第11話 人形兵の実力
場所は戻って森で追い詰められていたエルフ達の周囲で酒盛りしていた盗賊達は、宴も佳境になって大半の者達がへべれけになっていた。
「わりぃ、ちょっと行ってくるわ~」
「おう~さっさと戻ってこないとお前の肉喰っちまうぞ?」
「ふざけんな‼」
そしてこれだけ飲み食いすれば当然として席を立つ者達も増えて来る。
だから今回も誰も気にすることなく冗談交じりに送り出した。すぐに宴会どころではなくなるなど夢にも思わずに…
「うぅ~さっさとすまそう」
一人離れた森の中に入った男は日が落ち始めた森に得体のしれない恐怖を感じ、さっさとすませて戻ろうとした。
するとガサッ!と近くの草むらが動き奥から黒い鎧姿の者達が5人現れた。
「な、なんだおまえ達⁉」
『…』
男はいきなり現れた不気味な鎧姿の者達へと叫ぶが答えは返ってこず、鎧達は無言で近寄っていく。
あまりにも不気味すぎる鎧達に男は恐怖して仲間を呼ぶために後ろに振り向こうと一瞬、本当に一瞬だけ視線を逸らしただけで頭・首・胸の急所を3か所同時に剣で貫かれて息絶えた。
『『……』』
動きを止めた死体を前にしても鎧達に変化は無く、淡々と自分達の痕跡だけを消して死体だけは置き去りにした。
程なくして帰ってこない男を探しに来た仲間の男達が叫び出す。
「おい!こっちで1人死んでやがる⁉」
「なんだと⁉」
「こっちでも1人やられてるぞ‼」
「はぁ⁉どうなってやがる!何が起きてるんだっ⁉」
しかも報告される死体の発見は1つではなく、今までにも席を外した仲間の死体が次々に発見されていく。そんな状況に酒盛りをしていた男達は酔いも吹き飛び慌てて武器を構えて周囲を警戒しだした。
もちろん混乱に陥ったのは盗賊達だけではなくエルフ達も同じだった。
今後に起きるだろう残酷な現実を考えて絶望していたエルフ達は、目の前で起きている盗賊達の悲劇に頭が付いて行かずに当事者たち以上に混乱していた。
しかし一部冷静な者達は密かに集まって話し合っていた。
「なにかが起きているようだな」
「それは見ればわかる。どうするんだ?」
「チャンスではある…だが、この事態の原因が分からない事には下手に動けない…」
「確かにそうだが…」
逃げる時にも先頭を走って指示を飛ばしたリーダのエルフの男の言葉に周囲に集まった者達は納得しつつも、やはり絶好のチャンスを逃すように思えて不満気な表情をしていた。
それでも原因も何もわかっていない状況で行動するのは危険だと言うのは理解しているし、なによりも今はモノリスの効果で戦闘力が乏しく低下している現状ではどうしようもないと理解して大人しく頷いた。
そうやってエルフ達が話し合っている間にも周囲の状況は動き続けていた。
次々に消える仲間が増えて完全にパニックに陥っていた盗賊達だったが、遅れて来た一際体格の大きい男を見て冷静さを取り戻した。
「ボス‼」
「おう、これは何の騒ぎだ。首尾よく捕まえたという連絡が来たから、運搬用の馬車を持ってきたんだがよぉ?」
「そ、それが何かに襲撃されているようで…」
「なにかだとぉ?テメェらは敵の正体もつかめない無能なのか⁉」
「ひぃっ!」
盗賊達にボスと呼ばれた大男は目の前の報告してくる手下の男に恫喝した。その迫力に話していた手下は悲鳴を上げて腰を抜かす。それだけで大男が盗賊達に恐れられている存在なのかがよく分かる。
この男が来たことで混乱していた盗賊達は統率を取り戻し始めた。
「とにかく今は襲撃犯の処分が先だな。テメェの処分はその後だ‼」
「は、はい!」
「…まずは正体を見極めねぇといけないか」
