第114話 勇者と聖女


 ドルトス教皇たちの居なくなった医務室ではいまだに扉の方を警戒しながら、誰かが入ってくる気配がない事を確認すると諦聖が話し出した。


「誰か、ここに来る前の事覚えてるか?」


「何も…」


「俺も同じくだな。教室に居たのは覚えてるけどよ」


「特に何も…」


 続々と答えていくが雫だけが暗い表情のまま何も話さない。

 そんな雫の様子に諦聖達はなんとも言えない表情を浮かべる。なにせ数カ月もの間なんとか元気づけて、ようやく学校に来ることができるようになったばかりなのだ。


 教室で今日はどこに元気づけに連れていくかを話している時の召喚だ。

 いまだに、どこか心を塗材したような状態の雫を見て全員が痛ましい顔をして、こうなってしまった出来事を思い出して苦々しい怒りにも似た感情を抱く。


(クソッ!あんな奴のせいでっ)


 その中でも諦聖の感情は怒りを通り越して憎悪と言っていいほどに強い感情を向けていた。


 そして原因と成った事件とは『彰吾が目の前で死んだこと』だ。

 当たり前に助けようとした相手から物を投げつけられ、むしろ逆に助けられてしまったよう名状況になってしまったのだ。その事に雫は後から『自分が助けようとしなければ、彼は普通に助かったのではないか?』と思って深く自身の行動を後悔していた。


 そんな彼女を近くで見ていたからこそ諦聖は悲しみ深さを理解して、更には彼女の頭の中をいつまでも支配する彰吾と言う存在が許せなかった。ようするに嫉妬だ。


「こ、これって…異世界に来ちゃった的なやつかな?」


 そんな中で少し目を輝かせながら話したのは町田 凛。

 彼女は見た目こそ可愛らしい小柄な女子だが、ゲームや漫画などがとにかく大好きで不用意に話を振ると1時間ほど話し続けると有名になっていた。

 だから凛には現状に対して候補となる知識があった。


 もっとも、そんな現実を簡単に受け入れられるかは別問題だ。


「異世界って…事は帰れねぇってことか?」


「さすがに私にも分からないよ。最近の漫画とかによく似た展開があるから、そうかな~?って思っただけだもん」


 知らないことを聞かれても凛には答えようがなく、どこか不貞腐れたようにも見える顔をしていた。

 いくら異世界系の話などを見ていても凛が持つのは創作物の知識だけ、こうして現実となってしまえば地球に帰れるかどうかなど知る由もない。むしろ好奇心で心を維持しなければ、帰れない恐怖は凛だって抱き続けていた。


 むしろ下手に知識がある分だけ、この後の自分達が向き合う事になるだろう現実に強い恐怖を抱いていた。


「それよりこの後はどうするの?」


 少し微妙な空気の中で本題を始めたのは、どこか不機嫌そうな影芳 春香だった。

 目元も隠れるほど長い髪の奥には綺麗な整った顔があったが、目つきは鋭くどこか棘を感じさせる話し方などで怖がられていた。それでも綺麗な顔や鍛えた綺麗な体などから人気は高かった

 そんな彼女は誰よりも現実的だった。


「あの人達は素直に喋っているようだったけど、本当の事を全部言っているように見えない。正直に言ってしまうならきな臭い」


「きな臭いって…まぁ、怪しい感じではあったけど…」


 遠慮の欠片もない物言いに少し諦聖は反応に困って濁すような事しか言えず、その反応に春香は余計に苛立った表情を浮かべる。


「今は気を使っているような状況じゃないでしょ、私達の身の安全が掛かっているんだから」


 そう春香が言うと諦聖達はショックを受けたような表情を浮かべる。

 今までは意味の分からない現状に混乱していて無意識に考えないようにしていたが、現状で一番に考えなければならないのは自分達の身の安全だ。


「ひとまず、彼等の話に合わせるのは賛成だけど信用しすぎないようしなさい」


「わ、わかったよ」


「おう、了解だ」


「特に諦聖。貴方は優しくされると、すぐに信用するんだから気を付けなさい」


「わかったよ」


 特にくぎを強く刺された態勢は子供のように不貞腐れた顔で頷いた。

 心当たりがあるのか否定する事もできなかったのだ。


 そうしてひとまず戦隊的な意見のまとめは終わったが、いまだに雫だけは部屋の隅に避難はしていてもそれ以外の反応が何一つかえって来ていなかった。

 いまだに髪は整っているが表情は暗く、知らない人が見ればお化けと間違えそうなほどにどんよりと重い空気を纏ってだ。もはや諦聖達ですら話しかけるのが難しいほどに思い空気だった。


「誰か話しかけなよ…」


「無茶言うなっ」


「私も、さすがにあの状態に声かける勇気はないわね」


「……」


 なんとか話し合いに参加してもらいたいと思う4人だけども、さすがに目に見えて病んでいる人間員声を掛ける勇気は誰になかった。

 そんな重く気まずい空気のまま時間はただ過ぎていき…食事が運ばれてきて話し合いは中断される事になるのだった。



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