第5話 同性同士
五章 同性同士
「……」
相談部に依頼が来た。
基本的に、美空も瑞葉も白姉さんもお茶とかはできないらしい。俺が紅茶を作る。暑くなってきたので、濃い目のアイスティーベースを入れ、分量通りの水を注ぎ、氷を突っ込んで差し出す。手っ取り早く出すならこれだ。温かい紅茶じゃない時に、この濃い原液が役に立つ。
香りではどうしてもホットには劣るからなあ。
「ど、どうもです。……あ、美味しい」
「それはよかった。それで、相談の前に聞く決まりなんです。知ってるけどね、赤松さん。確認のために名前と、学年を教えてください」
「赤松愛依です、二年です。……工藤君、相談部だったんだね」
「何の因果かね。で、お悩みというのは?」
「……す、好きな人が、いるんです」
「え、性別は?」
「白姉さん……」
まさかそれを訊ねるとは思わないだろう。
全く、突拍子もない。そんな質問が功を奏するのは百万分の一くらいだ。
「女の子です」
「わお! 背徳!」
役に立ってしまった。
「告白しなさい!」
「ええええ!?」
赤松さんが男らしい美空にビビっていた。うん、言うとは思っていたけどそんなストレートに……。
「いや、まずフラグ構築っしょ。挨拶から始まって日常会話で段々好感度を上げて……」
「しちメンドクサイにゃん。恋愛は第一印象から始まっているのだー!」
「はい、君達は黙ってようね。ゲームじゃないんだから。まずは状況の整理だよ」
「確かに好感度チェックはしないとっすね」
「だからゲームじゃないってば」
苦笑して、赤松さんに向き直る。
「恥ずかしいと思うけど、相手のお名前は?」
「お、同じクラスの、青崎唯さんなんだけど……」
「じゃ、行ってくる!」
「え、こら、どこへ……!」
白姉さんは部屋を飛び出して行ってしまった。
「あ、あの……」
「大丈夫、あの人頭いかれてるから」
「従姉に対して容赦ないっすね、シオン先輩」
「……仲はどれくらいなの?」
「と、友達で、一緒に遊びに行ったりもする……うちにね、その、好きになって……」
「そっか」
「好感度は七十台くらいっすかね」
「何それ」
「ゼロから百までとして、五十で普通、七十で友達、八十で親密、九十で恋仲っす」
「えっと、七十五、くらいだと思います」
「ほー、ちょい親しい友達くらいっすね」
「うん」
「ただいまー!」
速いな。
「白姉さんおかえり」
「聞いてきたよん!」
「……まさかとは思うけど、何を?」
「青崎さん、教室に残ってたから、赤松さんについてゲロってもらったにゃん」
「!?」
「……」
相談もクソもないじゃん……。
台無しじゃん、今までの下地……。
「ど、どうでした!?」
「会って話してくるといいにゃん。教室で、君を待ってるよ」
「……い、行ってきます!」
「いや、いいのかい?」
「良いに決まってるわ。まどろっこしいじゃない」
「いや、美空には言ってないんだけど」
「でも……待ってるだけじゃ、進展も、好転もないんです!」
今回の場合、彼女自身、踏み出すきっかけが欲しかっただけなのだろう。
しかし、俺は……待つことで……この時間を引き延ばしてられるかもしれないとも思った。
その選択肢が浮かぶ俺は、臆病なのだろうか。
出て行った赤松さん。
彼女ほどの勇気は、俺にあったのだろうか。
「しおんちゃん、一つだけ言っておくよ」
「何?」
「……時には、頭を使わず、行動した時の方がいい結果が得られる。そして、自分でやったことなら、後悔もしない」
「自分で間違えたから、より後悔すると思うんだけど」
「それでも、やろうとした結果は残る。一番胸を抉るのは、やらないで失敗に終わり、それを悔やむしかないこと。それが、人生で一番無駄な時間」
「……」
「にゃーん! お姉ちゃんいい事言った! みそらんちゃーん、ぐへへ、先輩といいことしようぜ!」
「いい事って何? あ、わかった! お菓子食べるのね! えへへ、お菓子大好き!」
「……」
「どうしたの、姉さん」
「時折、自分がとてつもなく汚れきった人間だって思う時があるにゃん……」
「ああ、わかる……」
「?」
純粋な美空は、不思議そうに首をかしげていた。
その後の話。
一日後、青崎さんが相談部を訪れた。
赤松さんと手を組んで。
「えへへ、付き合うことになりました」
