第12話 忠臣の兵士は侯爵の講釈に反論できない

 莉々菜は後ろに回る。

 しかし盗賊は二人を自分の左右に置き後退しながら両者から目を離さない。

 死角に入りながら左右から同時に攻撃する。

 それでも盗賊はすべての剣を避けきる。

 剣が当たらない。しかし、相手は攻撃できない。いつかは疲れて剣が当たるだろう。しかし、その前に二人が疲れてしまいそうだ。


 次の瞬間、二人で盗賊の後方に回る。すると、盗賊は莉々菜か昴のどちらかには背を向けなければいけなくなる。

 背を向けられたのは莉々菜の方だった。盗賊がより強い莉々菜に背を向けたのは幸運だった。


 気合一発。莉々菜は奇声と供に盗賊の背中に剣を上段から振り下ろす。

 

 盗賊は背中に剣を受け倒れるが未だ死んではいない、生きている。


「莉々菜、こいつは任せろ。騎士を助けるんだ。」


「承知。」


 莉々菜は侍のような返事をする。気分は最早侍なのだろう。その内『またつまらぬものを切ってしまった』と言い始めるかも知れない。それは許せない。俺が言いたい!いつかきっと・・・

莉々奈は騎士と盗賊の頭との戦いに割り込んだ。


 昴は莉々奈に切られて虫の息になっている盗賊の剣を取り上げる。


「こっ、これは?これはかなり良い剣じゃないのか。分からないが。」


「分からないのかよ!」


盗賊は持てる力のすべてを使い突っ込むと意識が朦朧となった。昴はそっと彼に触れた。




 ――――――――――――――――――――


 男の名はジョルジュ・ド・バシュレ。彼は、この国、フォンテーヌ王国の隣の国アシャール王国のバシュレ男爵の三男として生まれた。

 当然爵位の承継は叶わず、小さい頃から騎士になる為、剣に打ち込み、毎日剣の訓練をして暮らしてきた。

 成人する頃にはかなりの達人になっていた。特に防御が素晴らしく一対一の戦いでは敵の攻撃を受けることはないほどにその技は卓越していた。

 彼が騎士団に加入して数年後の今年、彼を加え四名に密命が下った。それは、騎士団を統括するパスカル・ド・バダンテール侯爵からの命令だった。

 その命令とはアシャール王国の第一王女マノン・ド・アシャールを弑逆し奉るというものだった。


「バダンテール侯爵、なぜ王女を弑逆し奉らなければならないのでしょうか。私はこの国の王家に弓を引くような真似はできません。」


「お前は只の駒だ。駒が勝手に動いてはチェスはできんぞ。理由は教えてやる、フォンテーヌ王国の第二王女カトリーヌ様のご命令だ。儂は王女と手を組んどる。外患を誘致して儂がアシャール王国の王になる。そうなればお前にも念願の爵位を与えられるぞ、励め。」


「そ、それでも・・・」


 翌日も俺は侯爵の元を訪れた。侯爵の改心を促す為だ。


「公爵お願いします。あの王女は自分のことしか考えてないと評判です。侯爵が手を貸してもいずれこの国アシャールもフォンテーヌ王国の一部になるでしょう。王女とは手を切るべきです。」


「お前は王女と話したことがあるのか?」


「いえ、ありません。しかし、評判です。」


「お前は自分の目で見てもいない、自分の耳で聞いてもいない他人の判断を鵜呑みにするのか。王女を偏見の目で見るのか。」


「いえ・・ですが、火のないところに煙は立たないといいます。」


「あのなぁ、火がなくても煙を立てるのが人間なんだ。自分の目で見、自分の耳で聞いたことを信じろ。」


 結局俺は公爵に丸め込まれてしまった。

 公爵に反論するために王女のもとへスパイを送りたかったが暗殺の実行までの期間が短すぎた。


 結局、俺は、無駄だと知り抵抗を止め、暗殺決行の日が来た。

 今日の襲撃も止められるなら止めようと最後まで考えていた。しかし、抵抗虚しく止めることは叶わなかった。


 作戦は始まった。


 作戦は単純。四人で盗賊の振りをして馬車を遅い殿下と護衛を殺害するというもの。目撃者として御者は殺害しないというものだ。


 乗馬して馬車を追いかける。当然馬車より馬のほうが早い。追いつくなと願いつつも馬車に追いついてしまう。


 馬車が倒れた!王女は大丈夫か。絶対口に出しては言えない言葉。心配している表情はできない。ただ無表情でいるしかない。他の奴らは馬車が倒れて笑顔になっている。許せない。


