第5話 旅立ちと/神々の思惑

 そして彰吾とシルヴィアの2人は雑談しながらこの後について軽く話していた。


「そう言えば今さらですけど、人間達にとって俺は害悪的な存在なんですよね?」


「まぁ、そうなるわね」


「なら俺は何処に行けばいいんですかね?さすがに何もない場所に放り出されると、死にはしなくても辛いんですが…」


 彰吾の最も不安に感じていたのはそこだった。なにせ役割が魔王である以上、人間達の生活圏には入る事はできない。なにか隠蔽できれば話は違うが最初からそんな方法を持っている訳もなく。

 だからこそ転生ではなく転移に近い状況なら、なおさらにどうするべきなのかを確認したのだ。


「それは安心していいわ。魔王としてのスキルに【魔王城・創造】と言う物が有ってね。そのスキルを使えば住む所は問題ないし、上手く使えば食料の生産も出来るはずよ?他にもいろいろ便利なスキルもあるだろうしね!」


 確認されたシルヴィアは安心させるように小さく微笑みながら大丈夫だと説明した。その説明にはと言う現実味のない言葉が使われていたが、現在進行形でファンタジーな状況にいるので彰吾もそこに深く突っ込んだりはしないで真剣に聞いていた。


「…なるほど、スキルはネット小説とかに出て来る感じであってますか?」


「その認識で問題ないと思うわ。さすがに効果まで完璧に同じとは言えないでしょうけど、大半は似たり寄ったりってところかしらね」


「そう言う事なら特に問題なさそうです。後は実際に行ってから、色々と試してみればいいだけですし‼」


 補足の説明を聞いた彰吾は楽し気にいい笑顔でそう言った。スキルについては地球のお楽としてすでに多く浸透しているので受け入れやすかったという理由もあったりする。

 そんな彰吾の子供のような反応にシルヴィアは微笑ましそうに眺めていた。


 そして今の確認で聞きたい事を全て聞いた彰吾は満足そうに頷いて、特に話す事が思い浮かばなかったのか少し考えて念のために確認する。


「それじゃ、もう特に話す事もない…ですかね?」


「もうないと思うわ。元々、彰吾は適応能力がずば抜けて高いみたいだし?何かあっても解決できそうだしね!」


「ハハハ…確かに、少しは困れってよく分からない注意を受けたことありますね…」


 シルヴィアが何か問題があっても大丈夫でしょ?と言う感じの言い回しに、彰吾は少し苦笑いを浮かべて冗談とも取れない体験を話した。しかもこの話した内容は別に冗談でも何でもなく、ただの事実だと言うことが彰吾の能力の高さを裏付ける。

 だがその程度の話でシルヴィアが動揺したりすることはなく話は進む。


「なら、何時までもここに居ても暇だと思うから。向こうに送り出しましょうか」


「問題ないのであれば、よろしくお願いします」


「ふふふ!頼むのは私達の方なんだから、彰吾は堂々と向こうの世界を楽しんでくれればそれでいいのよ?」


 自分達の都合で別の世界に送られると言うのに律義に頼んでくる彰吾の姿に、シルヴィアは可笑しそうに笑っていた。

 そんなシルヴィアの反応を見ても彰吾はまだ少し不安そうにしていた。


「そう言うものですかね…」


「そう言うものなのよ?と言う事で、送る準備をしましょうかね」


 短く答えたシルヴィアはすぐに彰吾を送る準備を始める。

 準備とは言ったがやる事は単純で、シルヴィアが何かブツブツと呟きながら手を振ると一瞬で目の前に魔法陣が描かれた。そのファンタジー感あふれる光景に彰吾は食い入るように観察する。


 彰吾のその様子を脇目で確認しながらシルヴィアは口元に笑みを浮かべて振り返った。


「この魔法陣に乗れば、すぐに向こうの世界に送られるようになっているわ!」


「おぉ…本当に魔法陣だ。っと、わかりました」


「なら、最後に言わせて?今回は私達の目的のために協力してくれてありがとう。ほら、あなたも何か言いなさい…」


 魔法陣に見惚れる彰吾の姿に微笑まし気だったシルヴィアだが、すぐにでも向こうに旅立ってしまいそうな彰吾の様子を見て、少し早口で今回の依頼を受けてくれたことの礼を言った。

