第98話 勝者と敗者の語らい


 そして目が覚めた部屋での同盟締結の書類を処理したハルファは一言『少し出てくる』とだけハドリフに言って、のんびりと急造の石の家から外にでた。

 特になにか目的があるわけではないが色々考えたくて少し外を歩きたくなったのだ。


「こっちに行くか…」


 夜中でも騒いでいる国民達を見て邪魔するのも悪いと思いハルファは反対方向へと進む。

 荒野の夜は昼間とは違い、どこか肌寒く治療の為か上着を着ていない薄着のハルファには少し寒かった。しかし寒いくらいで体調を崩すほど軟でもなく、特に気にした様子もなく進むハルファは自分が負けた戦闘跡まで来ていた。


「………はぁ」


 そこを見てなぜ自分が負けたのか考えて憂鬱そうに溜息を漏らす。

 なにせいくら考えても勝ち筋なんてものが考え着かなかったのだ。『百獣ノ王』と言う切り札まで使ったというのに、明確な傷を付ける事すらできなかった。

 危機感を抱かせることはできたようだったが余裕をなくさせることもできず、最初から最後まで笑顔を崩す事すら無理だった。


「あの化物がっ」


 戦闘中に浮かべていた彰悟の笑顔を思い出して忌々し気にハルファは吐き捨てる。攻撃を的確にいなされ、警戒しようとも余裕の態度を崩すようなことのない怪物。それがハルファにとって偽りのない彰吾への印象だった。


「化物って俺の事か?」


「っ⁉」


 気配も何も感じていなかったのに背後から急に現れた笑顔の彰吾に、少しトラウマになっていたのか恐怖から体を強張らせ跳び退いた。

 そこには昼間の正装からラフなパジャマ姿の彰吾が立っていた。


「ふぁ~ねむ…」


「なんで、ここに居る…」


「いや、なんか目が覚めたから夜の散歩に来ただけなんだけどなんか居るの見えたから」


 まだ眠そうに定期的に欠伸をしながら話す彰吾の姿は無防備で、今攻撃すれば簡単に殺せそうにも見えるがハルファには隙が無いようにしか見えなかった。

 ふざけているようにも見える彰吾に対して警戒を解くことなくハルファは話しかける。


「用がないなら帰ってまた寝ればいいだろう」


「もちろん後で寝るさ、だから少し暇つぶしに付き合え」


「なんで我がっ」


 負けたことは認めているが、別に彰吾のことまでは認めたわけではないハルファは一方的な要望に怒りを見せる。

 だが怒りの根本的な本人すら無自覚の原因を見透かしたように彰吾は薄っすらと笑み浮かべて話して見せた。


「そんなくだらない自尊心もってる間は、一生俺には勝てないぞ?」


「っ⁉クソがッ…そういう態度がむかつくってんだよ」


 あからさまな挑発。

 別に無視したところ問題のないはずの言葉。そのはずなのに無視する事はハルファにはできず、唯一出来たのは悪態をつくことだけだった。

 それから彰吾が何処からか取り出したお茶を片手に2人は話始めた。


「何故、我は負けた…」


「いきなりだね。まぁ…理由は簡単だ、お前の最後の技は強かったけど。それが最大の間違いだったな」


「なんだと!?あれは我ら獣人族が長年の研鑽の末に生み出した最強の業だぞ‼」


 よほど『百獣ノ王』と言う業に並々ならぬ思いを持っていたのだろう。

 先ほどまで以上に感情的になった様子のハルファは今にも殴り掛かりそうな勢いで反論する。

 しかし強い感情を向けられようと彰吾は淡々と理由を説明するだけだった。


「どんなに研鑽しようが、最後には戦うのは『自分』であるべきだった。そうでなければ研鑽された技も宝の持ち腐れ、状況ごとに決まった動きをするだけの存在の出来上がりだ。もちろん技の威力や使い方が面白くて楽しい戦いではあったけど、本気を出すほどの脅威ではなかった」


「っ!」


 感情を排して淡々と語る彰吾の言葉には不思議なまでの説得力があって、ハルファは反論したくてもするための言葉を持たなかった。

 実際の問題として『百獣ノ王』と言う業は数百年に渡って生み出された技ではあったけど、最大の欠点と言われていたのも今指摘されている『意識を失ってしまう』という事だったのだ。


 現在の技の継承者にして王がハルファは比較的、他の物と比べて自意識を薄くとも保持したまま技を発動できる天才だった。

 でも、結局はほとんどの意識を失ってしまう事だけは解消できなかった。

 ゆえに技発動中は能動的に技を瞬時に切り替えて応戦する事が出来ず、どこか場当たり的にしか技が使えていなかったのだ。


「もし意識を保ったまま戦えていて、技術も伴てくるようになれば俺もスキルまで使って本気で応戦する必要があっただろう。だから少しもったいない…とは思っていたよ」


「……はぁ…そうか…まだまだ、我は未熟だったという事だな」


「う~ん?そうとも言えるか…」


 別にそこまで言ったつもりはなかった彰吾だったが訂正するのも面倒だったので同意した。

 だが結果としてはそれでよかったのだろう。


 頷く彰吾を見てハルファは感傷的な表情で頭上の少し欠けている月を見る。


「そうか…未熟か…」


 誰よりも強くなったという自負があっただけに驕っていた。

 自覚はなかったが一国の王と成り、同族にも人間にも自分と対等に戦える物が少なくなったことで圧倒的強者だと信じ…そしていつしか自分を磨くという事を怠ってしまった。


 そんな強者なら一度は陥るだろうちょっとした思考の変化だが、今回の敗北と彰吾との会話で矯正された。


「ならば鍛え直すまでだな」


 気合の入った声と共に立ち上がったハルファの表情は最初に比べると幾分よくなったように見えた。


「……暑苦しいなぁ…」


 無駄に気合の入った宣言を間近でされた彰吾はうんざりした様子で言うと、静かに最後の一口でお茶を飲み干してハルファが気が付かないうちに自室へと戻るのだった。

 数分後に1人で取り残されている事に気が付いたハルファの叫び声が荒野に響く事になるのだった。

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