第41話 黒の魔軍【後編】


「敵は少数だ‼分散して戦うな。盾兵!前に出て防御スキルを全力で使ってひきつけろ!」


「了解!」


「魔法師は支援魔法をありったけ盾兵に使え!」


「分かりました!」


「他の者は遠距離攻撃の在る者以外は、遠距離攻撃をできる者を全力で守護だ‼何があっても守り敵を討てッ‼」


「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」


 東西南北のバールスト帝国軍の中でいち早く立て直したのはエルヴィの居る東軍だった。次々に出される指示に兵士達も淀みなく答えた。

 正面へと出たのは全身鎧を身に纏い体を隠すことができるほどの巨大な盾を持つ盾兵達だった。彼等は人形兵が繰り出す攻撃を盾を使って横へと流して逸らした。


 その時に盾の表面には薄っすらと光が浮かんで剣が直接接触するのを防いでいた。

 光の正体は魔法師による付与魔法による効果で『斬撃への耐性』を盾に付与していたのだ。盾に直接付与する事で魔力の消費を抑え、兵達には直接で防御力強化に持続回復の付与がされていた。


 そして一度攻撃を逸らされ動きが一瞬とは言え止まった人形兵達に矢と魔法の弾幕が追撃として放たれた。


 自分達へと迫る攻撃に反応して人形兵達は後ろに大きく跳び退いた。

 たった一度の跳躍で10mは下がった人形兵達には攻撃の大半が届かず、何とか軌道修正した攻撃が追うが人形兵の速度に追いつくことができていなかった。


「予備魔導士で奴等に鈍化の魔法を放て!」


「え、ですが…それですと魔法師の交代が…」


 バールスト帝国軍の魔導士はMPの尽きたときの為に予備兵を常に待機させることで、一軍だけで倒せなかった時に後退して攻撃を続けられるように運用されていた。

 現在は正体不明な戦力によって攻撃されているとはいえ、後々に撤退を続ける事を考えると予備隊は残していないとドワーフ達の追撃を受けた時に対処できなくなる可能性が高くなってしまう。

 ゆえに指示を出された部下は困惑していた。


 だが、そんな数秒の時間すらエルヴィは許せなかった。


「悩むな!すでに無事に撤退などできないのだっ‼今は全力をとして一人でも多くが情報を持ち帰ることを優先しろ‼」


「っ!分かりました」


 普段冷静なエルヴィが眼を血走らせて感情を表して叫ぶ姿に周囲にいた者達も、ようやく本当に現状は取り返しのつかないレベルで追い詰められているのだと認識した。

 それからは誰もが疑問すら挟むことなく指示に従い動く。


 数秒後には指示の届いた予備の魔導師隊が動き人形兵達に鈍化の魔法が使われた。

 何発かは人形兵の速度に認識が追いつかず放つことすらできなかったが、1体につき2~3発は鈍化の魔法が当たってしまい速度が眼に見えて遅くなる。


「今だ‼」


 そのエルヴィの号令に従い再度、魔法と矢が弾幕と言えるほど様子で人形兵達に迫った。さすがに人形兵達も全滅する事はないが直撃してしまえば少なくないダメージを負う事になっただろう。

 今まで動かなかったクロガネがゆっくりと動き出し、再度その手に持つ剣を今度は横に振るったのだ。


 次の瞬間、バールスト帝国軍の頭上を魔法や矢が砕かれた破片が飛び散る。


「何者なんだ、アレは‼」


 あまりの怒りから握りしめた拳と口元から血を流しながらエルヴィは叫ぶ。

 せっかく上手くいった作戦も、たった1人の1つの行動で破綻してしまう。


 そんな理不尽な現実が彼にはとても許せなかった。

 魔法やスキルにステータスなんてものがある世界だ。理不尽な強さの存在が居るのは事実だし、エルヴィ自身も他の人間からしてみれば理不尽と言えるほどの強さを持っている。

 しかしエルヴィから見てもクロガネの力は理不尽に過ぎた。


 彼の頭の中に浮かぶ絶対強者の1人バールスト帝国軍の将軍ですら同じことができるとはとても思えなかった。

 その事実が意味するのは自分達の絶対的な…だ。

 もはや生き残る事は諦めているとは言っても理不尽に、一方的に蹂躙されて殺されるなど彼のプライドが許せなかった。


「アレは私が相手をする。現在掛けられるだけの魔法を私に使い、その後は…お前達だけで逃げろ」


「そんな事っ「やれ!他に方法はない」……わか、りました…」


「すまない…」


 これが最後の会話になると確信していながらもエルヴィには優しく諭すようなことをする余裕はない。同じように彼を慕う部下達は文字通り決死の覚悟で挑む尊敬する人の願いを止めることなどできるはずもなく、言われるがままに魔法を施して見送るしかできなかった。


