第35話 不穏な知らせ
魔物牧場が一先ずは安定した運営が出来そうなのを確認して安心すると、もう頻繁に見に行く必要もないと判断して彰吾は今日も今日とて日向ぼっこに興じていた。
「はぁ~のんびり最~高~」
忙しい日々もひと段落したことで完全にだらけ切っていた。
どこから用意したのかサマーベットと呼ばれる椅子とベットの中間みたいな、横に寝転ぶことができる。
その上で溶けているかのように手足を投げ出しているのが人類が備えている脅威そのものとはだれも思わないだろう。むしろ必死に対策を講じている人類国家の要人たちがこの光景を見たら、いくら神託があったとしても信じる事はできなくなっていたに違いない。
そんな誰から見てもだらしのない態勢で綺麗な青空を見上げていると、彰吾にとっての不幸を知らせる影が太陽を背に飛んできた。
「あれは……なんか嫌な予感……」
近づいてくる影を見て彰吾は盛大に顔を引きつらせる。
それでも優れた視力で飛んでくるのが自身の放った偵察用の動物人形の1体なのがわかってしまい、逃げるに逃げれないような状態になってしまった。
ほどなくして飛んできた鳥型人形は彰吾の肩に止まる。
「定期報告の時間じゃないし、緊急事態ってことでいいのか?」
『…』コク!
「わかった。なら、見させてもらうぞ」
緊急事態だと分かると彰吾はすぐに鳥型人形から情報を受け取る。
少しずつ受け取っていくと合わせて彰吾の表情は徐々に険しいものへと変わっていく。
「……見なかったことにしてぇ~」
全部の情報を受け取った彰吾は現実逃避するように倒れる。
受け取った映像には山岳部の都市へと向けて進む人間の軍。しかも装備を見る限り一つの国の正規兵でのみ構成されていて、いくつかの部隊事に分かれて行動しているようだった。
しかも向かっている都市の城壁上の兵士を見ると人間ではない。
大半は小柄で筋肉質な体、顔を覆い隠すような髭が生えたドワーフ達だった。
全員が素人目にも上質な出来だと分かる武器や防具を身に纏っている。城壁もよく見ると通常の石材ではなく、なにか不思議な光沢をしているように見えた。
「あぁ~たぶん簡単には負けないだろうけど、頼まれている側としては亜人の街に向かう人間って無視したらダメだよな…」
彰吾としては現段階では何も起こっていないから放置でもいいとは思っているのだが、さすがに女神直々に依頼を受けているだけに放置するのはまずいと判断したのだ。
でも、なにも起こっていない段階では対処のしようもない。
「とりあえず、アイアスとルーグ老に意見でも聞くか」
まだ世界の情勢などを知らない彰吾は参考にする知識を求めて、エルフの代表者であるアイアスと最年長のルーグ老を呼んでくるように執事型人形に命じる。
待っている間に2人が来たらすぐに説明が始められるように彰吾は見た情報を簡単に紙に書き起こした。そうはいっても大した内容はないのだが簡易的な地図と人間軍の動き、ついでに狙われている街の大まかな情報くらいだ。
それから待つこと10分ほどで2人はやってきた。
「「お呼びと聞き参りました」」
「あぁ~ちょっと聞きたい事があってな。少し長話になりそうだし、ソファーにでも座ってくれ」
「「はっ!」」
やってきたアイアスとルーグ老は練習でもしたのか綺麗な敬礼をしてから、彰吾の言っていたようにソファーへと腰を下ろす。同時に彰吾は準備していた書類を2人の前に並べた。
2人は目の前に置かれた資料に手を伸ばし、すぐに目を通し始めた。
「その資料を読みながらでいい、質問に答えてくれ」
「「わかりました」」
「まずそこに簡易的な地図を書いてあると思うが、赤い印の国が端の方の青い印にある街へと兵を派遣している。両方の印の場所について知っている事はあるか?」
単刀直入に彰吾は本題を淡々と進める。
対してアイアスとルーグ老は話の内容と手元の資料に放心していた。本当に片手間に書いたような物だったが、魔法技術に頼っていたこの世界では彰吾の描いた地図でも精巧な物となっていたのだ。
なにせ鳥形人形の視点で見た光景を基に描いているので高低差や距離が異様に正確だった。
そして反対に話の内容はこの世界の知識があるからこそ最悪の結果を想像できてしまい、頭が処理するのに時間を必要としていた。
「こ、この赤い印の場所は人間の中規模国家の一つです。名前は忘れましたが比較的、亜人にも寛容な国として有名だった…はずなのですが」
「こちらの青い印の場所は残り少ないドワーフの造った国だったはずですじゃ」
どこか腑に落ちないと言った様子のアイアスの後を繋ぐようにルーグ老が話を続けた。
その中に出てきた1つの言葉に彰吾は興味を示す。
「ドワーフの国?」
「はい、ドワーフは採掘や鍛冶などが得意な種族でしてな」
「あぁ~そう言う事ではなく。俺が魔王と成った時に手に入れた情報だとドワーフの国は存在しないはずだが…」
「え?」
ルーグ老はドワーフの説明をしようとしたが彰悟が気になったいたのは違う事だった。この世界に来た時に彰吾は亜人種の残存する国の数を確認している。2柱の女神に送り出された時、死の神であるシルヴィアが何かを隠している事を確信したのだ。ゆえに安全な拠点でもある魔王城建設後、急いで鳥型の人形兵を大量に世界中に放った。
