第38話 襲撃の知らせ


 そして交渉が決裂してバールスト帝国の代表者達が追い出されてから半日、時刻は深夜目前でしかも天気が曇りで月明りもなく足元も見難い暗さだった。

 夜の闇の中でも城壁の上は篝火で明かりを確保して、更に等間隔で金属鎧を身に纏った守備兵が無数に配置されていた。


 特に今日は大規模な追放もあって念のために警戒して防壁の兵を倍に増やしていたのだ。他にも見えないが防壁の内側には追加の手段も準備されていた。

 ただし兵士達の士気が高いかと言われれば…そうではなかった。


「……暇だな」


「……暇だな」


「……暇すぎる」


「うるさいぞお前達っ」


「「「そうは言ってもなぁ~」」」


 まだ入隊したばかりの若い兵士達3人は急に決まった深夜の警戒任務に不満たらたらといった様子だった。唯一のベテランである小隊長は呆れたように息を吐きだす。


「はぁ……話していてもいいが仕事はちゃんとしろ」


「「「は~~い」」」


「はぁ――……」


 ゆるい返事を返す若手に隊長の男は本当に疲れたように再度大きく溜息を吐く。

 ただ若手達もふざけた態度はしていても仕事をサボっているわけではない。敵など早々来ないので暇を持て余していたのは本当だったけど、いかなる侵攻からも守り抜いてきた街を誇りに思っていた。

 だからこそ自分達が無敵の街の栄光に傷を付けることなど若い者ほど許容できない事だった。


「ひま~」


「ひまだな」


「ひまだよなぁ~……ん?」


 先ほどと同じように暇と言いだした3人だったが途中、1人が何か見つけたようで防壁から身を乗り出していた。その行動に気が付いた残りの2人が慌てて落ちないように体を支えながら同じ方向を見る。


「なにが見えてるんだ⁉」


「お前と違って俺達は夜目効かないんだよ!後重いから早くしてくれ‼」


 いくら普段から鍛えているとは言っても全身金属の鎧を身に纏った者を支え続けるのは2人には辛かった。だから唯一、今のメンツで夜目の効く彼に速く確認するように急かす。

 それでも防壁の外を見つめる彼は顔を青褪めて冷や汗を浮かべていた。


「て、てき…」


「「てき?」」


「敵襲ッ―――――――‼」


「「ッ⁉」」


 体を戻した男は全力で周囲に響き渡る大きな声て叫ぶ。

 それを間近で聞いた同期の2人は普段の彼を知っているだけに大きく驚くが、だからこそ冗談や嘘の類ではないと理解できたからこそ迅速に動くことができた。


 2人は敵襲を知らせる魔道具で街全体に警報を鳴らし、隊長が混乱している間にこっそり腰から拝借した照明弾を打ち上げた。

 さすがに正気を取り戻した隊長は怒りの表情を浮かべる。


「お前達!勝手にっ」


 しかし勢いはすぐになくなり。

 照明弾によって明るくなった防壁の外には無数の武装した人間が軍として統率の取れた動きで向かって来ていた。しかも夜襲に向いている暗い色で統一されていて、人数は見えている範囲でも1000人以上だ。

 特にこれと言った国などを示す紋章などは刻まれていないが今日起こった事を考えれば結論を1つだった。


「全体への通達は⁉」


「終わっています‼」


「攻め込まれているのがここだけとは限らない。お前は夜目が効く、周囲への警戒を決して怠るな‼」


「わかりました‼」


「敵は明らかに計画の基に動いている。外だけではなく、内にも注意するように全体に再度通達!」


「「はっ!」」


 さすが隊長と言うべきか、現状を理解すると瞬時に各所への指示を出した。

 先程までの不真面目な様子とは裏腹に新米3人は指示に従い動く。最初に襲撃に気が付いた彼は偵察などの専用魔道具(双眼鏡のような物)で遠くの森までを視界に収めて監視を強める。

 残りの2人も近くの詰め所から順に警戒を強めるように指示を伝えていく。


 でも、防壁の外を見ていない内側の兵士達には上手く状況が伝わらないので手間取ることになる。だが一々時間を掛けているような余裕があるかも分からない現状ではのんきに説得しているわけにもいかず、少し強引に各所の代表者を防壁の上に連れて行って外を見せる事で説得した。

 もう数十年以上もの間に渡って侵攻を受けなくなっていただけに緩んでいた防衛隊の中も気が緩んでいた。


 簡単に言ってしまえば実力はあるが覚悟の無い者が多くなってしまっていた。

 そう言う者ほど出世が早くなり組織の膿と成る。ドワーフの街は皆が覚悟を持って守ってはいるのだが、一定数はそういう者が居て…バールスト帝国の工作員はそう言った者に接触していた。


「本当に襲撃が始まったようだな…」


「はい、残念ですが…」


 防壁の外を見下ろすのは一際豪華な鎧に身を包んだドワーフと黒い外套を被った初老の男だった。外套の男は心底残念そうにどこか悲しみを含んだ声で話していた。

 反対に豪華な鎧のドワーフは特に気にした様子もなく、どこまでも冷めた表情を浮かべて防壁の外を見つめる。


「私の門は無条件で解放する。ゆえに占領後の街の運営は一任してもらううぞ?」


「そう言う契約ですから」


「ふっ!わかっているならいい」


 ぶっきらぼうに答えた後はもはや話すつもりはないのか豪華な鎧のドワーフは話すことなく部下へ指示を出しに戻って行った。

 その背中を見送りながら外套の男は疲れたように息を吐く。


「はぁ………国の為とは言え、あんな愚物と協力しなくてはいけないなんて…」


 本当に口授の決断だったのだろう苦虫をかみつぶしたかのような表情を浮かべていたが、すぐに思考を切り替えて自分のやる事に集中する事にするのだった。


「どうか最小限の被害で収まりますように」


 最後に密かに祈りを捧げ防壁を後にした。

 そうした街の様子を上空から監視していた鳥形人形は主の彰吾へと伝えに向かった。



――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――


 そして1時間後…

 夜という事で眠っていた彰吾は窓から突撃してきた鳥人形による顔面突撃によって強制的に起こされていた。


「痛くはない…痛くはないけど…なんか嫌だ」


 ステータスによって強化された体は並大抵の攻撃では傷を負う事は愚か、痛みを追うようなこともない。だからと言っても衝撃くらいは感じるのでマッハ近い勢いで飛んできた烏などの鳥と同じ大きさの金属製の人形が突撃してくるのだ。

 その勢いはダメージは無くても衝撃だけで不快感を強く感じる。


 だから寝起き最悪と言っていい彰吾は腹の上に落ちた鳥人形から情報を抜き取った。そのことで余計に気分が悪きなっていた。


「あぁ‥……最悪」


 こうして動きたくない彰吾は自身の安請け合いによってもたらされた結果に無性に眠りたい衝動に駆られるのだった。

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