第115話 聖女の望み
運び込まれた食事はシチューにパンに水とシンプルだったが、代わりに食べやすく量もしっかりあった。
最初は毒を気にして誰も手を付けようとはしなかったが、その事に気が付いた神官が慌てて部屋の外へと戻っていき、少しして出来立て料理が入った鍋などを持ってきて目の前で一口食べて見せた。
「このように安全ですから。どうかご安心して食事をとってください」
できるだけ安心させるようにと小さく微笑む神官を見て諦聖達はゆっくりと食事を始めた。
「っ!美味しい…」
「うめぇー!!」
一口食べると想定以上の美味しさに目を見開く。
まだ正体が分からないとは言え神託にあった希望の存在かもしれないのだ。それだけにドルトス教皇達は諦聖達を最上級の賓客扱いでもてなすことに決めた。
ゆえに出された料理は最上級の素材を使われた物で、地球の食材とは格段の差があって味は一級品だ。
さすがに監視の意味もあって、治療室から移動させる事はしなかった。
そんな中での最大限の歓迎にと用意させたのが豪華な食事という事だった。
もっとも楽しく食事と言うには1人、雫だけが目の前の料理に手を付けることなく部屋の隅で暗い顔をしていた。
食事すらとらない事を心配して諦聖が声をかけようとするが、さすがに空気をこれ以上重くされたくない他の者達から止められていた。なので誰からも声をかけられる事なく沈み込んだ暗い表情のまま、ひとりマイナス思考に浸る。
(あの時…もっとちゃんとしてれば…)
考えるのはいつも同じことばかりだった。
半年ほど前の朝、いつものように諦聖達と登校途中のコンビニで飲み物などを買っている時に起こった不運な事故。関係のない人間からすればそれだけのことだが、その時に目の前でトラックに轢かれようとしている同級生を見て雫は助けようと必死に走った。
別に親しい相手と言うわけでもなく、記憶をたどっても挨拶を数度したことがあるかどうかと言う知り合いとすら呼べない相手だ。
それでも目の前の相手を助けようと雫は本気で思い、行動していた。
もっとも助けようとした相手に荷物を投げつけられて転ばされ、数秒目を離した間に接近したトラックによって轢かれてしまった。
救おうとした相手からの拒絶ともとれる対応に最初は戸惑い、そして時間が経つに連れて一つの事を考えてしまうようになっていた。
それは『自分が余計なことをしなければ彼は助かっていたのではないか?』と言う事だった。
人一人を倒すことができるような力を込めて荷物を投げる余裕があるのだから、その間に店の中へと飛び込むようにしてでも戻る事が出来たのではないか?と考え着いてしまったのだ。
実際は単純に諦めてしまっていたので逃げるつもりが全くなく、人気者が代わりに死んだりしたら後が面倒と言った感じな理由なのだが…そんなことは雫が知るわけもない。
ゆえに自分が犠牲になりそうなのを止めて、代わりに犠牲になった同級生の男の子と言ったように少し、いや…かなり美化されて雫の脳内に彰吾は存在していた。
それだけに自分の余計な行動で一人の同級生の命を奪ってしまったと考えた雫は自分を責め続け、現在までも心をすり減らして病んでしまっているのだった。
(………)
『生きる気力すらなくした哀れな子』
「?」
そうして何をするでもなくぼーっとしていると不思議と透き通って、まるで頭に染みこむような優しい声が聞こえて雫は周囲を見回す。だが部屋の中には諦聖達と雫の5人しかいない。
「…誰?」
わからないのなら聞くしかない。
単純で明快な答えだが、頭の中に聞こえる声に対しての質問など傍から見れば変人以外の何物でもない。もっとも半年近く病んでいるのを見てきた諦聖達は回復するまで温かく見守ると決めているので、特に気にすることなく放置して食事を続けていた。
『私は貴方達をこの世界に呼んだ存在』
「神様?」
『それで間違ってはいないわ、でも悲しみに暮れる哀れな子。せっかく呼んだのに、貴女は動きそうにないから少し助言をしてあげる必要があると思ったのよ』
神を名乗る不思議な声に警戒しながらも、不思議と話を聞くと雫の警戒心が徐々に薄れていくのを感じていた。そして急激に薄れる警戒心を不思議に思う事すら雫にはできなかった。
「助言って…」
『他の者達にとっては大した価値もない情報よ。でも、貴女にとってはとっても大切な情報のはずよ』
「………教えて」
どこか含みのある声ではあったが、そこには不思議と引き付けられる魅力のような物を感じて雫は情報を求めた。何も分からない現状を、こんな情けなく落ち込み続ける自分を変えたいと誰よりも思っているのは雫自身なのだから。
なにかきっかけになるかもしれない情報など、それこそ喉から手が出るほど欲しかった。
『貴女を悩ます者は、この世界に一足先に来ている』
「っ!?それはっ」
『あとは貴女が頑張って探しなさい。ふふふっ』
楽しそうに笑い声を残して頭の中に聞こえていた声の気配が遠ざかっていくのを感じて、雫はおもわず手を伸ばして引き留めようとするが…目の前にいる訳ではないので何の意味もなかった。
だが、聞けた話の内容が何よりも重要だった。
「いるの?ううん、いるんだね……なら、見つけて言わなきゃっ」
何を言いたいのか、それは分からないが雫の目には先ほどまではなかったわずかな光が戻ってきていた。
そして元気が出ると自分の体の機能も正常に機能するようになってくる。
ぐぅ~~~~
「っ~~~!」
盛大に鳴り響くお腹の音に雫は恥ずかしそうに顔を赤くして、隠れるように諦聖達から顔を背けて自分の近くに用意された食事に手を付けた。
諦聖達は何が起こったのか分からなくて困惑していたが、なによりも雫が食事をしてくれるようになったことが嬉しいようで顔を見合わせて嬉しそうに笑みを浮かべる。
そうしてどこか明るい空気になって食事を終える事が出来たのだった。
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