第97話 獣・魔同盟:締結


 そして彰吾とハドリフの話し合いが始まって数時間後、あまりにも長い話し合いになりそうだった2人は内容の大筋が纏まったこともあって一時休憩する事にした。

 更には集まってきていたレータストリア獣人国民達や商人に勝者の宣言をして、気が付いた時には宴会になっていた。根本的に弱肉強食を素で行く獣人達は強者を歓迎するので、自分達の王が倒されたことにもとくに恨みを抱く事はなかった。


 そんな盛り上がっている場所から少し離れた所に石製のちょっとした家が建っていた。と言うか、荒野での野宿を嫌がった彰吾が一夜を越すのならと錬金術を使用して造ったした物だ。

 造りは急造とは思えないほどにしっかりしていて2階建て、1番大きな部屋は彰吾が休憩室として使い。2番目に大きな部屋に簡易的なベットを作りハルファが眠らされていた。


「うっ…うぅ…ん?」


 月がちょうど真上を通りすぎる頃、ようやく目を覚ましたハルファは見覚えのない天井に首を傾げる。なにせ最後の記憶は屋外の荒野で激闘の末に倒されたところで止まっている。

 なのに目を覚ませば建物の中で見覚えのない上、普段使っている物より数段下のベットで眠っているので城に帰ったというわけでもない。


 そこまでの事を瞬時に理解して、ようやく部屋の中にもう1人いる事に気が付いた。


「ハドリフか……」


「はい」


 呼びかけられると影に同化するようにして隠れていたハドリフがゆっくりと姿を現した。


「という事は、我の敗北は知っているな?」


「しかと確認しました」


「そうか……」


 第三者からの確認…それを受けてハルファは自身の敗北が何かの間違いなどではなかった事を自覚する。少し感傷に浸るように目を窓の外の月へと向けて考えると、騒ぐ国民達の姿を見て可笑しそうに薄っすらと笑みを浮かべる。

 だが敗北したからには気にしなければならないことがあった。


「では、向こうの要求も聞いているのか?」


「聞いております」


「説明しろ…」


「わかりました。とは言っても、別に難解な物ではないのですが…」


 交渉の内容を思い出してどこか楽しそうに笑みを浮かべながらハドリフは説明を始めた。

 最初はハドリフの反応に不審げな表情をしていたハルファだったが、説明を聞くにつれて驚き、考え、最後には同じように楽しそうな笑みを浮かべていた。


「ははは!戦っている時から変な奴だとは思っていたが、一国の主がっ!喧嘩を売られたから買っただけだとはなっ!!」


「えぇ、それはもう嘘偽りのない表情でそう言ってましたよ。何かの駆け引きかとも疑いましたが、その後の同盟の内容もこんなですからね?」


 ハドリフが懐から取り出したのは国家間の契約に使われる品質の高い魔法契約書だ。そこに掛かれていた内容はとても簡単で『両国は敵対関係を一切解消して今後の協力を誓う』と言ったもので、他は今停止している取引の再開や人間が絡んだトラブルへの協力対応の取り決めが書かれているだけだった。


 どちらかを属国にするような内容でもなく、ただ普通に友好関係を築いて協力していこうね!という単純な物だった。

 敗亡してしまった以上はいくら本人が気にしていないような発言をしても、集団と集団の究極である国同士の話だ。何かしらの不利になるような条件は出されると予想していたハドリフは拍子抜け、慎重に話を進めていたが特に騒ぎの一つも起きることなく同盟に必要な条件の内容はどんどん決まって行った。


「もう少し欲を出してくれた方が分かりやすくて、交渉が楽なんですがね…」


 もっと欲を出してもらえれば、そこから自分達にもより利益のある交渉ができたと確信があるからこそハドリフは悔しかったのだ。

 ただハルファは戦ったからこそ彰吾の性分のようなものを理解できていただけに、そんな欲を丸出しにした交渉などはしないだろうと楽しそうに笑っていた。


「まぁ~そう言うタイプじゃないだろうな。ほら、サインしておいたぞ」


「ありがとうございます」


 本来なら大々的に調印式などをしてもいいのだが、すでに丸一日執務などを放り投げてきてしまっているだけに必要以上に大仰なイベントは開催できなかった。

 なにより人間に対して現状ではいらぬ警戒を芽生えさせ、完全な協力体制ができる前にレータストリア獣人国を滅ぼそうとする可能性が高いと彰吾とハドリフは考えたのだ。


 その考えを聞かされたハルファも同意したからこそ秘密裏に同盟を結び、表向きは数カ月に渡る交渉が行われているかのように協力して演出して商人や密偵達を使って偽の情報を相手に伝わるようにするつもりなのだ。


