第10話 虐げられる者


 彰吾がこの世界に来てから1週間ほどたったころ、深い光すら届かない森の中を必死に走る者達が居た。


「はぁ…はぁ…っ」


「走れ!追いつかれるッ」


 森を走る彼らは何かに追い立てられるように必死に走っていた。その走っている全員が大小の傷を負っていて無傷な者は一人もいなかった。

 そんな彼らは普通の人間とは違って常軌を逸した美しい顔に綺麗な金髪、なにより普通の人間との大きな違いはその耳が尖っている事で、つまり彼らは『エルフ』だった。


 そんなエルフ達は何かに追い立てられるように後ろを気にしながら森の奥へと走っていた。更に定期的に何人かが立ち止まって簡易的な即席罠を設置して時間稼ぎまでしていたのだ。

 そこまでしても安心できないのかエルフ達は本当に必死に走り続けた。


「もっと早く!追いつかれれば終りだ‼」『サモン:風猫ふうびょう!』


 逃げているエルフ達のリーダーなのか戦闘を走っていた者が後ろへと必死に呼びかけながら、何かの力を使ったのか横に緑色の1mほどの大きさの猫が現れた。

 その猫はもの凄い風を纏って後方の何かへと一直線に向かって行った。


 それからも定期的に何かを呼び出しては後ろへと放って目的地があるでもなく真っ直ぐに走っていた。


「はぁ…はぁ…」


「くっ…」


 ただなん時間も全力で走り続けていたエルフ達は女子供も多く、戦闘員では無い者達は疲労が限界に来ていた。それでも立ち止まれば終わりだと理解しているので全員が必死に走っていた。

 しかし確実に速度が落ちてきて、ついに追手に追いつかれてしまったのだ。


「へっへっへ!無駄に手間をかけさせやがって、どうなるかわかってんだろうなぁ⁉」


「ひぃぃ」


 先回りしていたいかにも盗賊!と言った格好のひょろ長い男が恫喝すると子供のエルフが小さく悲鳴を上げた。その様子に何処から現れたのか盗賊の仲間と思われる者達が周囲を囲み笑みを浮かべていた。

 そんな状況の中でもリーダーとしてみんなを率いていたエルフが率先して前に出て、続くようにまだ戦える者達が非戦闘員の周囲を囲むよう構えた。


「何故我らを執拗に狙う!我らが何をした⁉」


「態々聞かなくても分かってんだろぉ?お前らエルフは高く売れる!その容姿!魔力!知識‼どれをとっても一級品だぁ~」


「戦闘奴隷に性奴隷と用途は様々で、欲しい奴らはいくらでもいる‼」


 威嚇するように叫んだエルフの問いにも盗賊たちはニヤニヤと馬鹿にしたような笑みを浮かべて嬉々として答えた。その告げられた内容に捕まった同族たちの末路を創造して何人かの者達は涙を流し怯えたように肩を抱き合い、逆に怒りに表情を歪めて今にも飛び出しそうな者達もいた。

 そう言う者達はだいたいがリーダー共に集団を逃がそうと戦っていた者達だった。


 そんなエルフ達の様子を見ても盗賊たちは何か動揺することなく、ただ何処までも楽しそうに挑発するような笑みを浮かべていた。相手がどんなに吠えようが自分達には敵ではないと言う、そんな不自然に感じるほどの絶対的な

 あまりにも不自然に思える自信にはれっきとした根拠があった。


「知ってるんだぜぇ?お前らはこの【モノリス】の近くじゃ力が出せないんだってなぁ~」


「くっ…」


 挑発的な笑みを浮かべて話す盗賊姿の男の後ろから、数人の男達が何かを押して現れた。押される台車の上には不思議な紋様の刻まれた石柱【モノリス】と呼ばれる物だった。

 そのモノリスは紋様から光が放たれていて周囲を覆うように広がっていた。


 エルフ達はその石柱を忌々しそうに睨みつけていた。

 そんなエルフ達の反応に盗賊たちは気分を良くしたのかニヤニヤといやらしい笑みを浮かべると、嘲るように話し出す。


「これはお前らにとっては毒になるらしいからな。しかも弱るだけで傷はつかない、いや~状態のいい奴隷を捕まえ放題で俺達には最高の品だよなぁ~?」


「まったくもってその通りだぜ!」


「「「ハハハハハッ‼」」」


 エルフ達は自分達を亜人と言って侮蔑する目の前の盗賊達に憎しみに染まった目を向けていた。しかしモノリスの影響で上手く体を動かす事すら困難になっているエルフ達にはそれが限界で、直接的な反撃に出ることはできなかった。

 その事を理解しているからこそ盗賊達は高圧的な態度をつづけていたのだ。


「それでこいつらどうするんだ?」


「知らねぇよ。後から追いつくって言ってたボスが来てから決定するんだ。俺達はただこいつらをバカにしながらまってりゃいいんだよ。楽な仕事だろ?」


「なるほどな!そりゃ楽でいいや‼」


「「「ぎゃはははははっ!」」」


 相手が動けないのをいいことに盗賊達はエルフ達の目の前で下品に笑う。そうする事でエルフ達がより一層悔しがることを理解していてそんな反応を楽しむためにだ。

 そんな事はエルフ達も分かってはいたが悔しいものはどうしようもなく、相手を喜ばせると分かっていても止められない。


 盗賊達は悔しそうに唇が切れるほど噛み締めて何とか女子供は守ろうと戦える男達は前に出て踏ん張っていた。それでもモノリスの影響か足環震えてどうしても弱弱しく見えてしまった。


