第88話 怒れる獣王


 時は少し戻って魔の森から逃げるように国へと返ってきたグルスト達は汗だくになりながら、王都に入っても全速力で王城へと目指す。


「そ、早急に王へ謁見を!」


「お前は…グルスト隊長⁉」


 ほんの数日前に任務に出かけたばかりのグルスト達の帰還に王城の門番を務める男は驚きの声を上げる。ここまでの早い帰りは完全に予想外だったようで少し混乱しているようだったが、何かあればすぐに伝えるように!と厳命されている事を思い出す。


「話しは伺っております。どうぞお通りください」


「助かるっ」


 短く感謝を述べるとグルストは遅れる仲間達を置いて王城の奥、玉座の間へと急いだ。その間にもすれ違う騎士やメイド達が必死の形相で走るグルストを奇異の目で見つめていたが、それを気にする余裕など残っておらず走っていた。

 そして5分ほどで玉座の間の大きな扉の前に着いた。


「ハルファ王!至急のお話がっ」


『入れ』


 大きな声で叫ぶグルストに対して中から不思議と圧を感じる声で入室の許可が出た。

 同時にゆっくりと巨大な扉が開き、中へと入ったグルストは中間ほどで足を止めて跪く。その先には高級感のある木材で作られた玉座に座るが1人いた。


 ここで触れておくと、この世界の獣人種は二種類いる。

 一つは人間ベースで要するに普通の人間が獣耳のカチューシャに尻尾を付けたような見た目の者達だ。もう一つは顔などは獣のままで体だけ人型にしたような見た目の者達だ。

 グルストは後者で、そしてレータストリア獣人国の国王は前者の外見をしていた。


 国王の耳や尻尾は黒と茶で虎模様が浮かんでいたので虎の獣人とわかったが、髪などには模様はなく。綺麗な茶色の髪を適当に短く切りそろえただけの髪型、吊り上がって威圧感を与える琥珀の瞳…しかしそれらすべてを覆い隠すほどに美しかった。

 だが体から放たれる強者としての圧が見惚れるような美貌をかき消す。


「して、魔王とやらは何と言っていた?」


「陛下の書状を渡したところ魔王殿はお怒りになり『貴様の意志は確かに受け取った。では、今後一切の取引・交渉のすべてを貴様が頭を垂れて謝罪するまで停止する』と言って、それ以上は会話することなく追い出されました…」


「ほう…」


「っ」


 彰吾からのメッセージを伝えた瞬間、放たれた圧倒的なプレッシャーによってグルストを始め誰も動くことができなかった。

 そのプレッシャーの発生源は言うまでものなく玉座に座る『ハルファ・レータストリア』だ。物理的に地面へと叩き付けるような彰吾ほどではないが、急に気圧が上がり動きを阻害するような不思議で不気味な感覚を玉座の間に居た全員が味わっていた。


 唯一グルストは彰吾のプレッシャーを受けた後なので少し耐性が付いているのか動くことはできなかったが、顔だけは動かす事が出来て周囲を見回していた。普段は精強で知られる近衛騎士達が冷や汗を大量に流し息を詰まらせ、何人かは立つことすら辛そうにしていた。

 だが、そんな事はお構いなしにハルファは闘気を滾らせて玉座を握り砕いた。


「そうか…ならば、こちらも全力でやろうかっ!!」


 そう宣言すると極限まで高ぶった闘気は弾け。

 城の壁すらを弾け飛ばし、玉座の間には太陽の光が入ってきた。


 壁の壊れた玉座の間で1人無傷で立ち続けるハルファは言葉とは裏腹に歓喜の表情を浮かべていた。

 なにせ獣人の国の王と言う立場になってから、まともに戦える相手に恵まれる事のなかったハルファにとって彰吾と言う存在は…まさに理想の好敵手だった。


 普通に考えるなら庇護下に入ると同盟関係を結ぶのが正しいのだろう。

 だが、そんな退屈な選択をハルファは選ぶことなどできなかった。それゆえに戦いと言う誰の目から見ても最悪の結果になってしまった。

 特に彰吾の力を体で間接的に体感したグルストはハルファでも勝てないのでは?と言う強烈な不安感に襲われていた。


「さて、まずは何をするのが正解だろうねぇ」


 どこまでも楽しそうに未来に起こるであろう戦いに思いを馳せる。

 その表情は新しいおもちゃを前にした子供のようであり、愛しい人を思う少女のようであった。なのに周囲の者には強い畏敬の感情しか抱かせないのだから、恐ろしい王だと言える。



 そして戦いを楽しみにしていたハルファに数日後に届いたのは多くの臣下と民からの陳情書の山だった。

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