第86話 救いを求める亜人達《後編》


「それでお前達の名前と目的は?」


 再度された質問は最初の時とは違い。

 どこまでも威圧的に有無を言わさない圧を放ちながら放たれた言葉に押さえつけられていた力が消えても獣人達は動くことができずにいた。頭の中には『何故?自分達は地面に叩きつけられている?』『なんで俺達はこんな扱いを⁉』と混乱し続けていた。

 それは彼等は人間にも負けないほどの強さを持ち、他種族からも一目置かれるような立場となっていたため見下される事になれていなかった。


 だからと言って、そんな獣人達の内心など知るわけもなければ考える必要性すら感じていない。


「答えないようなら、帰ってもらおう」


 元々大して興味がない上に印象最悪の奴等の相手など彰吾も長く相手などしたくない。そのため、いつまで経っても答える様子のない獣人達にしびれを切らして森から追い出そうと手を上げる。

 寸前に獣人達のリーダーらしき獅子の獣人が慌てて話し出す。


「ま、待ってくれ!我々の話をっ」


「…なら簡潔に話せ」


 正直に言ってしまえば彰吾には話を聞く気なんてなかったが、亜人種の保護を謳っている以上は下手に無下にもできなかった。


「わ、私はレータストリア獣人国の騎士団・小隊長の『グルスト』です。本日は王よりの書状を魔王…陛下にお渡しに来ました」


「なら早く渡せ」


 話を聞いても彰吾は真剣に取り合うつもりがあまりないのか返事はおざなりで、手紙を受け取るためクロガネに取りに行かせた。見上げるほどに高い城壁の上から手を着くことなく飛び降りたクロガネに対してグルスト達は警戒した様子だったが、下手な行動に出て本当に伝言すら受け取ってもらえない方が問題なので大人しく書状を渡す。

 受け取ったクロガネは小さく頷き、壁を駆け上がるようにして彰吾の元に戻った。


 この戻り方には彰吾も少し驚いていた。


(人間じゃないけど、人間離れしてるなぁ~え?もしかしてステータス近い値だったらそんなこともできるの?もしかして俺も…今度試してみようかな)


 と言った感じに、もはや目の前のグルスト達の事など頭から抜け始めていた。

 それでも受け取った以上は書状の内容は確認しなくてはと封を切って読んでいく。

 内容としては……


『魔王と名乗る何者かよ』

『亜人の守護を銘打って随分と人間達と楽しんでいるようだな?』

『その力のほど確認させてもらいに行く、せいぜい力を磨いておけ』


 と言った挑発するような言葉が、もっと汚い口調で長々書いてあり。

 読んでいる途中から徐々に書状を持つ手に力が入り震え出していた。


「ふ、ふざけんなッ!」


「「「「「っ!?」」」」」


 急に叫んで書状をビリビリに破いて速攻で燃やした。

 そんな彰吾の叫び声が聞こえてグルスト達はわずかに漏れ出た魔力の波動から全身が強張る。

 もはや彰吾になめた態度なんてできないほどに恐怖心が芽生えていた。


「喧嘩売るってんなら買ってやる。お前らの王に伝えろ『貴様の意志は確かに受け取った。では、今後一切の取引・交渉のすべてを貴様が頭を垂れて謝罪するまで停止する』以上だ」


「な!?」


「では、もう話す事はない。消えろ」


「待ってくだs」


 もはや取り付く島もないといった様子で彰吾はまだ話している途中のグルスト達の足元の仕掛けを起動して、森の外へと強制的に転移させた。これは城壁近くまで敵に攻め込まれた時の為に用意した転移罠だ。

 イメージは人生ゲームなんかの『振り出しに戻る』だ。


 しかし人生ゲームですら途方もない苛立ちと喪失感を味わうそれを、現実の単純に歩いて1週間近く掛けないと着けない魔王城から森の外まで戻されたら…心が居れないわけがない。

 クロガネを通して森の外に追い出され混乱しているグルスト達を虫型人形の目を通じてみる。しばらく何か言い争っていた様子だったが、グルストに説得されたようで大人しく魔王城とは別方向へと向かって行った。


「はぁ…うざかった。とりあえず、レータストリア獣人国とは取引停止ってドワーフ達に伝えるか」


 現状で彰吾が取れる最大の切り札の取引の停止とはドワーフの街の事だった。

 保護下に置いてた事で実質的な支配権は彰吾の手にある。なので、あまりやりたくはない事ではあったが彰悟が少し話を通すだけで取引先の一つを完全に停止するくらいはできる。

 そのくらいの我儘が通るくらいの恩は在るし、現在も鍛冶などに必要な鉱石などを魔王城の山岳エリアから提供している。


 技術研究も魔王城の共有工房で行われているので断られる事はない。

 なにせ取引先1つ程度よりも魔王である彰吾の方が圧倒的に利益になるからだ。


 その証拠に取引停止要請の手紙を送ると1日置かずに了承の返事が返ってきた。

 グルスト達の後には亜人達が来なかったので、自室に戻った彰吾は両省の手紙を読んで笑みを浮かべていた。


「やっぱりドワーフ達の方が付き合いやすいな。今度お礼にお酒でも送ろう」


 保護していても、同じ物作りをした事の在る者として対等に話す事もできるようにしておきたいと彰吾は思っていた。だからこそ完全に街を支配するような事はなく自治権を与えるという体裁を整え、以前と変わらない街の運営をできるように手配した。

 更には命令などの形態では決して話す事のないように気を付けていた。


「さて、まずはこれら来る亜人達の事が先かぁ~」


 少し疲れたように言いながらも、どこか楽しそうに笑みを浮かべて彰吾は今日明日中には来る保護民の居住環境を整えるために動くのだった。

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