「うん! まっちゃん可愛いから、なんか恥ずかしいなぁ。照れるというか……」
「……お二方、性別の壁は?」
「え? 可愛いでしょ?」
「えー、青ちゃんの方が可愛いよぉ!」
「まっちゃんの方が……」
……何というか。すっかり出来上がっていた。
で、これは予想してなかったんだけど。
その件に関して、二人が呼び出され、職員会議になった。
相談部の全員に伏せて、代表として俺も立ち会うことになる。
「何を考えているんです、女同士でつきあうなど! 男女ですら自重を促しているというのに!」
風紀の取り締まりに躍起になっているメガネの女教員が吼えるのを、赤松さんが負けるものかと睨み返している。
青崎さんを守るように、手を添えて。
「工藤君! あなたがついていながら、どうして止めなかったのですか!」
止めようというか、何というか。
そうか、この人達にとっては……女性同士が付き合うのはあり得ないんだな、と冷静に思った。
「それじゃ、吉塚先生。女性同士の恋愛の、何が悪いのですか?」
「そ、それは……普通ではないでしょう!」
「普通ではない。確かに。だからこそ、得難い経験があると思いませんか?」
「思いません! そもそも、非生産的です!」
「非生産的を指摘するのなら、男女間の恋愛自重促進は矛盾しています」
「い、いや……しかし……!」
「それに、非生産的の恋愛は誰に責任がつくんですか? 世間から冷たい目を向けられることもあるでしょう。でもそれは、本人たちも覚悟の上でしょう? そう、全ては本人達が何とかすべき問題です。結婚するとかなら日本的にどうかなーとは思ったりしますが、本気だと言ってもまだお付き合いですよ? 野暮が過ぎるんじゃないですか?」
「……」
「プラス、俺も……吉塚先生も、こういう恋愛経験はないでしょう?」
「だ、だから、何だっていうんですか!」
「……口を出す権利すらない問題じゃないかなーと、思ったりしません?」
「我々は教育者です!」
「そ、そこまで口を出される筋合いは、ない!」
赤松さんが、きっぱりと言い切った。
「私は、青ちゃんがいいなら……この学園をやめます! 別れるくらいなら!」
「私もいいですよ」
「なっ!? 今がどれだけ大事な時期か分かっているんですか!?」
「やめなさい、吉塚先生」
「しかし、理事長!」
「黙りなさい!」
「……はい」
理事長が頭を下げる。この人も子供っぽいけど、不思議と品のあって、可愛い人だった。最近見る年上の女性はどうも神秘に満ちている。
「ごめんなさいね。……でも、この件に関して、学園側は何の対応もしません。庇うことも、やめろと訴えることも。全て、自分で責任を取ってもらいます」
「……はい、理事長先生」
「分かりました」
「……工藤君も、ごめんなさい。こんな些細なことで呼び出してしまって」
「いえ。近くでお顔を拝見できて、光栄です」
「あら、こんなおばあちゃんの顔を見てうれしいものなの?」
「とても美人なので、思わずドキドキしてしまいますよ」
「ふふふっ、上手ですね。ご存知の通り、私は横暴を平気で通します。お気に入りの工藤君に免じて、内申点にも傷がつかないようにしておきます。ただ、カップルでご休憩のホテルに行ったとか、そういう部分は絶対に庇わないので……行動をくれぐれも慎んでください」
「学校のため、ですか?」
「……どうでしょう」
「違うよ。お互いを想いあうなら、って、理事長先生は言いたいんだと思う。好きな人の未来を、簡単に奪えてしまう関係なんだってことも、言っておくよ」
「あら、言ってしまっては野暮ではありませんか?」
「その優しさを出すのは照れ臭いでしょうから、俺が言ったんですよ」
「おや、意地悪ですね」
くすくすと笑う彼女に笑いかけ、そして赤松さんと青崎さんに向き直る。
「戻ろう。これ以上の論争は必要ないから」
「や、辞めなくていいんだよね?」
「うん。まぁ、極力表に出さない方がいいだろうけど……。でもさ、秘密の恋愛って、何か、燃えない?」
「……!」
「なるほど。工藤君……頭いいですね」
「主席ですから。じゃ、いこっか」
こうして、女の子同士のカップル一号が誕生したのだった。
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