第89話 取引停止の成果


 ドワーフの街に彰吾が要請したのはレータストリア獣人国との取引の停止だ。

 最初は想定通りに進み困らせり事が出来ていたのだが、数日も経つと彰吾の当初の想定を超えるレベルで事態は動き出した。国家規模の取引の停止は騎士などの正規の戦闘員だけではなく、自由業の冒険者などにも影響が出始めたのだ。


 ドワーフ製の武具類は割高価格でも問題なく完売するほどに人気で、商会などが仲介することで武具の整備も請け負ってもらう事が出来ていた。

 しかし取引と言う取引の全てレータストリア獣人国に関係のある組織や人物と言うだけで拒否されるようになってしまったのだ。


 そうなると当然のごとく一番に割を食う事になる商人達が騒ぎ出し、次に耳の早い冒険者達が情報屋などを通じて知る。

 特に冒険者にとって武具は自分達の命に直結する重要な物だ。

 ゆえに今回の騒動に冒険者達は最も危機感を抱いていると言ってよかった。


「おい!本当にドワーフ製鎧はないのか!?」


「はい、どうしても取引を断られてしまって…」


 と言ったような会話も王都を始め、小さな村などでもやられるようになり1週間もしないうちに国中に話は広がり。

 しかも彰吾はドワーフ達に今回の件の原因と成った経緯を全て話して、更に拒否する時に聞かれたら経緯を正直に答えるように伝えた。


 結果として通常よりも早く正確な情報が多くの人々に伝わり騒動に火をつけた。

 数日を掛けて激しく燃え上がり、暴動まではいかないが大規模なデモ活動にまで発展してハルファの前には陳情書が山のように積まれる事になったのだ。


「ふざけたことをやってくれたなぁ!!!」


 こんな状況になるように意図的に彰吾が、つまりは魔王が話を広めた事に気が付いたハルファは顔を赤く染めて近くにあるサンドバックを全力で殴り破裂させた。

 それでも怒りが収まらないハルファは破裂させたのとは別のサンドバックを取り出してひたすら殴り続ける。表面に使われているのは竜の鱗を繊維状に加工して作られ、中にはサンドゴーレムの体を構成していた砂を使っているので衝撃の吸収効果を極限まで高めてありハルファが全力で殴っても100回は耐えられる使用になっていた。


「クソ!クソ‼クソがぁ―――‼」


 完全に予想外の方法で自分を苦しめに来ている。

 しかも間抜けにもしっかり引っかかってしまった自分の醜態にハルファはなによりも怒っていた。ドワーフの街との取引停止は痛手だったが魔王を倒せばすぐに解決する問題だと判断して、大事だとはハルファを始めとしてレータストリア獣人国の上層部は誰も考えていなかったのだ。

 なにせ獣人種全体を見てもハルファの強さは以上に高く。


 全世界で考えても上位に入る強さだと誰もが考え、ゆえにハルファの勝利は揺るがないと考えて思考を放棄していた。

 その甘い考えの結果が現在の書類仕事に忙殺されるという状況なわけだ。


「はぁ…はぁ…」


 しばらく特性サンドバックを殴り続けて2つをダメにしたところでハルファは気分転換できたのか、動きを止めて息を整える。周囲では付き人のメイドや執事たちが飛び散ったサンドバックの残骸を片付けていた。

 その中の近くにいた小柄なウサギ人の執事にハルファは声を掛ける


「おい」


「は、はいぃ‼何でございましょうかっ」


「グルスト達に再度伝言を持って魔王に会ってくるように伝えろ…今すぐにっ‼」


「分かりました―――!」


 逃げるように走る少年を見送ってハルファは素早く魔王に送る伝言を書き上げて、グルストに持たせる準備をする。


「もはや容赦はしないぞ‼」


 今までのような遊びのような笑みはなく何処までも純粋な怒りと戦意の実に満ちた表情のハルファは、戦うのではなく彰吾を敵として殺す決意をした。



――――――――――――――――――――――――――――――――


 その日の日暮れ前には王都を追い出されるように伝言を届けるように言われグルスト達は再び魔の森の中央付近にある魔王城へと向かう。

 なんとか急いで着いたのは翌日の昼過ぎだった。


 以前来た時と同じように魔王城前へと着いたグルスト達は、これまた同じように地面へと平伏したような状態で書状を受け取った彰吾の反応を待つ事になった。


「ふ~ん…いいねぇ~『確かに受け取った。期日に出向く』と伝えといてくれ」


「か、畏まりましたっ!」


 今回は別に彰吾は威圧などはしていないのだが前回の恐怖が抜けないグルスト達はにこやかに話す彰吾にも怯え、返事を受け取ると足早に帰って行った。

 最初は転移で森の外まで送ろうと彰吾はしたのだが『わざわざお手を煩わせる必要もないですから‼』と、あまりにも必死に言ってくるので大人しく見送ったのだ。


「いや~ここまでうまくいくと楽しいなぁ~」


 そして誰も居なくなった城壁の上を楽しそうに歩きながら彰吾は先ほどの手紙の内容を思い出す。


『魔王へ

 お前の返答確かに受け取った。

 こんなふざけた返しをしてくれたお礼に、私自ら相手をしてやる!

 三日後、満月の夜に魔の森と私の国の間に在る荒野で待つ』


 と言った物だった。


 完全に果たし状だ。


 でも、そんな物を生まれて初めてもらった彰吾はなんだかワクワクしていた。

 ついでに自分が考えた方法でいい感じに相手を挑発できたという事実に達成感もあって、より笑みを深める。


「獣人の王様か、どれくらい強いかなぁ…」


 久々にまともな運動ができる!と喜ぶ彰吾はとても命懸けの戦いが決まった人間の反応ではなく。対決当日まで不自然なほどに上機嫌な彰吾にエルフやドワーフに妖精すらもが不気味な物を見るような目を向けていたのだが…彰吾本人が気が付くことはなかった。

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