 だからこそ完全に油断していた盗賊達は完全に油断して、エルフ達の反応を見ながら酒盛りを始めた。近くで自分達を無機質に観察する存在に気が付かずに……


―――――――――――――――――――――――――――――――


 そして時間は少し戻って魔王城の魔王私室で彰吾はベットの上で全力でだらけていた。


「あぁ~このベットまじで最高~」


 魔王城・創造で創られた物は城本体を含めて彰吾のイメージした最高の者が用意されることになっていた。そのため彰吾の『ゆっくり休みたい!』という願望から魔王城の中の寝具やソファーなどの家具は最高の使い心地を使用者に与えた。

 そんなベットの上で彰吾は全力で怠けていたのだ。なぜそんなに怠けていられるかと言うと、二日目に試した人形創造が理由だった。


「いや~人形達本当に有能すぎる。まさか自己進化するし、俺と感覚の共有までできるとは…これって何気に現代人の夢のような気がするな!」


 感動したように彰吾が言ったように現代に生きる主婦などの日常的に家事をする人たちは共感できるだろう。つまりこの人形達は掃除に料理はもちろんとして、感覚を共有する事で宅配便を遠距離から受け取ったりお菓子を取ったりできるのだ。

 そのため彰吾の居る部屋にはメイドや執事をイメージした形の人形が三体ずつ待機していた。


 他にもこの一週間で魔力消費して人形を大量に作り出して魔王城周辺の探索をしていた。おかげで魔鉄や魔樹に魔物の素材、とにかく大量の素材が運び込まれてそれらを使用して更に多様な人形達を創り出したのだ。


 最終的には1日50体にも及ぶ人形を作っては周囲に放って探索の効率を上げていた。普通の人間が相手だと労働環境が最悪もいいところだが、この人形達は薄っすらと意思を感じさせるが人形であるために体力は無限。しかも多少の損傷は周囲の魔力を吸収して修復していしまい、大破しようとも彰吾が直接残骸に魔力を込めれば修復可能だ。


 そんな理由もあって人形たちは数を減らす事もなく増やし続けて、今は400体近い人形達が魔王城とその周辺で行動していた。


「ふぅ…もうひと眠りしたら、健康のためにも軽く運動がてらスキルでも試そうかなぁ~…ん?」


 そんな事もあって特に家事などもやる必要な無くなった彰吾は1日のほとんどをベットの上で過ごしていた。

 ただ今日は何かに気が付いたのか立ち上がると部屋の外に出て窓際へと近寄った。そこには不思議と黒い漆塗りのような色合いの木製の鳥が止まっていた。


「何か見つけたかのか」


『』コクコク!


 そんな鳥を警戒することなく手に乗せた彰吾は真剣な表情で確認すると、言葉が分かるのか鳥の人形は頷いて答えた。

 実はこの鳥も彰吾が作り出した偵察用の人形の1つだったのだ。作った理由としては、さすがにずっと同じような人形を作り続けることに彰吾も途中で飽きてしまったのだ。


 なので途中に暇つぶしもかねて移動用のドラゴンや大鷲、偵察用の鳥や狼に魚の人形を作っていた。

 そして今回戻って来たのは偵察用の鳥の1体だった。

 鳥からの反応を見た彰吾は鳥を手に乗せたまま自室に戻ると、早速感覚を共有して見聞きした光景を確認した。別に戻る必要はなかったのだが座って確認したかったのだ。


(うおっ!なんど見てもこの景色は最高だな~♪)


 この時の彰吾にはまるで自分が空を飛んでいるような光景と感覚を与えていた。

 いつもならゆっくりとこの光景を楽しみながら眠りにつくのだが、今回は何かが起こっているとの報告のため楽しむのもほどほどに本題の場所を移し出す。


「これは…エルフか!本当にファンタジーなんだな‼それで周りにいるのはいかにもな感じの男達」


 その映し出された光景には大勢のエルフと思える耳の尖った100人規模の集団が追い立てられるように必死に走っていて、後方からはいかにも男達が下卑た笑みを浮かべながらなぶるように追いかけていた。

 もちろんエルフ達もただ逃げるだけではなく変な動物を召喚して攻撃を仕掛けていたが、盗賊達の周囲に近寄ると不思議な波動が放たれて煙のように消えてしまう。


「これは何かの魔法的な物を使っていて、盗賊達はそれを消し去る効果のある何かを持っていると言う事か…」


 その後はエルフ達が追いつかれて囲まれたところもふくめて最後まで確認した彰吾は感覚共有を切断すると、疲れたように息を吐いてゆっくりと立ち上がった。


「つまりは人間に襲われているエルフ達が逃げて近くまで来ているって事で…はぁ~短いのんびり期間でした…」


 状況を理解できた彰吾は女神たちに頼まれた仕事『エルフ・ドワーフなどの亜人と呼ばれる者達を助ける』を引き受けてしまっているので、この1週間味わった休日を名残惜しみながら救助のために人形達へと一斉に指示を出す。


 この事件を切っ掛けに異世界で彰吾は初めて魔王として動き出すことになる。

 そしてこの事件を始まりとして世界は魔王の存在を認識し、色々な者達が騒動の渦に巻き込まれて世界は変化して行くことになるのだった。


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