいよね。スパンが長ければ、長いほど。

 余裕はあるが期末もあるし。授業が分からないと大変だろうと思う。

「……そんなに面白いのかしら、ゲームって」

「人によるけどね。どうして、美空」

「……アタシ、最近楽しくないの。せっかく……東雲って友達ができたのに……ちっとも学校に来ないし……」

「あ……」

 現実的な問題じゃなくて、美空の言ってるのは、寂しいというまっすぐな感情だった。

 直情的な彼女に揺すられて、東雲さんは頭を下げた。

「ごめん、片桐さん。……友達として、あなたを放っておいた私を、許してくれる?」

「許す許さないもないでしょ。……また、仲良くしてくれる?」

「うん。……ごめんね」

 ……。

 何というか。

 頭がいいとか、顔がいいとか。

 そういうのが関係なく……問題は解決していく。

 この集団に……俺って要らないんじゃないかな。

 いや、切り替えろ。問題が無くなるんだ。いいじゃないか、それで。

「ん? どしたの、紫苑」

「……いや。瑞葉、行こうか。友達と募る話があるだろうし」

「いや、一緒に帰るわよ。だって、これから教室でいっぱい話せるし!」

 さりげなく逃げ道をふさいでいるけど。

「? 何?」

 多分、そんなに考えてないのだろう。

 ……それは、素養だと思う。

 人付き合いは、元来の才能だと思う。

 俺のように努力で解決する人間もいれば、体当たりで何とかする人間もいる。

 だから、美空が……まぶしく見える。

「じゃ、行こうか」

 ……みっともないな、俺。

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