第37話 交渉決裂


 そしてドワーフ達との話も終わった彰吾は急いで考えうる限りの準備を始めた。

 まず最初にしたのはルーグ老の居る調薬室へと向かって、そこで今日中に用意できるだけの傷の回復薬に解毒薬など各種状態異常回復薬を準備させる。

 突然の事に動揺していたルーグ老だったが、前日の話を覚えていたようですぐに理由を理解して行動に移してくれた。


 次に彰吾が向かったのはクロガネの元だった。

 そこで魔王城に現在配備している人形兵の中から警備に影響のない範囲で動員できる数を聞き、更に今後の事を考えて追加で人形兵を創り出して訓練するように指示を出す。

 ついでに今回の作戦にクロガネは連れて行かない予定のため、魔王城にて創り出したばかりの人形兵の教育を任せると彰吾は伝えた。


 最初は連れて行ってもらえない事に落ち込んだ様子だったが、新人の教育を任されるとやる気に満ちた様子で敬礼して快く受け入れてくれた。


 他にも偵察用の動物型人形を追加で送り、緊急の動きがあれば瞬時に戻るように指令を伝える。そうして彰吾が対策に動きだしてから2日が経過しようとしていた。



 だが、既に全人員の移動を終えている人間軍は各所に魔法を使ってまで姿を隠し潜伏して時が来るのを待っていた。


「本日の交渉の結果次第で我等は動く。そのつもりで待機せよ」


「「「「「はっ!」」」」」


 今朝方に本隊より届いた指示を隊長が伝えると他の隊員達は真剣な表情で答え、次の瞬間にはそれぞれが武器の手入れや精神統一して戦いに備え始めた。

 その近くには1羽の無機質なウサギが聞き耳を立てていたが命の気配を放たないに人間の部隊は気が付く事はなかった。


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 そしてドワーフの街で一番大きな建物『ドワーフ評議会館』ではバースルト帝国の使者との話し合いが行われていた。

 建物内で議会場の次に豪華な客室にはドワーフ達の代表者3名、バースルト帝国側の代表者2名が机を挟んで座っていた。一応部屋の外には両方の護衛達がお互いに牽制するように左右に分かれて向かい合って、部屋に不審者が近づくことが無いように見張っていた。


 だが話し合いの内容はとても穏便とは言えないものだった。


「つまり我々との取引を再開する気はないと?」


「別にそうは言っておらん。しかし以前来た者は街中でも散々やらかしてくれおった故、儂等が説得しても他の者達が納得せん」


「正直に言ってしまえば儂等とて内心では不信感の方が強い」


「特に職人連中は自身の造った武具に誇りを持っておる。その誇りをないがしろにするような発言を彼らは許さん」


 バールスト帝国側のどんな提案にもドワーフ達は頷く事はなかった。

 彼らは良くも悪くも『職人の種族』なのである。そのために職人の矜持を傷つけた者を許す事はなく、代表者として交渉の席についている者らも同時に一流の職人でもあった。

 そんな彼等が簡単に侮蔑の言葉を述べた者達を許せない。


 しかも自分達の武器に問題があったのならともかく、やれ『亜人だから』『汗臭い亜人が』『所詮は亜人の作品』などと自分達の腕前と関係ない事で侮辱されることは我慢ならない。

 ゆえにバールスト帝国がいかに真摯に謝罪しようとも受け入れる事がなかった。


 それでも帝国側の使者達が必死に交渉を続けていたのは単純な理由だった。彼らは今回の裏で進んでいる街への襲撃計画を知っていたから。

 融和政策の賜物と言うべきか、彼等は憎くもない相手からの略奪という行為に強い抵抗感を持っていたのだ。ゆえに交渉で上手く終わらせようと必死に頑張っていたのだ。


 しかし通常価格の倍の金額を提示しても、交易品の増加、周囲の奴隷狩りたちの討伐など思いつく限りの魅力的に思える内容を提示してはいた。

 だが結果は今ある通り、交渉は失敗と言ってよかった。


 でも違うのだ。根本的に彼等はやる事を間違えていた。

 本当に申し訳ないと思っているのなら取引再開よりも先に『謝罪』それをしなければならなかったのだ。

 国の代表として簡単に謝ることはできないと言われればその通りかもしれない。だが相手を対等な者として接するのなら謝罪は必要だった。襲撃計画に反対の彼等も考えの根底にはどこか亜人を下に見ているのだろう。


 その無意識に刷り込まれた常識が交渉を失敗へと導いた。

 バールスト帝国の代表者達も諦めずに交渉を続けようとしたが、先ほどのようにどこかズレた論点からの話が続き…ドワーフ側の代表者達を怒らせることになった。


「もういい‼お前らの考えはようわかったっ」


「金輪際、お主等との取引は無しじゃ‼」


「お待ちくださいっ」


「待たん‼話をするだけ無駄じゃ‼」


 取り付く島もなくドワーフ達に断られ、バールスト帝国の代表者達は最後まで粘ろうとしたが意味をなさず。最後は追い出されるように議会場どころか、街を後にした。

 バールスト帝国の代表者達を帰した後もドワーフ達の怒りは収まることはなかった。なんとドワーフ達はバールスト帝国の関係者全員の街からの退去を命じたのだ。


 街の中でドワーフの兵士達が慌ただしく動くことで住人達を始め、現在街に滞在している者達は困惑することになった。

 けれど評議会からのバールスト帝国の代表者が言い放った内容、そのため停止していた取引再開の為の使者から謝罪がなかったことなどが発表されるとドワーフ達は怒り。


 街に滞在している人間達も良識の在る者と商人達はあきれ果てていた。

 特に商人達はドワーフの武具を始め装飾品などもとてつもない価値を持っている事を知っている。その取引を続けるためなら差別対象である亜人、その位置種族であるドワーフに対しても恥も何もなく謝罪できる!商人達はそう断言できた。

 しかも国の代表として来ているはずの使者がそれだというのだから呆れてる。この件を聞いて何人かの承認はバールスト帝国との今後の取引をどうするか真剣に悩みだしていた。


 そして亜人差別の意識が強い人間達は『理由があろうと亜人風情が人間を追い出すなど許されない!』と考え憤りを顕わにして、結果として『我等の街に差別主義者に居場所はない』と衛兵によって街から追い出された。

 以前から差別主義者による街中での騒動が問題になっていたので、今回の件のついでに追い出す事にしたのだ。


 そうして追い出されたバールスト帝国の代表者達は大人しく本国への道をたどり、街が見えなくなったタイミングで街道を外れて周囲に展開していた部隊の一つと合流した。


「その様子ですと交渉は失敗したようですね」


 合流した交渉人達の様子を見て部隊長の男は交渉の失敗を悟る。


「あぁ…」


「では、予定通り今夜動きます」


「っ」


 『予定通りに行動』それが指し示す事を理解して代表として交渉していた男は一瞬息を呑む。その反応を見た部隊長の男は少し視線を逸らした。


「心情的に許容できないようでしたら、先に本国に戻っても平気ですよ?」


「いや、私の未熟さの結果でもある。見届けるさ」


 もはや引き返すことのできない段階まで事は進んでしまっている。

 唯一の止める機会だった交渉を失敗してしまった…と言う責任感からか、男はどこか物悲しげな表情を浮かべながらも残る事を決断した。

 その言葉を聞いて部隊長の男は特に何か言う事はなく静かに頷いた。


「では、合図を送れ」


「はっ!」


 近くにいた兵士の1人に指示を出して部隊長と交渉人の2人は静かに日が沈むのを待つのだった。

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