 そして途中から完全に空気と化して黙っていたアズリスにも何か言うようにうながした。


「わかってるわよ…今回は頼みごとを引き受けてくれてありがとうございましたッ‼これで良いんでしょ⁉」


「はぁ…本当にあなたは懲りないわね?」


「ふんっ!もうお仕置きが決まっているなら今更だもの、一々気にする方がどうかしているわよ。それよりもあんた‼」


「え、はいっ⁉」


 シルヴィアとアズリスの漫才のようなやり取りがまた始まるのかと、静かに待っていた彰吾はいきなり話を振られて驚きながらも反射的に返事を返した。


「あんたも一応は候補だったけど、一度は外された事は忘れずにわきまえて行動しなさいよね‼」


「は、はい!気を付けますっ」


「ふんっ」


 彰吾の返事を聞くとアズリスはそのまま顔を逸らして離れた。そんな拗ねた子供のような反応のアズリスに彰吾は苦笑いを浮かべていたが、特に怒ったりするはけでもなく、むしろ生暖かい優しい眼差し向けていた。


 ちなみにアズリスの対応を見ていたシルヴィアは視線だけで殺せるのでは?と思えるほどの表情を浮かべていた。

 彰吾はその怒りの気配に冷や汗を流しながらも、全力で気付かれないように冷製を装う。


「えっと、それじゃ俺からもいろいろ説明ありがとうございました」


「いいのよ。これも私達の仕事の一つでもあるしね?それと彰吾は人と接触できないから、大陸中央の森に送るから。すぐに危険はないと思うけど、出来るだけ早くスキルやステータスの確認をするようにしてね」


「確かに人の居るところには出れませんからね…わかりました。向こうに行ったら、すぐにでも確認します」


 シルヴィアが最後に確認と注意を言って彰吾もその内容に納得できたので、すぐに頷いて受け入れる。素直に話すを受け入れてもらえたシルヴィアは満足そうに小さく微笑んでいた。


 そして本当に話す事もなくなったと判断した彰吾はゆっくりと魔法陣に入った。すると魔法陣は明滅を始める。


「それでは今度こそ、行ってきます」


「はい、いってらっしゃい!機会があればまた会いましょう」


「ふんっ!私は会いたくないけどね。せいぜい早死にしない事ねっ」


 変わらず冷たいもの言いのアズリスだったが彰吾も慣れて来たのか、今では小さな子供を相手にしているような気分になって微笑ましそうにしていた。しかし心を読んでしまったアズリスは恥ずかしさと怒りから顔を真っ赤に染めてバタバタしていて、その余計に子供らしく見える姿にシルヴィアだけは楽しそうに笑っていた。


 そうこうしている間に魔法陣の明滅は落ち着いて一際強く光を放つ。光に包まれた彰吾は笑顔を浮かべて軽く手を振ると、光が消えた時にはその場から消えていた…


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 そして彰吾を最後まで見送った後、シルヴィアは先ほどまで魔法陣のあった場所を確認して安心したように息を吐く。


「ふぅ……無事に向こうに送り出せたみたいね。これで人間達も落ち着いてくれるといいんだけど…」


 何もない空間を眺めながらシルヴィアは思わず心配そうに言葉を零す。この時彰吾には説明されていなかったが、今のエルフや獣人など亜人の立場は差別どころではない危機的な状況に追いやられていた。


 現存する亜人だけの国は『獣人・2/エルフ・1/ドワーフ・0/竜人・1/魔人・1』で、それに比べて人間達の国は小国も含めて数十にも及んだ。その人間達の国は全てが亜人に排他的で、今も残りの亜人国家に攻め入って略奪の限りを尽くしていた。

 なんとか耐えている亜人国家は周辺を極端な環境に囲われていたり、結界で守る事で凌いでいる状態だった。


 その事をシルヴィアは伝えずに送り出したのだ。


「別に心配する必要はないでしょ?アイツ、候補者の中で適正だけは!一番高かったんだから。それよりも何で向こうの状況を詳しく説明しなかったのよ?」


 わざと情報を伝えなかったにもかかわらず心配そうにするシルヴィアの姿にアズリスは、怪訝けげんそうな表情で理由を問う。

 シルヴィアもまさか彰吾を嫌っていたアズリスに聞かれるとは思っていなかったのか少し驚いたような表情を浮かべる。


「あら、あなたに聞かれるとは思わなかったわね。どんな心境の変化なの?」


「別になんでもないわよ。単純にあんたが、のあんたが何の打算も無く情報の隠蔽なんてするはずがないってだけよ。私はあんたに近い転生の女神なの?だから嫌でもなにかあるって感じるのよ…」