しかもこの男は見た目の印象とは裏腹に頭も切れるタイプの人間だった。
なのでどんなに感情的になろうと何処かは確実に冷静で、今もむやみに周囲を探索させるような事はせずに襲撃犯の正体を見破る事を優先した。
「お前ら!散り散りにならないように一塊になれ、その後は五人以上で常に行動するのを忘れるな‼周囲の警戒も忘れんじゃねぇぞ!」
「「「おう!」」」
唐突に出されたボスからの指示にも盗賊達は慣れた様子ですぐさま動き出す。
この段階でエルフ達には相手がただの盗賊ではない事が分かってしまい、今まで以上に迂闊な行動が出来なくなってしまった。
もうこの時には盗賊達もエルフ達ですらもが『ここまで警戒すれば、襲撃者も迂闊に動けない』と言う考えを持っていた。
しかし予想に反して固まった盗賊達を包囲するようにして襲撃者達は姿を現した。
現れたその襲撃犯達の姿は全員が同じような黒い鎧を身に纏った騎士団のようで、その手に持つ剣や槍には消えた盗賊達の物と思われる血が付着していた。
しかも鎧達は姿を見せても一切何か喋る事も無く黙々と周囲を囲うだけで、血の付いた武具と合わさって不気味な雰囲気を放っていた。
「こいつらか攻撃してきてたのは…?」
そんな中でも盗賊達のボスである巨漢の男だけは怒りの表情を浮かべながら鎧の集団を見つめていた。誰かに問いかけた訳では無い呟きには他の盗賊達も一応聞こえてはいたが、相手の正体は殺された者達しか知らないので確信を持って答えられる物は誰もいない。
それでも目の前の光景に盗賊達やエルフまでもが間違いなく襲撃者だと確信はしていた。
そうして不気味な沈黙に包まれて少し時間が流れると正面の鎧達が一斉に動き出して、奥から一際は大きくより濃い夜を内包したような黒い鎧が現れた。
「っ!」
一目その鎧を見た瞬間にボスの大男は身の丈は優にある体験を引き抜いて進撃の構えをとった。その自分達のボスの急な変化に他の盗賊達は何が起こったのか分からず混乱していた。
だがボスにとってはそれどころではなく顔にはまだ攻撃されてもいないのに大量の脂汗が浮かんでいた。
(こいつは一体なんだ?絶対に普通じゃない⁉人間…ではない、だが他の亜人どもとも違う!なんなんだこいつは⁉)
一定の水準を超えた強者であるからこそ感じてしまった目の前の鎧の強さと異質な気配。今までに感じた事の無い強者の気配もそうだが、それ以上に大男を恐怖させていたのは絶対的な人間への殺意のような不思議な波動にだった。
そうして混乱している内心を何とか表情に出さないようにすることしか男にはできず、部下の盗賊達に指示を出す余裕すらなくなっていた。
『……』
そうした中で最初に動いたのは鎧達だった。最後に現れた鎧を筆頭に数体が前に出て武器を構えた。盗賊達もさすがに相手が動き出せば進撃するしか選択肢は残っていないのだが、すぐに動き出すことが出来なかった。
こんな状況になってもボスの大男が一向に武器を構えただけで動こうとしないのだ。
「ボ、ボス!どうしますか⁉」
「っ!どうするもこうするもねぇ…こうなったらとにかく包囲を破って逃げるぞ!この数には、装備の質でも負けてるんだ勝てるわけがねぇ」
「了解だ!」
部下の声でようやく周囲の状況を認識できるようになった大男はすぐに生き残るための指示を出す。こうしてちゃんとした統率力を取り戻した盗賊達は、3~4人のチームを組み上げると正面の鎧一体のみに集中できるように体勢を取った。
そしてボスは部下の中でも手練れ2人を率いて鎧達のリーダーとみられる個体へと戦いを挑む。
そんな万全と言っていい状態で挑んだ戦いは、10分も掛からずに決着した。