そのため大陸の海近くまでの情報を一週間後には手に入れていた。
結果としてわかったのは安全な場所には人間の街しかなく、亜人達の国と呼べる規模の集団を見る事はできないという事だった。
唯一、人間も入る事の出来ないような秘境らしき場所には幾つかの国のような物を見つけていたが、何か結界を張っているのか鳥型人形は近寄れなかったり、何かに撃墜されたのか戻らず情報が途切れてしまった。
だが、それゆえに彰吾は自信を持って確信していたのだ。
『ドワーフの国は存在しない』と、しかし今回の話ではドワーフの国が存在していると言うので混乱していた。
(もっと街単位で細かく調べておくべきだったか…)
今までに調べたのは鳥型人形による空からの距離を取っての観察だけで、最近のように近くの街などの監視は情報収集後にはじめたのだ。しかも異変が起きていなければ彰吾も気にしないので街の中までは見ていない。
なので今回のドワーフが多く居る街だと判断する事が出来なかった。
だからドワーフの国があるという事を彰吾は信じられなかった。
「本当にドワーフの国で間違いないのか?」
「…厳密には少し違いますじゃ」
少し問い質すように話す彰吾に対してルーグ老は真剣な表情で答える。
「どう違う?」
「彼等は周囲を鉱山に囲まれた草原の中に街を作っているのです。そこに大群で攻め込むのはまず補給の観点から難しく、だから人間達から逃れていたのですが…数年前に発見されてしまったのですじゃ彼等の使う坑道を」
「なるほど、比較的安全な道を見つけたというわけか」
「はい、ですがドワーフは普段から坑道で生活する時間も長く慣れているのです。なので人間は戦闘ではドワーフに勝つことはできないと理解し、彼らは人間の国々に囲まれながら街1つの鉱山都市国家と言う扱いを周囲の国から受けているのです。ですが、他の遠い人間の国々からは街の存在すら認知されていないようですじゃ」
「だから国と言うには微妙という事かい?」
「はい、私共は以前に街から旅に出たドワーフの方々と出会いましたので国だと認識しておりましのですじゃ」
「そう言う感じか」
ルーグ老の話を聞いて自分の認識を彰吾は修正して現状を考え始める。
すると、ようやく話についてこれたアイアスも口を開いた。
「おそらく人間は何か大きな戦があるのだと思います。その影響で武器が不足、あるいは購入の交渉で問題が発生、逼迫した状況がゆえに交渉から強奪に切り替えたのでしょう」
「確かに、可能性が高そうだな」
「はい、ドワーフ達の造る武具は一級品ばかりです。でも直接戦闘能力は大して高くないと聞きました。なので街まで近づくことができれば制圧できると踏んでいるのだと思います」
「それで実際にドワーフは弱いのか?」
そこまでを聞いてアイアスの表情にはどこか人間側を馬鹿にしたようなものが隠れているのを彰吾は感じて質問する。
どこか困ったような表情を浮かべながらアイアスは自分の考えを述べた。
「……強いです。彼らは小柄な体に不釣り合いなほどの怪力を誇り、魔法は使えませんが作った魔剣で似たような効果を発揮できます。弱点と言えるのは遠距離の攻撃方法がバリスタや弓などの物理攻撃のみという事ですかね…魔剣の遠距離攻撃は大して範囲も飛距離もたかが知れてます、でも防具の防御力が生半可な物ではないんです。同じ技術を持つ者が作った城壁なんかが簡単に壊されるとはとても思えないんですよ」
「なるほど、城壁の中に数人単位で何組か入っていても制圧は厳しい。その上軍隊を用いてお城壁を攻略するのは困難ってことか」
「はい、人間の遠距離攻撃ならドワーフ達は盾で防ぎきれるでしょう。問題は周辺国の人間なら知っているはず、なのに攻めたという事は人間にも何か策があるという事だと思います」
話始めてからアイアスが感じていた不安はその事だった。
過去の経験から勝てないと知っている人間が行動に移した。では、何か対抗手段を見つけたという事ではないか?という事なのでははと考えていたのだ。
その話を聞いて彰吾も最悪の可能性を想像する。
「確かにそうだな…特殊な武具。あるいは街中に大規模な協力組織があるか…ありがとう参考になったよ2人共」
ここからは本格的に集中して考える必要があると判断した彰吾は、協力してくれたアイアスとルーグ老に感謝を口にすると足早に自室へと向かった。その背を恐縮しながらも『恩人の役に立てた』と言う事実に2人は喜んでいた。
そして自室へと戻った彰吾はベットに横になりながら、先ほどまで話していた内容から考えられる人間側が取りそうな方法を思い浮かぶ限り上げて対処法を考えた。
なにせ今回の人間の活発な行動には、自身が人間の街を壊滅させてしまったと言う事が関係ないとは思えなかった。つまり自分が原因で、守るように依頼された亜人族の1種族であるドワーフ族を危機に陥らせておくことはさすがにできないと考えたのだ。
でも、すでに接触できているエルフならともなく未接触の種族の防衛の助け、ないし保護は現実的に手段がない。
「はぁ~めんどうだなぁ…」
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