第62話 妖精騒動‼《3》


 改めてエイシャからの再教育を受けた妖精達は驚くほど大人しくなった。

 その事にアイアスを含めエルフ達は安心して3日目を過ごしていた。日が暮れるころには皆が『これで安心して過ごせる』と思っていた。


 しかし4日目の朝。

 エルフの集落は普段の穏やかな朝になる……はずだった。


「きゃぁぁぁぁっ!!」


「ッ!何事だ⁉」


 外から聞こえてきた悲鳴に寝て居たアイアスは跳び起き武装を整えて外に出る。

 そこでは見える範囲の家と言う家全てに色鮮やかな線が無数に引かれていた。まるでインクに使った虫が集落を這いずり回ったかのようなありさまだった。


「これはっ」


 その光景を目の当たりにしてアイアスは誰がやった事なのか瞬時に理解して妖精の集落へと向かおうとしたが、現在の混乱しているエルフ達を放置していく事は長としてやっていい事ではない。と自分に言い聞かせ、我慢するとエルフ達が集まっている広場へとやってきた。


「全員無事か?」


「長!」


「っ!?」


 声を掛けると振り返った者の顔を見てアイアスは驚愕する。

 なにせ、その顔にも家の壁などと同じインクを使用したと思われる落書きがされていた。しかも家の壁はぐにゃぐにゃとした線だけだったが、顔の方には花のようなマークなど無数の絵が描かれていた。


「どうしたんだその顔?」


「起きたらこのありさまで…長も同じですよ」


「なに!?」


 言われてアイアスは近くのエルフが貸してくれた鏡で顔を確認した。

 そこには赤や青などの色で彩られた自分の顔が映った。まさか自分もやられているとは思わなかったアイアスだったが、すぐに洗い流せばいいと思って魔法で水の玉を作って顔を入れ一気に洗う。

 しかし風で乾かした後に確認するとなんの変化もなかった。


「……」


「どうやら特殊なインクを使用したようで水だと落ちないんです。今はルーグ老を始めとした者達が解決法を探しています」


「そうだったのか…ひとまず、犯人は誰だと思う?」


 一応は妖精達だとは思っているアイアスだったが1人で決めつけるのも良くないと思い、念のためといった様子で話していたエルフに聞いた。

 その効かれたエルフは全力で顔を顰めて嫌そうに『妖精』と口にした。


「別に偏見などで言っているわけではない。たまたま違和感を感じて起きた者が複数人いて、その者達が妖精が渡井ながら筆を持って何かを書いているのを見た!と言っていて…」


「目撃者もいたのか…」


「はい、いつでも長に話ができるように近くの家で休ませてある」


「なら連れてきてくれ、話を聞いた上で…俺と一緒に魔王陛下の所に来てもらう。さすがに俺だけの証言だと信じてもらえないかもしれないからな」


「わかった」


 そう言って目撃者を呼びに行った者を見送ってからアイアスは一息つく。


(洗っても落ちない以上は集落もエルフ達の顔もしばらくは放置するしかない。エイシャ殿には悪いが、さすがに魔王陛下に言って収集を付けてもらわねば安心して生活が送れないしな…このままだと大けがする者が出てもおかしくないからね…)


 元々アイアスとしても大事にはせずに隣人同士、話し合いで解決して彰吾に手を煩わせることなく解決したいと思っていたのだ。そうした方が今後の妖精族との付き合いを考えても最良だと考えたから。

 でも、あのエイシャの圧倒的プレッシャーを纏った説教などを食らっても収まらない以上は動くしかなかった。


 魔王城に居るエルフ達の長としてアイアスは決断したのだ。


 そうして数人の承認を連れてアイアスは魔王城に在る彰吾の部屋までやってきたと言う事だった。


「なるほどな……その目撃者ってのは何処に居るんだ?」


「城までは連れてきましたが、緊張しているのか上手く話せず近くの部屋で休ませていただいています」


「わかった。だったら目撃者も含めて話を改めて聞く、その間にこちらでも妖精達の動きを確認するから。アイアスも今は少し休んでくれ真剣に話すならつかれてちゃ難しいだろ」


「心遣いありがとうございます…」


 頭を深々と下げてアイアスは心の底から感謝を述べる。

 彰吾としては少しでも自分が休みたいという欲求もあったが、数日にわたる妖精の行いによってアイアスの顔には疲れがにじみ出し始めていた。

 もっとも理由は他にもある。これからの2種族関係を決めうる話し合いをしなくてはいけないのに片方の種族の代表であるアイアスが疲れていては万全とは言えなかった。


 なんてことも考えての『休むように』と言う言葉だった。


 彰吾は近くに待機している執事型人形にアイアスの休憩できるように部屋を用意するように伝え、ついでにアイアスを案内させる。

 そして誰も居なくなった部屋で深くソファーに座った。


「はぁ……眠りてぇ」


 深く、深く疲れを含んだ溜息を零しながらだらけた体制になる。

 このまま寝るつもりなのかと思うくらいに脱力している彰吾だが頭の中では今後の動きを可能な限り考えていた。


(和解するには…でも……追い出す?…いや、でも……まずは……)


 複数の結果を想像して、その後に起こるであろう事象までを具体的に想像する。

 更にはそれらのメリットとデメリットのつり合いが取れているか?など複雑な思考を一度に幾重にも重ねて同時進行で考えているのだ。


「……とりあえず、話してみるか…」


 約1時間後、ある程度選択肢を絞り込んだ彰吾は動いてからしか最終決定できないと判断して、ゆっくりと腰を上げて目撃者とアイアスに話を聞きに向かうのだった。

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