例えば槍を持つ鎧に挑んだ3人組は鎧が槍でついてくるのを待って、盾持ちが攻撃を逸らし作り出した隙に剣で左右から攻撃を仕掛けようとした。だが予想に反して鎧の放った突きは何処までも鋭く、鉄製の盾を悠々と貫通して盾持ちは運悪く首をえぐられて死んでしまい。
その結果に動揺して一瞬動きを止めた2人は素早く引き抜いた槍による振り払いで纏めて吹き飛ばされて、立ち上がろうとしている間に正殻無慈悲な突きの連発で急所を全て貫かれて絶命した。
他の場所も似たり寄ったりの結果になっていた。すべてが想定通りにはいかず、鉄の防具がまるで木の板のように砕かれ・潰され・切り裂かれるのだ。
そしてボスと手練れの3人が挑んだ相手、ここまで来ればもう分かるだろうが彰吾の最初に作りだしたクロガネだ。
クロガネは大男の剛力から放たれる大剣を何でもないように片手に持つ盾で受け止めて下に潜り込み、むしろ隙の出来ている男の腹部を切り裂き駆け抜けて状況の理解できない2人の手下を切り伏せていた。
「ごふっ…な、んだよ…てめぇは…」
『……』
瀕死だったボスの男は最後に恐怖に染まった目でクロガネを見上げながらそう漏らして息を引き取った。
それを見届けたクロガネは他の戦闘中の自分の部下で同族の鎧達を見たが、ほとんどが瞬殺同然で終わっていた。
こうして戦いが終わると人形のため喋る事の出来ないクロガネは身振りで、部下の鎧達に何か指示を出した。指示を受けた鎧達はエルフ達から見えない場所へと盗賊達の死体を片付けた。
そんな鎧達の視線はエルフ達の中で怯えたように目をぎゅっ!と強く瞑っている子供たちが映っていた。
その鎧達の行動を見たエルフ達はとりあえず敵ではないのか?と半信半疑ながら警戒を少し緩めた。
ただどれだけ待っても鎧達からなんの反応も無いのでどうすればいいのかエルフ達も困惑し始め、ついに逃げていた時もリーダーとして振る舞っていた男が前へと出た。
「た、助けていただき感謝する。ただあなた方は敵なのか?味方…と言う事でいいのか?」
目の前で盗賊達を蹂躙した鎧に恐怖心を浮かべながらも勇気を振り絞って声をかけた彼だったが、鎧達には人形であるために発声方法が施されていない。更にこの人形兵達は基本的には主である彰吾の命令しか聞けないので、その場の質問に答えるような器用な事はできないのだ…ただ一つの例外であるクロガネを除いては…
『……』スッ
「っ⁉……上?」
クロガネは発声はできなくとも自分の意思で意思疎通をする事はできた。
そんな彼は返答としては静かにそれでも確かに上空を指さした。つられて頭上を確認したエルフ達の目に映ったのは大きな影、トカゲの顔を持ち翼で持って空を飛び、火を吐きすべてを破壊する力の象徴『ドラゴン』だった。
それを見たエルフ達はパニックに陥りかけたが、すぐに全員が気が付いたのだ。
ドラゴンの後ろに馬車のような物が引っ張られていると言う事に、そんな現実離れした光景の連続に脳の処理が追いつかないエルフ達を差し置いて目の前へとドラゴンと馬車は着陸した。
そして鎧達が騎士団のように統率の取れた動きで馬車の周囲で片膝をつくと、馬車の扉は静かに開いて中から出て来たのは…
「うぇ~……空飛ぶ馬車て思った以上に気持ちわる・・・うぷっ」
豪華な服や装飾を身に着けて、絶大な魔力を持ちながら顔を真っ青に染めて乗り物酔いに苦しむ彰吾の姿だった。
こうして世界で最初の亜人と呼ばれる者達と魔王の接触は何とも締まらない形となってしまったのだった。
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