第69話 魔法の料理


「やっぱり素材から拘るべきか…」


 自分1人しかいない調理場で彰吾は悩まし気に首を傾げる。

 その前には無数の食材が所狭しと並んでいた。地球でも見慣れたような野菜類から、見たこともない色合いと形の野菜や果物が並んでいた。

 他にも肉や魚も並び、地球に居た頃もテレビでしか見たことのないような調味料すらあった。


「さて、どうすればうまくいくかなぁ?」


 すでにいくつかの試作したであろう豪華な料理が手つかずで残っていたが、彰吾は気にする素振りすら見せず新たな調理へと取り掛かる。

 このような事になった発端は3時間前……


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 いつものように大きな問題もなく昼過ぎに目を覚ました彰吾は朝食を済ませ、自室のテラスで適当に持ってきた本を読みふけっていた。


「今日選んだのはハズレが多いな。名前も知らない偉人の伝記とか読んでも、面白いは面白いけど空想なのか現実なのか判別のつけようがない…後何故におとぎ話の本が辞書並の厚さをしているっ」


 そう言って読み終わった本を放って遠くに山積みにする。

 山の一番上に乗った本のタイトルは『龍山脈と勇者』で内容はよくある勇者の冒険譚で、内容は分かりやすかったが最初の一分が『今より昔の昔』などと昔話の定番のような感じだった。

 さすがに幼い子供と言うわけでもない彰吾には退屈な内容だった。


 今日読んだ本は全てが似たような内容で退屈していた。

 でも、自分で選んで持ってきたのだから…と彰吾は我慢しながら次の本へと手を伸ばした。


「えっと次は…『魔法の料理へ至る道』……まぁ、読んでからだよな」


 すでにタイトルの段階から胡散臭い感じが凄すぎて彰吾は読むのを止めようかとしたが、一文字も読むことなく本を評価するのはダメだと思い直してせめて半分は読もうと本を開く。

 そこに書かれていたのは1人の魔法使いが趣味であった料理を極めるため。

 当時、組んでいたパーティーを抜けて20代半ばと言う年齢で世界を旅して、無数の他種族などと交流しながら料理を極めていくという話だ。


 内容としては地球ではやっていた追放物に近いかと彰吾は最初思ったが、読み進めていくと旅の伝記のようでいて魔法と料理の関係性を書いた論文のようでもあった。


「………」


 いつしか彰吾は最初の胡散臭さなど忘れて夢中になっていた。


 無言で速読スキルを使うことなく、ゆっくりと時間を使い内容を頭に入れる。

 ページ数も多かったこともあって読み終わるのに1時間近く経過していた。


「ふぅ……面白かったな」


 なんとか読み終わった彰吾は満足そうに小さく息を漏らして本を閉じた。

 そして本を空にかざすように持ってタイトルを再度確認する。


「魔法の料理か…」


 その言葉は何かの比喩表現などではなく本当に魔法的効果を持つ料理の事だった。

 本に書かれていた物だと『食べた者の魔力を回復』『食べた者の強化』などを行うそうだ。


 基本的にどんな物にも魔力が宿る世界ではあるが、魔法薬などの特殊な魔法効果を発揮する物に加工するには合ったスキルや道具が必要と成る。ゆえに魔法の料理にも何か特殊な物が必要なんだろうと彰吾は読み進めた。

 だが他の物とは違い、魔法の料理と呼ばれる物には対応したスキルは趣味スキルとも呼ばれる『料理』のみで、他のスキルはあってもなくてもかまわないと来ている。


 必要な道具も上等な物であればいいのは変わらないが、特殊な加工や効果などは必要ない。


 必要なのは正確な分量と時間や手順に元ずく調理だけだ。

 つまりは料理人の腕前が良ければ誰でも作る事が出来る汎用性、それこそが魔法の料理の真骨頂と言ってよかった。

 とは言え、魔法の料理が人間社会を始めとした何処にも浸透していない事からも分かるように簡単にはできないのだ。全世界の料理人を集めても魔法の料理と言われるような物を作れるのは数名だろう。


「挑戦してみるか…」


 そんな驚異的な難易度だとは想像もできていない彰吾は、本に書かれているレシピを見て自分でも作ってみよう!と思うようになっていた。

 思い立ったが吉日、とばかりに彰吾は他の本を戻しておくように執事人形に伝えて足早に調理場へと向かったのだ。


 そこからは冒頭の通り、ひたすらにレシピを見て試作の連続だ。


「次は辛味強めのこれを…」


 すでに作った物も魔法的な効果は宿っていなかった。

 だからこそ彰吾はなにが間違い、何が正しいのかを知るために起きてから眠るまでの間ずっと試作する。そんな生活が半月も続く事になるのだった。

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