 そして万全以上に強化を施されたエルヴィは途方もない金と時間を掛けて用意させた愛剣を手に持ちゆっくりと前に出る。


「我はバールスト帝国が将の1人!エルヴィ・フォルデイル‼貴殿との一騎打ちを望むものである!」


 いままでは正体を隠すことに極力気を使っていたエルヴィだったが、事ここに至っては正体を隠すことに意味はないと判断して正々堂々として一騎打ちを申し込んだ。

 この世界の戦争において一騎打ちは拒否すれば一生の恥と成るほどの不名誉と認識されていて、敵将が一騎打ちを望んだ時を狙って不意打ちすれば戦勝したとしても周辺国から攻められ国家的な力を増すことはできず。


 更には将としての才覚すら疑われて閑職に追いやられるか、最悪は幽閉される事すらあり得た。

 ゆえに断られるとは思っていないエルヴィだったし、ドワーフ達も断る事はないだろうと確信していた。


 ただクロガネに感情はない。

 出された命令はただひたすらに『敵の殲滅』に過ぎない。

 でも、同時に現状は好機であるという事もクロガネは認識できていた。なにせ先ほどの人形兵達の危機は間違いなく今、目の前で隙をさらしている敵将によるものだと確信できたからだ。

 その敵将を軍から離れさせることができるというのは最高と言っていい。


 だからこそクロガネは受け入れた。


 無言でうなずき剣を抜いて構えて見せたクロガネ。


「…」


 それを了承したと判断したエルヴィも己の愛剣を無言で構えにらみ合いの形をとる。

 バールスト帝国軍とドワーフ達は異様なまでに張り詰めた空気に固唾をのんで見守る。


 そして先に動いたのは……クロガネだった。

 他の人形兵とは比べ物にならない速度で飛び出したクロガネは10m以上空いていた間を一瞬で移動してエルヴィの懐に現れた。

 だがエルヴィは速度が予想できていたのか驚くことなく、逆に切りかかって見せた。


「「「「おぉぉ―――――――‼」」」」


 自分達の対象の人間離れした動きにバールスト帝国軍は歓喜の声を上げる。

 でも、裏腹にエルヴィ本人の表情は何処までも必死でこの一撃に全てを掛けているようだった。証拠に手に持つ剣からはゆらゆらと青白い光が漏れ出て、肉眼でも確認できるほどの膨大な魔力が込められているのが分かった。


「オラァ゛ーーーーーーーー!」


 気合の方向と共に振り下ろされた剣はクロガネの頭を正確に狙って放たれていた。


 しかし……遅すぎた。

 頭に当たる直前でクロガネは静かに、それでいて素早く体を後ろに引いて避けてしまう。まるで宙に浮かぶ葉を掴もうとするように、するり…と避けられ入れ違うように振られたクロガネの剣によってエルヴィの首が落ちる。


「「「「「「………」」」」」」


 もはや敵も味方もなく全員が言葉をなくして結果を認識できないでいた。

 だが人形兵にそんな感情の揺らぎなど存在しない。あるのは絶好の隙をさらす標的の実だった。


 始まりの時と同じで唖然として動くことのできないバールスト帝国軍は人形兵によって一瞬で数を減らすことになった。


 しかも今回は立て直しを担うエルヴィのような者は現れず、全員がパニックを起こして散り散りに逃げ惑った。

 もはや軍としての体裁を残さないありさまだったが、それがよかったのであろう。

 ほんの数人が包囲網を抜けて山脈の中に逃げ込み人形兵達を振り切ることに成功したのだった。しかし残っていたバールスト帝国軍は1人残すことなく骸と成り果てた。


 こうして人間の軍と魔王の軍の初の衝突は人類の圧倒的敗北で幕を閉じたのだった。

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