「ある程度の侵入してきている者達の目途は付いていますから、後は適切なタイミングに使い潰して、処分するだけです…ふっふっふっ」


「本当に我が王でいいのか、お前を見ているといつも不安にさせられる」


 敵をとことん利用して磨り潰すつもりのハドリフを見て、疲れたように頭を押さえながらハルファは呆れたように溜息を漏らしていた。ここまでの流れからもわかる通りハドリフは政治と言う面で類まれな才能の持ち主だ。

 対してハルファは戦闘に関しては数百年に1人と言った強者ではあったが、政治と言う側面からだけ見れば秀才どまりだった。


 しかし獣人の王は政治の腕がよくても務まらないのだ。


「私では王にはなれませんでしたよ。頭は回っても戦闘はからっきしで、カリスマ性があるわけでもない。トップの器じゃないのですよ」


「それに2番手の方が動きやすいって?」


「はい、なにごとも行き過ぎない地位が一番動きやすいんですよ」


「ま、国と私に迷惑かけないなら好きにやりなさい」


 もう長年一緒に国家運営をしてきたのだ。

 この程度のやり取りは日常のちょっとした雑談と変わらない。


 証拠に2人は話しながらも同盟締結に必要な書類を処理していた。


「これで同盟締結ね。何か名称ってあったりするの?」


 すべての書類を掻き終わったハルファはなんとなくで質問した。

 せっかく結ぶのだから無名の同盟と言うのは寂しく感じていたので、何も決まってないなら自分が決めるつもりだった。

 しかし名称は既にハドリフが彰吾と話している時に決めていた。


「はい、今回の同名の名前は決まっています」


「そう、少し詰まらないけど…ならいいか。どんな名称なんだ?」


 自分が結ぶ同盟の名称だよほど気になったのかハルファは少し前のめりに質問していた。

 それにハドリフは楽しそうに、どこか自慢でもするように答えた。


「今回の同盟は『獣・魔同盟』です。ストレートですが意味が一番伝わりやすいですからね」


「獣・魔同盟ね…」


「はい、この最後の書類にサインしていただけは同盟は成立です」


「ふ~ん…」


 最後に渡されたのは同盟の詳細の内容の書かれた、最初に渡された紙と同じように見えたが契約の紙の品質が段違いだった。それを見ながら少し真剣に何事かを考えていたハルファだったが……すぐにニヤリッと獰猛な笑みを浮かべる。


「今更考えても仕方ない。どうせ負けたのだ、勝者に従おう」


 そう言ってサインした瞬間に契約書は光を放ちハルファと別室に居る彰吾の体へと吸い込まれた。


「さぁ~!これで『獣・魔同盟』は成った!」


 楽しそうにそう言ったハルファは窓を開け放ち外へと叫ぶ。

 下でどんちゃん騒ぎをしている民達へ声を発する。


「今日はめでたい日だ。酒も食べ物も、すべて国が費用を持つ!全力で騒げっ‼‼」


「「「「「「「「「「「「「うおぉ―――――――――――――!!!!!」」」」」」」」」」」」


 ハルファの宣言を受けて国民達はより大きな雄たけびを上げて騒ぎ出す。

 その様子を見て満足そうに頷くハルファ…の後ろではハドリフが頭を抱えていた。


「うぅ……また資金がぁ」


 テンションで生きているような獣人の国では何かにつけて祭りのような宴会を開催する。そのたびにハルファが調子に乗って奢り宣言してしまうので国の財政は地味に火の車の一歩手前のような状態だった。

 それを一歩手前程度で耐えさせているハドリフの悩みは尽きず、今日の一件がとどめとなって翌日少し体調を崩してしまう事になるのだった。


 こうして同盟締結の立役者の1人が体調不良に陥るという、なんとも締まらない結末で今回の獣人の王との戦いと言う騒動は終わったのだった。

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