第6話 従妹

  六話 従妹


 白姉さんに引きずられて、懐かしの猫葉家までやってきた。

 インターホンを押すと、中からぺたぺたとスリッパでフローリングを歩く音が聞こえる。

「……はーい。って、紫苑お兄ちゃん!」

「やぁ、有栖」

 出てきたのは、猫葉有栖。白姉さんの妹で、従妹。

 長い髪に、相変わらずの蒼いリボンの姿。

「わぁぁぁ! 久しぶりー! お、お姉ちゃん、なんで!? お兄ちゃんとは会っちゃダメじゃなかったの!?」

「これからはよいのだー!」

「いやそれお姉ちゃんが原因だったよね!? 勝手に決めちゃっていいの!?」

 騒いでいると、奥から叔父さんの源一郎さんとおばさんの敏江さんがやってきて、俺に頭を下げてきた。

「すまないな、紫苑君。結局、君に迷惑を掛ける」

「いえ、学園で暴れられても困りますし……」

「お姉ちゃん……」

「てへ!」

「いや褒めてないよ!」

「自重してくれ」

「だからー、弟君と一緒なら自重するってー」

 ごろにゃーごとか言いながらしなだれかかってくる。甘い匂いがする。体とか、柔らかいし。

 ドキドキはするものの、耐えられないわけじゃない。

 引きはがして、一息。

「まぁ、こっちはこっちで上手くやるので……お気になさらず」

「そうか。うん、本当に済まない……」

「うんうん、初孫も近いしね!」

「そうか。うん、本当にすま……え!? 孫!? おい、紫苑君!?」

「し、してません! 何にもしてません、誓って!」

「これからする予定だにゃん!」

「しねえよ!」

「え、やだ。下の棒ついてるにゃん?」

「毎晩処理してるわふざけんな!」

「……お、お兄ちゃん……」

「いや、そりゃするでしょ……。有栖もするでしょ?」

「せ、セクハラ! お兄ちゃん、セクハラはよくないよ!」

「でもでもー、有栖はしおんちゃんのことが好きだしー。二日に一回、一人にゃんにゃんしてるの知ってるしー」

「なっ!? な、ななななっ!?」

 やめろ。爆弾発言をやめてほしい。

 有栖もやっぱり年頃なんだなあって無駄な感慨がわいて自分がどうしようもなく年を取ったような、そんな複雑な気持ちになるのでやめてほしい。

 そっか。女の子もするよな。

「うん、ミーも好きだから、これで3Pできるね!」

「お姉ちゃん、黙ってて!」

「もごごごご……」

 クリームパンを突っ込まれる白姉さん。どこに持ってたんだ。

「……紫苑君。本当に済まない……」

「……いえ」

 疲れ切った顔をしている叔父さんと俺は、ほぼ同時にため息を吐くのだった。



 有栖は中学三年生。

 黙々と勉強をしている。

 その後ろに、俺がいるのだ。

 家庭教師……というか、監視役だ。それを頼まれている。

 そんなことをしなくても、有栖はなんだかんだしっかりしているので大丈夫だとは思うが、有栖たっての希望だった。

「よし、終わりー!」

 んー、と背伸びをする彼女の横から、ノートをとる。

「……」

 ミスはない。ただ、少し遅いか。いや、普通はこんなものなのだろう。俺や白姉さんが早いだけだ。平均すると有栖も早い部類だろう。

「完璧だよ。ただ、もう少し早く解こう。ベストなのは、三回、時間の中で問題を解けることだよ」

「で、できないよー、普通。お姉ちゃんとか紫苑お兄ちゃんならともかく……あたし、フツーだし」

「ミスなくできてるじゃないか。後は、スピードを上げる方法を教えるだけだよ」

「どうするの?」

「紙を全体で見るようにするんだ。すると、問題の全部が頭に入ってくる。で、パッとわかる問題を埋めて、そして左上から解いていく」

「え、えええ……」

「まぁ、白姉さんは全部ぱっと見でわかるような変態だからさておいて、これは訓練すればだれでもできるようになるんだ」

「国語とか難しくない?」

「あれもページをその場で丸暗記してしまえば、後は解くだけだよ」

「無理! というかお兄ちゃんも変態過ぎ!」

「え、あれ。そうなの?」

「全く、天才どもはこれだから嫌なんです……」

「俺は秀才タイプだと思うけどな」

「天才とどう違うんですか?」

「天才は努力をなしに、秀才は努力してその領域に、頭がいいは並よりできるって感じ?」

「ひ、人よりできる自覚はあるんですね」

「まぁ、頑張ってるからね、これでも。全部覚えちゃえば、どれだけミスを減らせるかっていう問題になってくるし、俺は丁度そのあたりだね」

「ぜ、全部覚えてるんですか!?」

「高校過程はね。……さ、続きやろうか」

「お兄ちゃん、一日に何時間勉強してた?」

「一時間ちょいかな」

「え!? そんなに短く!?」

「解き方とか出そうな文章題とか文学作品とか丸暗記して、ひたすらテストを友達と作りあって解きあってたから」

「……中学三年生の受験問題とか、覚えてる?」

「勿論」

「あたしにもテスト、作ってください!」

「いいよ。じゃ、テスト作るから休憩しよう」

「はーい! あ、飲み物持ってきます! コーヒーがいいですか、紅茶がいいですか?」

「紅茶で」

 ちゃっちゃと手書きで問題を作っていく。

 国語は……いいや。苦手そうだった数学と政治に特化して……。

 あ、レベルを聞くのを忘れていた。

 どこの高校を受けるかによって、全く問題が変わってくるのだが……。

「……」

 うちにしておこう。

 天壌我原学園高等部。ここの入試問題さえできれば、おおよそ、県内の高校はどこでも受かる。

 ……よし、できた。

「……」

 女の子の部屋か。

 少し、緊張してきたな。

 ……ん? あの、丸まった布は何なんだろう。

「お待たせしましたー! ……? 何か珍しい物でも……ちょ!? あ、ダメ!? み、見ちゃだめです!」

「あの布は何だい?」

「ぱ、ぱ……」

「ああ、パンツか。しまい忘れてるよ」

「み、見ないでください! ま、まさか、出したんじゃ……!?」

「そんなに暇じゃないよ……。はい、できたから」

「う、ううう……」

「片付けも、日ごろからしっかり行うように」

「……恥ずかしい……。あ、あの、これが本命じゃないですから。ちゃんと可愛いのもありますから!」

「へえ、どんなの?」

「フリルのですね、白い……って何を言わせようとしてるんですか、お兄ちゃん!」

「あ、ごめん。つい流れで……」

 本当に聞くつもりはなかったんだけど、流れって怖いな。

「もうもう、お兄ちゃんはホントセクハラです……」

「ごめんね。なんだか、有栖とこうやって話すのが久しぶりだから」

「だから、なんですか?」

「綺麗になったね」

「!?」

 顔を真っ赤にして、ばばっと距離を取る有栖。何やってんだか。率直な感想なのに。

「い、いつからお兄ちゃんは女ったらしになっちゃったの!?」

「そんなつもりはないよ。でも、本当に綺麗になったって感心してる。可愛いよ」

「……そ、その、て、照れるので、やめてください……」

「照れるのを見てるのもほっこりするけど、はいテスト。切り替えよう」

「はい……」

 血のせいなのかどうなのかは知らないが。

 ほぼ完ぺきに入試問題をこなす従妹に、ホッとするのだった。

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