第72話 魔の森と聖騎士《中編》
森へと1人で入ったヴィスラは鬱蒼とした枝葉をへし折りながら進んでいた。
「うっとうしいな!」
すでに森に入ってから1時間は経過しているのに魔物1体すらも見かけていなかった。その上で更に普段はいく事のない森と言う環境にヴィスラの精神状態は悪化していくばかりだった。
怒りに任せて振り払った木の枝は遠くまで飛んで行って粉々に砕け散った。
それを視界の端で観ながらも苛立ちをひたすら募らせ続けるだけだった。
(クソッ!早く出て来いよ‼)
口には出していなかったがヴィスラは焦っていたのだ。
なにせ独断専行がダメなのだと本心では理解しているのだ。それだけに何か目に見えた成果を残さないと、さすがに一切お咎め無しにはならないだろうと考えていた。
ゆえに魔物を100体、または本当に竜種を狩るくらいの成果を求めていた。
なのに魔物の1体すら見つける事が出来ないんだから、焦るなと言うほうが無理と言う物だ。
「なんで居ないんだよぉ⁉」
更に30分かけて奥へと進み続けたが、まったく何の進歩もなかった。
(そう言えば竜種が来た事で生態系がどうのって言ってな…だから1体もいないのかっ)
無駄に歩き続けて少し冷静になる事の出来たヴィスラは、ようやっと会議で話していた内容を思い出した。
元々ヴィスラを始めとして聖騎士達が魔の森までやってきた理由は『森の異変の調査』だ。竜種のような強い存在がやってくると、それよりも弱い魔物や動物は逃げようと大移動を始める。
またはより力を付けようと周辺の生物を食らってレベルを上げようとするのだ。
奥へと進んだことで魔物達の戦闘の痕跡は所々に見つける事が出来た。
だが、不思議と生きた魔物の痕跡だけがどこにも見当たらなかったのだ。
「………」
さすがに異変に気が付いてからも能天気に叫ぶようなことをするヴィスラではなく。大剣を構えながら周囲を警戒する。
索敵の為の魔力の拡散などの繊細な技術はヴィスラはめんどうがって習得していない。だが代わりに半径10m範囲に限り正確に生き物の気配を察知できるようになっていた。
その感覚を全力で研ぎ澄ませて周囲を探る。
「虫の気配すらねぇぞ!クソッ」
どんなに動物がいなくなっても虫のわずかな気配すらないなんてことはヴィスラも経験がない。
たとえ山が崩れ、街が流されるような大災害が起きようと虫が一匹も居なくなる事なんてなかった。しかし現在居る場所には虫の羽音はおろか、生き物の動く気配と言う物が虫を含めて一つもない。
その事実を再認識すれば恐怖から逃げる。
と言うのが普通だろうが、今回ヴィスラが選んだのは…迎撃の準備だった。
「ふんっ!!」
一息で持っていた大剣を横薙ぎに振るって周囲の木々を、草花を、岩を、全てを砕き吹き飛ばし更地を作り出した。範囲としてはヴィスラを中心として直径10mほどだ。
その範囲にはむき出しの土以外本当に何もなくなってしまった。
『我が敵よ。我が声に怯え、震えろ』【
【グラァ゛ァァァァァァァ!!!!】
短い詠唱を持って放たれた咆哮。
まるで空気その物が質量を持ったかのように森を駆け抜け、近い位置にあった木々を砕いていた。
この魔法は【恐怖咆哮】と言う名の通り、咆哮を聞いた者に恐怖の感情を強制的に植え付けるのだ。ただ恐怖によっての動き方には相手の強さによって変わってくるのだ。
弱い人間や動物は自分の欲望や考え方も投げ捨て一目散に逃げだす。
術者と同等の強さの者は恐怖から逃げようとは考えるが目を話す事の方に強い恐怖を感じるようになってしまい、満足に逃げる事もできなくなってしまう。
そして術者よりも圧倒的な強者は恐怖を感じることはない。
代わりに隠したから挑発されたという事実だけを強く感じ、怒りや不快感に任せて襲い掛かってくるようになる。
今回は最後の効果を期待してヴィスラは発動したのだ。
常人が使えば効果範囲は直径50mも行けばいい方、だが今回の範囲は通常の数倍の魔力にヴィスラの肺活量が合わさり効果範囲は直径300mにまで及んだ。
「げほっ…あぁ~喉いてぇ」
叫び終わったヴィスラは少し喉を傷めたようだったが水を飲み癒す。
そして周囲の気配を探り続ける。
「…………きたっ⁉」
急速に接近してくる気配を感じたヴィスラは瞬時に体験を盾にして防いだ。
本当に咄嗟の判断で防いだので態勢が悪かったのか少し弾き飛ばされながら、衝突してきた相手を視界に捉えてヴィスラは冷や汗を浮かべる。
獅子の頭に山羊の頭を持ち、尾は蛇の怪物【キマイラ】が堂々と獲物を見る目をヴィスラに向けて立っていた。しかも通常は体が黒遺体網に覆われているはずが、何故が濃い黄色に染まっていたのだ。
キメラは通常、3~5小隊の規模で当たる上位の魔物だ。
それの変異個体を前にヴィスラは獰猛な笑みを浮かべていた。
「俺の功績になれや‼」
もはや自分の実力を証明するための獲物としかキマイラを見ていないヴィスラは大剣を手に駆け出すのだった。
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