第7話 裏入学の実態

  七話 裏入学の実態


「……あの、理事長」

「何、紫苑君。紅茶のおかわりかしら?」

「なぜ、俺が理事長室に?」

「昼休み、暇だというから呼んだんじゃないですか」

 ここのところ、瑞葉も美空も友達ができたらしく、姉さんもマスターアップ間近でヤバいとか言って学校に来ていない。

 そう矢車先生に愚痴った記憶に、ついさっき思い当たった。

「ええ、確かにここのところ暇でしたね」

「そうでしょう? それに、このお昼に、留学生が見えますの。立ち会ってもらえませんか? 英語は苦手で」

「……俺も日常会話くらいですよ?」

「それでも私よりはマシなはずですので、よろしくお願いしますねぇ」

 なんて言われては、仕方がない。

 にしても美味い紅茶だ。種類は、多分……セイロン系の何かだと思うけど。

 しばらく紅茶を堪能していると、ノックがある。

「どうぞ、お入りください」

「え!?」

 そう。理事長先生が喋ったのは流暢な英語。

 金髪の優しそうな父親に、目つきは悪いが可愛い銀髪の少女が続く。

「えっと、そちらの彼はボーイフレンドかな?」

「ふふっ、カッコいいでしょう?」

「……バッカみたい」

 そう呟いたのが、不意に耳に入った。

「僕はレヴァン・国城。娘のメリア・国城です。えっと、学業が芳しくなくても、入れてくれるとのことでしたが……」

「ええ、私が気に入れば」

「それはよかった、メリアは口が悪いけど、心根は優しい子なんです」

「パパ、馬鹿みたいだからやめろ」

「し、しかしだね……」

 というような劇が、英語で繰り広げられている。

 これが本場か。ちょっと言葉が乱暴だったり、単語だけだったりと、日本で習うものとは異様に違う。

 というか、日本で習う英語の方が無駄に難しいんだな。

「……メリア・国城。よろしく」

「日本語は?」

「何でわざわざこっちの国に合わせなくちゃいけないの? アンタもホワイトなら英語喋れっての」

「わざわざ合わせてあげているのはこっちですよ。品のない英語にね」

「なんだと!?」

「まぁまぁ……」

 うわぁ。

 関わり合いになりたくない。

 たぶん彼女は、白人至上主義者だろう。

「まぁ、日本はマシだけど。基本的に寄ってこないし。でも、ガイジンガイジンって連呼したり、人の事こそこそ見るのはイライラする。アンタもだよ、そこの彼氏。ま、本場の英語なんて、今の日本教育では無理だろ」

 カチンときたので、割って入る。笑みを浮かべて、英語で。

「そう感じたなら申し訳ないです、国城さん。いや、本場の方は流暢だ。そんな会話の速度で英語は難しいな、尊敬するよ」

「……へえ、お前、英語できるのか」

 日本語でそう言って、ニィ、とメリアが笑う。

「なんだよ、ちゃんと教育できてるヤツいるじゃん」

「それはどうも、国城さん」

「そう。いきなり馴れ馴れしくメリアって呼ばないのも気に入った。お前、メリアでいいよ。えっと……」

「工藤紫苑です」

「じゃあシィだな。シィ、よろしくな」

「あら、仲良しですね」

「おれは認めるものは素直に認める主義だ」

「では、入学を許可します。紫苑君、色々教えてあげてくださいね?」

「よろしくな、シィ!」

「……」

 どうでもいいけど、馴れ馴れしいな。



 同じクラスに編入したメリアは、相変わらず英語でのマシンガントークで人を近づけさせなかった。

 屋上で一緒に食事を摂りながら、英語で訊ねてみる。

「どうして日本語が喋れるのに、英語を話すんだい?」

「日本語でいーよ、シィ。……おれ、子供の頃日本に住んでたんだけど……酷かったんだ。ガイジンガイジンって言われまくって、英語話せよ馬鹿とも言われてたんだ。もうムカムカしてさ。で、海を渡ったら、全然違かったんだ。白人至上主義な傾向はあるけど、その差別もおれがいた場所だと陰湿的なものじゃないんだ。だから、イギリスの人間になりたかった。まぁ、結局、親父の都合で戻ってきたんだけどな」

