第55話 豪雨
話が纏まった彰吾と妖精姫を始めとした妖精の村の面々だったが、すぐに避難する事はなかった。
理由としては彰吾達の突入が大胆過ぎた事が原因と言えた。
なにせ周囲に妖精を捕まえに来た人間が無数に居るというのに堂々と上空から巨大なドラゴン型人形事突入したのだ。外から見ていた人間達には丸見えだった。
話している間にも彰吾は小動物型の人形を飛ばして様子を探らせていたのだが、そのうちの一体が話が終わった数分後に戻ってきたのだ。
「あぁ…避難は一日延期だな…」
『え!?なぜですかっ!』
「今、確認したんだが人間達がドラゴンの襲撃と勘違いして厳戒態勢で上空を警戒している。多少の攻撃なら俺達は問題ないが、そちらを完全に守り通せるかの保証ができない」
『そんな…』
説明を聞いた妖精姫は再度絶望したような表情を浮かべる。
なにせ炎が来るのは余裕は少しはあるとはいえ、丸1日もあれば魔法の炎は簡単に村まで来る可能性が高かった。
そんな炎に囲まれてしまえば本当に終わりだと思っていた。
だが彰吾は特に気にした様子もなく、むしろ話がうまく纏まって少し気が抜け始めてすらいた。
「という事で、あの雨の魔法使ってるのって…えっと、ごめん名前なにか教えてもらっていい?」
『え?』
まるで日常会話と言うレベルで話をしてくる彰吾に妖精姫は一瞬何を言われているのか理解できなかった。
そんな相手の心情など知る由もない彰吾は話を続ける。
「いや、だから名前を教えて?」
『えっと…現状理解してます』
「してるしてる。だから今後を話すうえでもいい加減に名前分からないと話しにくいから聞いてるんだよ」
『そう言う事なら……私は妖精…姫の『エイシャ』ただのエイシャよ』
「エイシャか俺は…魔王でもなんでも好きに呼んでくれ」
相手に名前を聞いておいて自分は名乗らない彰吾にエイシャは不審げに見るが、これは単純にこの世界に来てから別に誰かに名前を呼ばれるような状況が大してなかったので忘れていたのだ。
この世界での自分の名前が無い事はステータスを見るたびに気が付いてはいたけれど必要性を感じなくて決めていなかった。
その付けとして現在、びっくりするほど不自然なことになっていた。
『…では魔王陛下』
「硬いけどしかたないか。とりあえず、雨の魔法を使ってるって事でいいんだよな?」
『そうですけど…』
幾ら化物級の強さを持っていても先ほどまでの会話で不信感も出てきてしまっているようで、警戒したように身を引きながら答えた。
その反応に苦笑いを浮かべながら彰吾は話を続ける。
「なら、魔法の支配権を貰いたい」
『魔法の支配権?』
「あれ?もしかして知らないか?」
『はい』
「時間もない簡単に言うと、魔法には行使する者が絶対に居る。例えば一つの街を覆う結界なんかも魔道具や結界の術者が展開を行うが、その魔法を維持管理するために四六時中起きて出かける事もせず生活などできるはずがないだろ?」
『それはそうですね…』
「普通なら同じ魔法を持つ者複数人でローテーションで発動してもいいが、それだと短時間とは言え結界が解かれてしまう。それを防ぐために研究されたのが魔法の支配権を譲渡しての持続的な維持だ…ってこの本に書いてある」
『本?』
エイシャが視線を向けると彰吾の手には【近代魔法の発展の歴史】と言う無駄に分厚い本が握られていた。移動中の日松津氏に前に読んだ面白い本を持ってきていたのだ。
そこに書かれていた事こそ人間側で研究されて実用化されている技術『魔法の支配権の譲渡による永続発動』だった。
もっとも求められる魔法技術が渡す側も受け取る側も高水準であることが求められ、下手な者同士では良くて魔法が消え。最悪は暴走して周囲を吹き飛ばしてしまう。
『こ、こんな危険なことを今やるというのですか⁉』
失敗した時のリスクが高すぎる。
それが偽りのないエイシャの感想で強く拒否していた。
でも彰吾は何か絶対に失敗しない!と言う不思議な自信を持っていた。
「危険なのは違いないけど、現状の最適解だしな。それに俺が失敗すると思うのか?」
『⁉確かに魔王陛下なら上手くいくかもしれませんが…私は…』
「そこは別に気にしなくていい。渡す方の手順はそう難しくはない」
そう言うと彰吾は本を開いて詳しいやり方を説明した。
内容は『魔法の受け渡し側は受け取る側と手を合わせ発動中の魔法とのつながりを相手に手渡すイメージで魔力を流す』たったそれだけで渡す側のやる事は終わりなのだ。
難しいのは受け取る側だ。
流れてきた自分とは違う魔力を自身の魔力で中和、その上で現在発動中の魔法を維持するための魔力を追加で流し込まなくてはいけない。
つまりは通常に発動する1.5倍ほどの魔力消費をしなければならなくなると言った感じだ。
それゆえに人間の国でも技術は広がってはいるが実用化まで入っていないのが実情だった。
けれど今回の受け取りては魔王である彰吾だ。
保有する魔力量は世界でも最高峰と言ってよかった。
『これに書かれている事が本当なら確かに…』
「という事で、他に方法もないんだから。やろうぜ」
『……わかりました』
他に方法がない事を誰よりも理解しているエイシャは、まだいろいろと言いたいことはありそうだったが素直に頷いて答えた。
そして2人は手を合わせる。
『魔法の権利を譲渡します』
「受け取ろう」
別に口に出す必要はなかった。
でも、イメージを補完する上では言葉にする事はとても重要だ。
そうする事でエイシャは魔法を手放す決意をすることができ抵抗なく魔力が流れる。
(今まで常に減っていた魔力の流れが止まった!)
発動し続けている間は一定時間ごとに魔力を維持コストとして消費していたのが譲渡と共に止まったのだ。
これで先ほどの本に書かれた技術が本物であることは証明された。
だが問題はここからだ。
「あぁ~大規模な魔法ってのは綺麗だなぁ」
もっとも魔法の支配権を受け取った彰吾は実感できた雨を降らす魔法の精巧さに見惚れているだけだった。そうしている間にも魔法は暴走しそうな光を放つが、合わせて強力な魔力が上から覆うようにして流れて暴走まではいかない。
それを何度となく繰り返しついに完成する。
「これでいい…」
そう静かに彰吾がつぶやくと一際強く手元が一瞬光を放ち。
数秒の後、霧のドームの周囲を囲むように滝のような豪雨が降りりだした。
『『『『『『『『『…………』』』』』』』』』
「上出来!」
災害レベルの大雨を起こしたというのに彰吾には動揺はなく何か誇らしげだった。
対照的にエイシャを始めに妖精達は目の前の光景を信じられないというように…しばらく見つめ続けるのであった。
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