 死と転生と言う切り離せない現象を司るからこそ感じる、神ならではの共感とも呼べる感覚。アズリスはそれを元に疑問を持ったようだが、その共感覚が本当に嫌なようで顔をしかめていた。

 そんなアズリスの表情を見てシルヴィアは一瞬笑いそうになったが、なんとか堪えて真剣な表情を浮かべて答えた。


「まぁ確かに私達はそう言う関係にあるから仕方ないわね。それで何で情報を伝えなかったのか…だったわね?」


「えぇそうよ、どうせ何か企んでいるのは分かっているわ。なにせ、人の死を司るあなたがでしょ?」


「ふふふっ!確かにそうね、別の世界とは言えその事には自信を持って言えるわ。私が。だからこそ、今回はあえて彼を選んだのよ」


「っあなたは何でそんな事をしたの‼これは話し合って決定した事のはずよっ⁉」


 決まった人間を強制的に死ぬ運命に導いて自分達の都合に巻き込む。すでにそれだけでも罪悪感に苛まれていたアズリスは、自分の決めていた覚悟すらを無下にして独断で動いた事に憤る。

 しかしシルヴィアはその怒りにも同様一つなく、涼し気な表情でごく自然に当然であるかのように語るのだ。


「まず最初に、私は人間側に有利になりかねない聖女を送る事に反対だった。回復に特化した聖女なんて送れば、人間達はその力を使って負傷兵を治療して、更に亜人たちの国へ攻め込むに決まっているわよ。何度も私がそう忠告したのに、耳を貸さなかったのは…誰だったかしら?」


「っ…だからと言って、勝手に対象を変えていい訳もないでしょ…」


 シルヴィアの正論に悔しそうに顔を俯かせていたアズリスだが、それでも納得できないのか苦し紛れに話1つなく勝手に行動したことを攻める。

 だがその言葉も予想していたのかシルヴィアは少し呆れた表情を浮かべた。


「えぇ…普通ならそうでしょうね。でも私達の世界の状況と、向こうでの彰吾の現状を説明すれば他の神々は納得してくれたわ。対象の変更理由も含めてね?…あなたは人間に何かと肩入れしすぎなのよ。いくら信仰されているからと言って、世界の保全と一種族の命運…どちらの優先度が高いかなんてわかり切っているじゃない…」


「……」


 シルヴィアは今回の招く異世界人の変更について、何を言っても反対しそうなアズリスだけには伝えず。他の一緒に世界を管理している神々と地球の神々だけに話をあらかじめ通しておいたのだ。

 しかも変更の理由も世界の現状と、これまでの人間達の行動から納得できる内容だったので神々はシルヴィアの提案を快く受け入れた。


 その現実を突きつけられてアズリスは今度こそ本当の意味で言葉を失った。自分でも少なからず自覚していたのだ。最近の人間達はアズリスを信仰している事はいいとしても、しても居ない神託を宣言して亜人達へと侵略を繰り返していたから。

 もちろんアズリスも止めようと神託しようとしたが、もはやそれを聞き取れる人類はほとんど存在せず。聞き取れた者も嘘つきあつかいで処刑されてしまった。


「あなたが一時期とは言え、自分を大事にしてくれた人間達を大事に思う気持ちは分からなくはないわ。でも、亜人にもあなたの信者は居るのよ?」


「…わかっているわよ。今回は、私の我儘だったってこともね…」


 散々説教されてようやく納得した様子のアズリスだったが、最後にどうしても聞きたいことがあった。

 それは…


「でも、だからこそ聞かないといけない事があるわ。何故、?」


 アズリスの聞きたかったのは変更したのが何故に彰吾だったのかと言う事だった。

 その言い方にはかなり不思議なニュアンスが使われていたが、気にせずにシルヴィアはニヤリ…と始めて見せる不気味な笑みを浮かべる。


「ふふふっ…彼を選んだ理由は、嫌でもすぐに知ることになるわよ。彼が異端と言われる意味と共にね?」


「っ⁉」


 あまりにも不気味な笑顔にアズリスはこれ以上聞く事に危機感を感じて、慌てて口を閉じた。

 その後は微妙な空気が流れて話は終わり2人はそれぞれの仕事へと戻って行った。


「ふふふふふっ!この後が楽しみね…」


 

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