閑話 妖精の花《後編》
「~♬」
鼻歌交じりに厨房でお祝いのお御菓子を作る彰吾は異世界に来てからも一二を争うほどの上機嫌だった。しかも鼻歌のリズムに乗っているのに手さばきは乱れることなく超高速で動き続けている。
なので続々と調理された物が出来上がっていく。
「う~ん…もう少しだな」
出来上がったものを味見した彰吾は首を傾げて味の向上のために少し手を加える。
作業速度自体は人間離れした動きに魔法を併用しているので、冷蔵設備など使用しないので待ち時間が極端に少ない。だから、味までを拘って数日はするような創意工夫をしても日暮れ前には満足のいく物が完成した。
「これならいいか。よし、持ってくか」
その完成したお菓子を崩すことないように結界で保護すると少し暗くなり始めた空を飛んで妖精の集落を目指す。
しばらく飛んでいると森林エリア内の一部が光って騒いでいるのが見て取れて、簡単に妖精の集落の場所を見つける事が出来た。
ゆっくりと着地した彰吾は笑顔を浮かべる。
「お祝いの品持ってきたぞ~!」
『これは魔王様!』
のんきに叫ぶように集落内に入ってきた彰吾を見て、何の先触れなどもなく彰吾が現れたことにエイシャは驚き急いで歓迎に向かう。周囲でお祝いの準備をしていた妖精やエルフ達もまさか彰吾が本当に現れると思っていなかったようで、全員が料理を食べる手を止めて驚いた表情で固まっていた。
そんな周囲の状況を見て困ったように笑みを浮かべた。
「変に畏まんなくていいぞ。これ置いて、妖精の花を見たら帰るからな」
『いえ、どうせだったら一緒にお祝いしていってください』
気を使わせてしまったとでも思ったのかエイシャはしばらく居てくれて構わないと伝える。
ただ確かに彰吾は気を使ってはいたが、それは別に社交辞令的な言葉を吐いたという意味ではなく。事実を伝えただけだった。
「いや、他にもやることあるからな。少しは居るけど、すぐに帰るよ」
絶妙に空気を読まない彰吾は、そのまま思ったことを口にしてしまうので場の空気は微妙な感じに変わってしまう。目の前に居たエイシャすらどう反応していいのか困惑しているようだった。
「はははっ!魔王様は本当に素直に物を言いますね」
静まり返った中で響くように笑い声をあげて現れたのはアイアスだった。
妖精達よりも前に保護され、エルフの代表という事で10回前後とは言え彰吾とも顔を合わせ話してきた彼は既に彰吾の言動に慣れてきていたのだ。
そのからかうようにも見えるアイアスの態度に周囲は驚くが、すぐ後に気にした様子もない彰吾の反応に驚く事になる。
「別に素直なのは悪くないだろう。それよりも、これ地味に邪魔だから置ける場所無いか?」
「それなら奥に大きな机が用意してあるので、そちらに」
「わかった」
短い会話だが確かな主従の関係が見て取れる。
そして案内に従うように進んだ先には巨大な切り株を使った即席のテーブルが置いてあった。
まだスペースの開いているテーブルの上に彰吾は布で隠していたお菓子を置いた。
同時に結界を解いたことで中から甘い匂いが周囲に広がりだす。
『『『『『『『『『っ⁉』』』』』』』』』
「うお⁉反応すごいなっ」
匂いを嗅ぎ取ると妖精達は一斉にテーブルへと集まってきたのだ。
もはや脊髄反射で動いているかのような速さに彰吾も驚き声を上げるほどだった。でも、その声にすら反応することなく妖精達は隠されたお菓子に夢中になっていた。
「ふっ!そんなに興味があるなら見せてやろう。俺の最高傑作だ!とくと味わえ‼」
そう言って布を外すと現れたのは妖精達が少し見上げるほど大きな2色に分かれた巨大プリンだった。右側が白色、左が茶色…つまりはミルクプリンとチョコプリンを2つのプリンを文字通りくっつけたのだ。
しかも使用する牛乳やチョコの味から拘った最高の逸品だ。
布が取れたことで漏れ出ていただけの匂いがダイレクトに襲てくるようになり、妖精達は全員がプリンから目を話す事が出来なくなり。数名は口から涎が漏れ始めていた。
「ははは!よし、我慢せず好きに食べろ。これは俺からのお祝いだ‼遠慮しなくていいぞ」
『『『『『『『『わ~い!いただきます‼』』』』』』』』』
許可が出ると同時に妖精達は我先にと顔からダイブしていった。
もはや体全体で味わおうとしているようなありさまだったが、自分の造ったお菓子にそこまで夢中になってもらえる事に悪い気はしない彰吾だった。
でも、同族の何ともみっともない姿にエイシャだけは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
『申し訳ありません…』
「別に気にしなくていい。作った物で喜んでもらえる事ほど嬉しい事はないからな」
『そう言ってもらえるとよかったです』
「エイシャも食べたいだろうけど、先に妖精の花を見せてもらえるか?」
『問題ないです。案内します、着いてきてください』
澄ました顔で答えたエイシャだったが視線が少しプリンに何度か向いていた事に周囲の何人かは気が付いていたが、口に出すと面倒なことをわかっていたので何も言う事はなかった。
そうして祝いの場から少し離れた見えにくい場所へと案内された彰吾の目の前には、手のひらサイズの巨大な花のつぼみが存在した。
『これが私達のような妖精が生まれる。妖精の花です』
「これは…凄いな」
どこか感動した様子で、彰吾はそう言うとゆっくりとしゃがんで妖精の花を近くで見る。
妖精の花はつぼみの大きさにも驚かされるが、それ以上に漏れ出た魔力によって神秘的な光を常に撒き散らし、色が常に変わり虹色のように輝いて見えた。そこから感じる魔力の量だけでも下手な魔物よりも多かった。
「これは…下手に触らない方がいいな」
『そうですね。さすがに魔王様ほどの魔力を持つ方が触るとどうなるか…私にも分かりません』
「だよな。じゃ、このままにしておこう」
少し触ってみたい衝動は彰吾にもあったが、まだ不安定な様子を見せる妖精の花に特別な存在である魔王の自身が触れるのは危険だと判断して諦めたのだ。
「さて、俺は帰るけど…定期的に様子を報告してくれ。生まれる瞬間を見てみたい」
『わかりました。必ず伝えます』
「頼む。それじゃ飲みすぎないようにな?」
最後に軽く注意して彰吾は一気に飛び上がって魔王城の方へと戻って行った。
その姿が見えなくなるまで見送るとエイシャは宴会場に戻り、空になったプリンの皿を目撃する。
『あ、貴女達はぁ……』
『『『『『『『『『ご、ごめんなさい…』』』』』』』』』
『許すわけないでしょ――――――‼』
食べ物の恨みは恐ろしい。
その言葉を証明するかのようにエイシャの怒りは収まる事を知らず。
いたずらの説教よりも長く、しつこく怒られ続ける事になるのだった。
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