 ホットドッグを齧り、彼女はコーヒーでそれを流し込む。

「だから、俺は英語で話しかけて来ようとする人間しか嫌だ。同じ目線に立とうとする人間しか、認めない」

 そういえば、思い返す。

 彼女が返事をしたときには、大抵下手な英語で話しかけようとして、会話になってない会話をしていた時だった。

 なるほど、そういう判断の基準があるのか。

「日本で初めての友達だぜ、シィは! 上手いこと通訳しようとしてくれるし、学校の案内もしてくれるし! こーして、ランチにも付き合ってくれる」

「それは光栄だよ。でも、そっか。そういう判断基準なら、おせっかいを焼くこともないのかな」

「ああ、やめとけ。気持ちはもらっとく。……後、体育とか、二人一組とか……その、頼む」

「うん、いいよ」

 あまりモノはつらいからな。

 いや、ホント。



 しばらくして、事件が起きた。

「ちょっと、謝ってってば!」

「……」

 友達になろうと押しかけた女子の一団。

 見ていたので分かる。無理やりお菓子を口に持って行ったのを、メリアが叩き落としたのだ。

 そのお菓子が、ちょっとお高そうだったのだ。いいとこのチョコ。美味そうだった。

 まぁ、論点はそこじゃない。

 英語しか喋れない外国人の認識が、お高く留まりやがった外人野郎に変わろうとしている。

 さすがに、見過ごせない。

「まぁまぁ……待ちなよ」

 思わず割って入る。

「工藤君も何か言ってやってよ!」

「……メリア、あまり騒ぎを起こさないでくれ」

「そいつらに言ってくれ」

「あー……」

 確かに、彼女達も目に余る。

「口元に無理やり食事を持っていくのは病人でもペットでもないんだから、やめた方がいいよ」

「だ、だって、話しかけても反応しないし!」

「日本語で話しかけてもダメだって今までのことでわかってるでしょ? 英語で話しかけてごらんって」

「……そ、そーりー、バッド……でいいのかな」

「下手くそ」

「?」

「こらこら、メリア……」

「ごめん。……って、もう意地を張るのも馬鹿馬鹿しいわ」

 あ。日本語だ。

「って喋れるじゃん! めっちゃ流暢じゃん! なんで無視したの?」

「ガイジンガイジンって騒がれればキレるだろ。頭たんないのか?」

「なっ!?」

「待て、メリア。余計な一言をくっつけてると敵が増えるよ」

「あーはいはい。これからは別に義務とか連帯感で話しかけてこなくていいから」

「……あっそ! みんなー、これからこいつに話しかけなくてもいいってさー! って、うわぁ!?」

 その女子の襟元を思わず掴んでいた。

「怒る気持ちは分かるが……自分が気に入らなかっただけだろ」

「は? 何で工藤君が怒るのよ!」

「友達を酷い目に遭わせて怒るのって、当たり前じゃない?」

「え? 工藤君友達なの? あからさまに見下してるけど」

「見下してない。ガイジンガイジンって散々騒ぎ立てて迷惑してたのは、彼女じゃないか。怒って当然だと俺は思う」

「……」

「ごめんね、いきなり掴んで。でも、分かってほしい」

「い、いいよ。工藤君。こっちも、騒いで悪かったし」

 去っていく女子の面々。

「荒っぽい工藤君もよかったねー!」

「ちょっとドキッとしちゃったー!」

 ……メリアも俺もだが、顔面偏差値が高くてよかった。

 低いと確実に虐めコースだからな……。

「迷惑かけた、シィ」

「気にしないでくれ。思わずやったことだよ」

「……やっぱ、ムカつくのかな、おれ」

「いいや、可愛いと思うけど」

「……お前、ナンパ系?」

「どう思おうと自由だけど、俺は本音しか言わないよ。君は屈折してるようで、一本筋を通してる。真面目なんだね」

「真面目かねえ、おれが」

「だと思うよ。でも、いつでも庇えるわけじゃないから……」

「んだよ」

「いいや。いざとなったら、俺も庇ってほしい」

「……」

 キョトンとして、それから、ぷっ、と笑みが弾けた。

 本気でおかしかったらしく、爆笑が続く。

 男女問わず、綺麗な彼女の笑みを見て、誰もが呆けていた。

「……ぷっ。あー、おかしかった。庇ってくれとか、頼むかぁ? 普通」

「そう?」

「でも、いいよ、シィ。んじゃ、今日から相棒に昇格だ! よろしく頼むぜ、相棒!」

「……うん、相棒。よろしく」

 サムズアップをする彼女に微笑み返し、その手を握った。

 真っ赤になる。

「ち、ちげーよ! サムズアップで返すんだよ!」

「うん、これはわざと」

「……せ、性格悪いぞ、相棒」

「そ。俺は性格悪いよ、相棒」

「……そっか」

 華奢な指を離して、ドスッと横っ腹に一撃をもらう。

 こうして、俺達は相棒になった。

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