第40話 黒の魔軍【前編】


 今回のバールスト帝国侵略部隊の総隊長を務めるのはバールスト帝国将軍の腹心が1人『副将/エルヴィ・フォルデイル』であった。戦争の比較的少ないバールスト帝国と言う国の内に置いて異例の戦歴を持っていた。

 理由としては彼は他国出身で傭兵として活動している所をスカウトされバールスト帝国に使えるようになって数年後、現将軍に出会い3年ほどで副将となり片腕として活動してきた。

 そんなエルヴィは部下からの報告を聞きながら必死に本国へと『魔王』と言う驚異の存在を伝える方法を考えていた。


「全部隊混乱!指揮が取れませんっ」


「防壁に取り付いていた部隊半壊!残存兵達も負傷と恐怖により戦線離脱!」


「街の中へ入った兵達が混乱に乗じた反撃されたもよう!現在は混戦状態に突入っ」


(たった一手でこれか…どうすればいい、せめて情報だけでも…)


 次々と入ってくる崩壊した作戦と部隊の現状を聞きながらもはや勝利はないと確信して、同時に情報を伝えるだけですら困難だと気が付いてしまった。いくら方法を考えても失敗する結論しか出なかった。

 だからと言って諦める事は彼には許されない。いや、そんなことは自分自身が許せなかった。


「混乱している者は殴り倒してもいい正気に戻して何とか戦線を立て直せ!無理なら魔法師に精神系の魔法の使用許可を出す。強制的にでも落ち着かせろ」


「わ、わかりました‼」


「負傷者には治療薬をあるだけ使って戦線に復帰させろ。嫌がるようなら後方の監視に当たらせろ!」


「はっ!」


「街中の隊は引かせていい。もはや作戦の続行は不可能だ…撤退する」


「……畏まりました…」


 最後の命令を聞いた者は悔しそうにしていたが凄腕として知られる副将エルヴィが、不可能だと判断した現状を打開できる方法など思いつくはずもなく黙って従うしかない。

 そして部下たちが出ていくのを見送った上でエルヴィは次なる一手に出る。


「早急に各隊に伝達『斥候職の者達は現状を伝えるために散り散りに各自の判断で逃げよ』以上だ」


「っ……よろしいのですか?」


「今取れる最善策はこれだけだ…行け」


「はっ!どうか、ご武運を…」


 そう言って最後まで残っていた伝達役でもあった側近が影に溶けるように消えた。彼は自分こそが斥候職だからこそ自分の主を1人残していく事に少し難色を示したが、エルヴィの意志が固い事を確認すると悲しそうにしながら指示に従ったのだ。

 完全に1人になってエルヴィは最後の悪あがきに出る。


「囮としてはもちろんだが、ただではやられんぞ…魔王」


 空に浮かぶ竜の上に居るであろう魔王を思い睨みつけエルヴィは指示を出しに向かう。


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―――――――――――――――――――――


 そして下で敵意を募らせるものが居る事など知らない彰吾はやる事を終えて持ってきたクッションを枕にくつろいでいた。


「はぁ~争いって醜いな。ついでに見難いなぁ~どこに誰が居るのか、わかり難いわ」


 のんびり寝転がりながらワイバーン型人形の視覚を借りて下の様子を見ながら彰吾は半笑いだった。

 その視覚のリンクを切って彰吾は体を回して空を見上げる。

 浮かぶ表情はどこかスッキリしたような笑顔だった。


「どうでもいいか~もう


 まだ介入し始めたばかりだというのに終わったと言い切った彰吾はしばらくすると静かに眠り始めてしまう。

 その直前に地上でも動きがあった。


 バールスト帝国の軍が各防壁事に一度集合して態勢を立て直し始めたのだ。

 しかも全体的に防御態勢で後退しながら部隊を複数に分け、急速な撤退の姿勢を見せ始めた。その事にドワーフ達は勝利を確信して沸き立つような歓声を上げる。


 撤退する側のバールスト帝国軍の者達は悔しそうに顔を顰める者も多く居たが我慢して撤退を続けた。最後には各小隊ごとにばらけて散開しようとした時、その正面い2~3ほど人影が等間隔に並んでいるのが見えた。

 急に現れた正体不明の存在に速度を落として警戒しながらバールスト帝国軍は近づいて行った。


 そして視認できる距離になると全身を黒い統一された金属鎧で構成した騎士に見えた。


「お前たちは何者だ⁉」


 隊長格の者が威圧するような大声で問いかけるが黒鎧の騎士達(人形兵)が答えるはずもなく。不気味な威圧感を放つ正体不明の黒騎士達にバールスト帝国軍側も限界が訪れようとしていた時、遠くの本隊と思われるバールスト帝国軍の中でも大規模な部隊の前に現れた人期は豪華な黒鎧の騎士(くろがね)が自身の剣を抜き振り下ろした。


 瞬間、空気が避けるような音がして…正面に居たバールスト帝国軍数十人が一斉に裂けた。


「「「「……は?」」」」


 誰にも、バールスト帝国軍も防壁の上のドワーフ達にも理解できなかった。

 気が付いた時には50mは離れていた相手が剣を振るった瞬間に人間が裂けた。普通ではありえないし、誰であれ想定する事の出来ない出来事だった。

 ゆえに敵も味方も等しく唖然として動くことができず、唯一動いたのは感情のない人形兵だけだった。


 人形兵達はクロガネの攻撃の3秒後に動き出していた。

 一斉に前に走り出した人形兵達はバールスト帝国軍が正気に戻る前に突っ込み、接近に相手が気が付いた時には最前列に居た者達が一度に3人の首が飛ぶ。

 最低限の動きで、最大限の攻撃を最も効率のいい動きで行っていく人形兵達。


 自分達の近くにまで攻め込まれているとバールスト帝国軍が気が付いた時には既に3~4小隊は壊滅しているような状況になっていた。そんな現状に慌ててバールスト帝国軍は各々隊長達が挽回しようとするが一個人に同行できるはずもなく、全体に指示を出せる大隊長格に現状が伝わるまでの短い時間に東西南北10部隊ずつ全滅させられることになるのだった

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