第90話 獣王と魔王


 時は流れて三日後の夕暮れ頃、ハルファの指定した魔の森の外にある荒野にて獣人の集団が戦いの準備を始めた。

 ただ、その周囲ではレータストリア獣人国民達が無数に集まって祭りのようになっていた。商人達すら集まって屋台を出し始めているほどだ。


 そんな周囲に集まる者達の様子を見ながらハルファは苛立っていた。


「人が集まりすぎているな」


 元々は1体1による決闘の形式を好んでいたハルファは、まるで見世物のように集まる国民達に苛立っていたのだ。

 分かりやすいほど不機嫌なハルファの横に居たのは、白い髪に茶のメッシュの入った目つきの鋭い男。彼はレータストリア獣人国の宰相の地位にいる『ハドリフ・オウス』である。


「どうやら情報が盛大に漏れたようです。漏らしたのはメイドから話を聞いた騎士の1人が」


「辞めさせろ。そんな者を騎士にしておくつもりはない」


「分かりました」


 極端と言えばそれまでだが一国の王の個人的な事情に関する情報を簡単に漏らすものなど城勤めの騎士は任せられない。その事を理解しているからこそハドリフも件の騎士の解雇に否を言う事はなかった。


「それでバカ騒ぎしている者達を解散させることは可能か?」


「無理ですね。私達が呼んだなわけでもない事に加え、最近の民心を考えるに下手に強硬手段に出ると暴動になる可能性が高すぎます」


「なら仕方ない。だが、戦いへの手出しも口出しも無用だと徹底しろ」


「承りました」


 そう言ってハドリフは国王用のテントから出て騎士達に集まっている者達への手出し無用の徹底を指示した。指示を聞いた騎士達はハルファの性格を知っているので困惑する事なく従った。



 だが徹底するどころではなくなった。

 何かに気が付いた民達が騒々しかったのが嘘のように静まり返り、つられるようにに気が付いたハドリフや騎士達も言葉もなく唖然としていた。


「何があった!」


 外の変化に気が付いたハルファが慌てて外に出ると、すぐに周囲の者達が一様に同じ方向を向いている事に気が付いた。

 魔の森の少し上を見ている。


 その視線をなぞって見上げてみれば巨大な竜の影が5体並んで現れた。

 近づいてくるにつれて姿がハッキリと見えるようになると、先頭を飛んでくる竜は全身が赤く宝石のように輝き、3階建ての豪邸ほどの大きさがあった。

 後ろに続く竜達も色は緑や青と言ったように違ったが宝石のような輝きに違いはなく、不思議なほどに強大な力を感じさせた。


「最初からやってくれるっ」


 こんな強大な竜がやってくるような理由が今は一つしかない。

 その事に気が付いたハルファは苦々しい表情を浮かべ悔しそうにしていた。


 戦うというのに周囲の空気を完全員相手に支配されてしまったのだ。

 場の支配は戦いの初歩で気分良く戦うのなら必須と言ってもいい、それを完全に彰吾に先手を取られてしまった。ここから巻き返すのは正直言って大変だ。

 こういう状況をなんとなく予想していたからこそ、無駄に人を集めたくなかったのがハルファの考えだった。


 程なくして目の前に降りてきた竜達の背から無数の黒い鎧を身に纏った騎士達(人形兵達)が降りてきて、綺麗に整列して自分達の王を出迎える準備をした。

 そして一番巨大な赤い竜が頭を土下座するかのように下げ、その上を悠々と歩いて黒に金の装飾をした軍服のようにも見える礼服をした彰吾が降りる。


「やぁ~君があんな素敵な手紙を送ってくれた相手ってことでいいのかな?」


「っ!そうだ…」


 陽気に笑みすら浮かべて余裕の態度を崩さず話す彰吾の姿にハルファは得体の知れない感覚を味わう。だが未経験の感覚だけにハルファは何を思っているのか自分でもわからず少し動揺していた。

 ひとまず肯定を得る事が出来た彰吾は満足げに頷く。


「なら、よかった。俺は魔王、名前はまだ決めてない。本日はよろしく」


「ふっ、名無しか…私はレータストリア獣人国女王ハルファ・レータストリアだ」


 自身も挨拶を返してハルファは差し伸べられた握手に応じた。

 もっともふつうに握手するわけではなく挨拶の続きだと言わんばかりに全力で力を入れる。しかしハルファが幾ら力を入れても彰吾は浮かべた笑みを消すことなく、ちゃんと握りつぶされることなく握り返した。

 だが驚異的だったのはハルファが力を入れると、それと全く同じ力を入れて相殺してくるのだ。


(なんなんだ、こいつは!!)


 自分の力と全く同じだけの力を入れてくる彰吾を不気味な何かを見るようにハルファは見る。闘気すら込めて鉄を握りつぶせる力を最後には入れたが意味をなさなかった。

 2分に及ぶ握手は終了した。


「ふふふっやるようだな」


「そちらもね」


 少し引き気味に笑うハルファとは対極的に彰吾は何の悪意もない笑顔で答える。

 それがより不気味さを強調する事にはなったが、こうして今日の主役とも言える2人は対面を果たす。

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