第73話 魔の森と聖騎士《後編》
キマイラに弾き飛ばされたヴィスラは瞬時に身体強化・毒耐性・自己治癒の付与魔法を使用する。あまり魔法の得意ではないヴィスラは先頭に役立ちそうな物、特に一対一や多対一のような状況でこそ強く意味を持つ魔法のみを死ぬ気で覚えていた。
その系統にだけ特化した結果として、使用する魔法だけなら並の魔法使いを超える腕前となっていた。
「いくぞ化物‼」
魔力を滾らせ叫びながらヴィスラは一気に駆け出した。
強化された脚力で地面は踏むたびに砕け、もはやヴィスラの姿は常人には見えない領域へと踏み込みかけていた。
しかしキマイラには見えていた。
「はっ!上等だよっ」
相手に姿が見えている以上はかく乱するために走り回る事に意味はない。そう考え切り替えたヴィスラは方向を変えて懐へと潜り込み切り上げようとした。
だが、それよりも先にキマイラの足が振るわれる。
「ちっ」
直撃しては無傷では済まないと判断してヴィスラは回避を優先する。
もっとも回避した先には尾の蛇が待ち構えていた。
『シャァァァァッ‼』
「なめんなっ!」
それにも反応してヴィスラは大剣で噛み付こうとする蛇を弾き飛ばした。
本当は切り裂こうとしたのだが、あまりにも蛇の鱗が硬すぎて弾かれてしまったのだ。
(頭のおかしい硬さしてやがるなぁ)
手に残ったまるで鉄の塊を叩いたかのような衝撃にヴィスラは少し考える。
まだ手札全てを切ったわけではないが硬い物をぶった切るには相当の力を消耗する。それを戦闘の序盤に使うのは賭けに近く、だが使う事の出来る余裕が最後まで残っているかも不明。
「やってみるか…」
『汝、我と共にすべてを断つ者也』
『光の刃を解き放たん』
【
試すしかないと決断したヴィスラは発動のキーワドを口にすると、大剣は輝き白金の一回り大きな大剣として現れた。
その変化を前にしてキマイラは初めて警戒の姿勢を見せた。
「いくぞ…」
静かにそう言って跳び出したヴィスラは斬りかかる。
すると、避けるそぶりを見せたキマイラの山羊の頭の目が光った。
魔法発動の証拠でヴィスラとの間に遮るように土壁がせり上がってくる。それもヴィスラを囲むように次々と出現した。
合わせて再度魔法を発動して土の槍を作り出し串刺しにしようとした。
けれど土壁は瞬時に切り裂かれてヴィスラが飛び出してくる。
簡単に土壁を破られてしまったことにキマイラは動揺することなく土槍を一斉に放つ。囲まれて逃げ場のない槍の弾幕にもヴィスラは大剣で薙ぎ払って見せた。
ここまでの圧倒的な力を見せた。
それでもキマイラは…興味を示すことなく。
つまらない物を見るような何処までも冷めた目を向ける。
「ふざけんじゃねぇぇぇ――――‼‼」
切り札の1つを使って魔法による迎撃もすべて破壊した。
なのに見下したキマイラの様子にヴィスラは我慢がならず怒りの形相で大剣を振り下ろす。
さすがに直撃はまずいのかキマイラは尾の蛇を間に割り込ませる。
「その程度で防げると思うな‼」
能力を完全開放した状態の【
ゆえにヴィスラは鉄に近い感触だった蛇の鱗も簡単に切れると考えていたし、実際に蛇を両断する事はできた。
しかし一度きれなかった相手を切る事に集中しすぎた。
「⁉」
完全に無防備な空中で下からのキマイラの体当たりを食らってしまったのだ。
もろに受けてしまったヴィスラは遠くに飛ばされ数度地面を跳ねて止まった。
「クソがっ」
油断した自分が許せないのかヴィスラは一発自身の顔面を殴って気を引き締め、キマイラに追撃を仕掛けようと視線を向けた。
そこでは魔力の光を纏ったキマイラが自身に回復魔法を使っている所だった。
「な、なんでキマイラが回復魔法を⁉」
回復魔法を使う魔物は確かに存在しているがキマイラが使ったという情報は、聖騎士のみ閲覧できる本にも書かれてはいなかった。言動で損をしているが根本が勤勉なヴィスラも知識としてキマイラの特徴は把握していた。
それだけに特殊個体だとは言っても回復魔法の使用には驚きを隠せなかった。
だが、驚いている間にも回復は進み切断された蛇の頭もすでにくっつき再生を始めていた。
「まずいっ!」
さすがに完全回復されてはならない!とヴィスラは慌てて駆け出す。
しかし行く手を遮るようにキマイラとの間に次々と土壁が生成されていく。飛び越えようにも上では無数の土槍が待ち構え、動くのすら難しい上空ではすべてを壊せなかった時に回避ができない。
その事が一瞬だったが決断を鈍らせた。
『ガァァァ―――――――‼』
「っ!?」
そこに追撃をし開けるようにキマイラの獅子の顔がブレスを吐く。
深紅の炎が正面の土壁を壊しながら迫るのを見てヴィスラは回避しようとしたが、数位を見るといつの間にか周囲を土壁に囲まれて動くことができなくなっていた。
「間に合え‼」
もはや他に選択肢はなく、覚悟を決めたヴィスラが飛び上がると上空で待機していた土槍が組み合わさり蓋をする。
「そう使うのか⁉でも、まだいける!」
さすがに槍で即興の蓋を作られた事にはヴィスラも驚いていたが、すぐに大剣を振りぬいて槍を破壊して上空に出た。瞬間に360度全方位から土槍が殺到した。
「おらぁ――――――――!」
気合の入った叫び声と共に体を回転するようにして、大剣で近くの槍を片っ端から弾き飛ばす。その間に気が付くと足元の槍は無くなり落下が始まる。
(足止めが目的か!?)
その目的に気が付いたヴィスラは飛んでくる槍の幾つかを壊し、残りを足場にして危険な範囲から脱出して見せた。
だが代償に【
「は、はは……く、そが…」
もはやまともに動けるのか怪しいヴィスラは、なんとか動く手を上に向けて腕輪に見える魔道具を使う。そこから魔力の塊が飛ばされて破裂と共に青3つの赤3つの球体が上空に現れた。
意味は『生存』『救援』だ。
つまりは現状は生存している者がいる、至急助けを求める。
と言う聖騎士達の為の緊急の信号弾だった。
(さすがに部隊長程度が単身で乗り込むのはむちゃだったか……行けると思ったんだけどなぁ)
もうろうとする意識の中で悔しそうにヴィスらはそんなことを考え、意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます