第36話 放浪人
急報の内容を確認してアイアスとルーグ老から意見を聞き、対抗策を考えていた彰悟だがやはり情報が致命的なまでに足りていなかった。
最低でも街の人口・防衛設備・防衛兵の人数、同じく人間側の装備・兵数・作戦。これらの情報が無ければ本当に効果的な対抗策を考えるのは難しい。
偵察用の動物型人形は数倍まで増やして情報の収集に当たらせているが、正直に言って間に合うかが微妙だった。情報は生物とかいうくらいには鮮度が大事だが人形による情報の収集は便利だが移動時間分、どうしてもタイムラグが発生してしまう。なんとか遠隔でも映像の受信できないかは彰吾も課題として考えてはいたけれど成果は出ていない。
彰吾としてもなんとかしたいとは思っていても上手くいかない。
という事で考えるだけ体力と気力の無駄だと判断した。
「はぁ~…空を眺める時間って、なんて贅沢~」
そして現在の彰吾は報告を受ける前と同様にテラスでのんびりと青空を眺めていた。本当に良い笑顔を浮かべて彰吾はこの暇を満喫していた。
しかも今日は帰ってきていた獣型人形達に伝言を頼み、今日は一切の報告をなしにしてあるのだ。情報の鮮度の大切さに悩んでおきながら、思いっきり矛盾した命令をしてしまっているが気にしていなかった。
でも彰吾は限界だったのだ。
最初の一週間はのんびりできていたがエルフを保護してからの生活は休む暇すらなかったのだ。本来の性格が『怠惰』なんているスキルを習得できるくらいには怠け者なのだ。
むしろ、ここまでよく働いたと言えるだろう。
ゆえに今日は情報もそろっていないという理由の元、ゆっくりぐ~たらする事にしたのだ。
「あぁ…最高っ」
そうした理由もあって久しぶりの完全な休みを彰吾は楽しんでいた。
今までにないほどにいい笑顔を浮かべていた彰悟だったが、廊下の方から誰かが走るような音が聞こえてくる。その音に気が付いたことで盛大に表情を引きつらせる。
「きっと俺は関係ないな…うん、大丈夫…関係ない」
聞こえた足音に急激に嫌な予感を募らせ、頭を抱えるようにして耳を塞いだ彰吾は自分に言い聞かせるようにそう言った。
しかし願いは叶わず執務室の扉が勢いよく開く。
「魔王様!失礼します‼」
勢いよく入ってきたのはエルフ族の代表であるアイアスだった。
その姿を視界に居れた彰吾は表情などを確認して緊急事態であるけど、危険な状況などではないのだろうと判断した。なにせアイアスは急いできた溜息は乱れて汗を掻いているが、それ以外には恐怖も何も顔に浮かんでいなかったのだ。
これから少し話を聞くだけで終われるかも!と言う希望を持って彰吾は話を聞くことにした。
「なにがあったのか、ゆっくり順を追って話してくれ」
「は、はい!まずは…」
その後は少し長すぎたので省略するが内容を要約すると『魔王城周辺を警邏中、不審な者達を発見。事情を聴くと旅をしている放浪のドワーフだった』という事だ。
最後まで話を聞いた彰吾は最大限の面倒事がやってきたことを理解して目の前が暗くなるような感覚を覚える。
(なんでこう……面倒事が重なるかなぁ~呪われてんのか?俺…)
せっかく無理やり作った休日も潰れる事が確定したような状況に彰吾は、そんな風に思わずにはいられなかった。でも、人間の軍にドワーフの街が襲われる可能性が高い現状としては無視することなどできるはずもない。
「それでドワーフ達は今は何処に居る?」
「城門前にキャンプを張ってもらっています」
「なら、行こう」
無駄に時間を使用したくない彰吾は決断すると、すぐに行動を開始してアイアスも少し遅れてついていく。
そして足早にちょっとした寄り道はしたが、最終的には10分も経たずに城門前に来ていた。
そこでは監視役のエルフ数人と城壁の上の人形兵に見守られるような形で設営作業をする、小柄な5人の人影を見つけた。
まだ作業中の場所に彰吾が近づくとエルフ達は平伏して道を譲り。人形兵達も遠い城壁の上で敬礼していた。
その動きに反応して作業中の5人も手を止めて彰吾を注視した。
「さて、貴方達が放浪しているドワーフの方々で間違いないかな?」
「おう、間違ってないぜ。正確には放浪じゃなくて、修行の旅だけどな‼」
彰吾の質問に代表して答えたのは5人の中でも1番発達した筋肉を持つ立派な髭を生やした男だった。ただ豪快に無礼ともとれる物言いにアイアスを含めエルフ達が起こりそうになっていた。何か言う前に気が付いた彰吾が局所的に魔力を放って大人しくさせたことで揉め事を回避した。
ただ急に顔を青褪めて脂汗を浮かべるエルフ達にドワーフ達はどうしたのか?と不思議そうにしていた。
原因でもある彰吾は、微妙な空気など気にする事はなく話を進める事にした。
「修行か……では人間の街にも詳しいですか?」
「おう、そこそこには詳しいぜ」
「なら少々聞きたいことがあるんですけどいいですか」
「俺は別に構わないぜ。お前達も問題ないよな?」
「「「「問題ないぜ‼」」」」
同意を求められた他のドワーフ達も楽しそうに笑顔で受け入れてくれた。
その事に彰吾は感謝しながらも内心『断ってくれなかったか…』と思ってしまっていた。ここで断られてしまえばそれを理由に休む気だったのだ。
だが話を聞けるならそれに越した事はない。
「では、この地図を見てください」
そして彰吾は前日に確認した限りの情報を伝えた。
内容は簡潔に『人間のあ国の一つがドワーフの街を襲撃するような動きを見せている。防衛は可能だと思うか?』と言った感じだった。
急に人間の襲撃と聞いてドワーフ達は混乱した様子だったが、同時に街ん防衛力には絶対の自信を持っているようですぐに笑みを取り戻した。しかし人間の軍の規模、その動きから想定される作戦などを詳しく話していくにつれて徐々に表情が険しくなっていった。
「…どうだ?ドワーフの街は独力での防衛は可能だと思うか?」
「正直に言わせてもらうなら…可能だとは思う。だが、もし人間達が魔王殿の言うとおりに内側からの工作をしているとなると…」
「不安が残る…と」
「あぁ、街は外からの攻撃には万全で鉄壁だと言っていい。しかし内側からの攻撃は想定していても可能性が低すぎて、どの程度耐えられるか分からないって感じだな」
「やっぱりそうか…だとすると何か対処をしておかないとか…せっかくの街を潰させるのは惜しいしな…」
今回の件で彰吾が真剣に取り組んでいた理由はそれだった。
いくら亜人の保護が任された仕事だとは言っても、魔王城一つでは人間達の国の近くの亜人全ての保護は現実的ではないと考えていたのだ。確かに広大な敷地を魔王城としてはいるが、亜人の総数は未知数なのだ。
人間に奴隷にされている者達も多いようだし、そのすべてを保護するのは現実的に無謀。
なにより、ろくに知りもしない相手から『君達を保護しに来たよ!』と言われて簡単に受け入れるはずもない。アイアス達は緊急事態で、断ると命にかかわるような状況だったから受け入れてくれた。
しかし人間達から上手く隠れて比較的安全に生きている者達は下手に波風を立てたくないだろうし、正直に言ってしまえば詐欺師にしか見えないという話だ。
なので人間の国の勢力圏内に存在する亜人族の街、その価値は正直に言って計り知れないと考えていた。もし今回の件で街を救い信用を経れば他の亜人種との交渉もスムーズに進む考えていたのだ。
そして彰吾の言葉を聞いていてドワーフ達は嬉しそうにしていた。
「本当に助けてくれるのか⁉」
「え、まぁ…俺にも利益のある事だし…」
「ならば俺達もできうる限りの協力を惜しまない‼」
「そう言う事なら…俺も全力で持って街を助けよう」
ドワーフ達の言葉を聞いた彰吾は少し勢いに押され気味に答えた。
元から助けるつもりではあったことだし、そこに追加の報酬まで決まったのだから断るわけもない。
ただ報酬が上乗せされたのだから、今までのように少し楽をする方法を考えながらの対処ではできなくなってしまった。
だからにこやかなドワーフ達やエルフ達と話ながらも彰吾の頭の中はフル回転していた。今後取れる対処のために動かせる戦力と作戦を大急ぎで考え、纏めていく。
その間にドワーフ達は自己紹介していたのだが考え事に集中していて覚えていなくて、後々になってからアイアスに聞き返す事になるのだった。
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