 馬車に近寄ると馬車から騎士が出てきた。顔が見えないから誰だか分からない。しかし、騎士は彼らの顔を知っているはずだ。裏切り者だと思っているのだろう。その誹りは甘んじて受けよう。この暗殺計画を知りながら止める事が出来なかったのだから。


 騎士とリーダーが戦い始める。騎士はリーダーと同じくらい強い。俺達三人はただ見物していろと言われた。騎士がこのままリーダーを倒してくれたら、王女を守ることが出来るかも知れない。

 そこへ、騎士の味方がやって来た。

 あっという間に彼は二人と戦うことになった。

 二人共、子供だ。簡単に切り殺せる。しかし王女の味方を殺したくはない。俺は味方だと告げれば良い。最もここで俺は味方だと言っても信じては貰えないだろう。戦うしか無い。殺さないようにしないといけない。

 相手は二人がかりで攻撃してくるが簡単に避けられる。このまま避け続けるか、勝って俺は味方だと告げるか。どうする?思案が纏まらない。

 突如、二人共後ろへ回った。しまった。どちらかに背中を向ける事になる。強そうな男の方へ顔を向けた。結果背中を晒し女性に切られた。


 もうダメかもしれない。意識が遠のく。意識が覗かれている?そんな不思議な感覚が襲った。昔のことが思い出される。目の前の若者と対話しているような気分だ。


 彼はそのまま意識をなくした。


 彼は、王女が殺されるなら身を挺して王女を守ろうと決めていた。

 だから、彼はこの襲撃に加わり、そして、彼は防戦一方だった。剣術Lv.3を持っていながら攻撃しなかった。


 ――――――――――――――――――――



 ジョルジュは事切れようとしていた。昴は彼に向かって呟く。


「あなたは姫を守ろうとしていたのか。だから俺達を攻撃しなかったんだな。」


 ジョルジュは、軽く頷くと全身から力が抜けていった。正義のために戦おうとした者を悪の戦いに無理やり加わらせた。昴は侯爵が許せない。その作戦を命令とは言え容認した眼の前で戦っている盗賊の頭を許せなかった。

 憤怒が昴に剣を取らせ、憤怒を盗賊の頭にぶつけさせた。

 昴は二人と戦っている盗賊の頭に怒りに任せ剣を頭上から地面に向けて振り下ろす。剣は頭蓋骨の途中で止まり、剣の刃は潰れもう使うことも出来なくなった。


「どうしたの、昴?殺さないんじゃなかったの?」


「もういい。」


「君、何を勝手なことを言ってるんだ。情報を聞き出す必要があったのに。」


「あの人から聞きました。もし回復魔法が使えるなら、彼を助けてもらえませんか?」


「私が使えます。私が助けましょう。」


 その人は馬車の中から出てきた。濃紺の綺麗なドレスを身に纏ったドレス以上に綺麗な人だった。彼女は、彼の記憶に出てきたアシャール王国第一王女マノン・ド・アシャール。昴達と同じくフォンテーヌ王国第二王女の被害者だ。


 彼女はそう言うとジョルジュの元へ行くと回復魔法を掛け始める。ロングの緩く巻かれた金髪が風で揺れる。大きな青い目が盗賊の振りをしていた男を見つめる。昴は、見つめられている男に嫉妬していた。


 昴は彼女に触れれば回復魔法が使えるようになるとは考えたが王女に触れることはできないと諦めた。そして、騎士にジョルジュの記憶を彼から聞いた風を装い伝える。


「彼らは盗賊ではありませんよ。」


「多分、そうだろうとは思っていた。誰が首謀者だ?」


「首謀者は騎士団を率いるパスカル・ド・バダンテール侯爵です。そして、黒幕はフォンテーヌ王国の第二王女カトリーヌ・ド・フォンテーヌだと思われます。侯爵の目的はクーデターです。王権奪取でしょう。そして、カトリーヌの目的はアシャール王国の統合ではないでしょうか。彼女の性格から言って何の目的もなしに他人に手を貸す訳がありませんから。」


「君は第二王女と知り合いなのか?」


「いえ、とんでもない。伝聞ですよ。」


「そうか、噂話か。」


騎士は昴のような村人の格好をした者が王女の知り合いの訳がないと昴の話に納得したようだ。昴はコロビア村で貰った服を未だに着ていたのだから仕方がない。


「終わりました。」


「助かりましたか?」


「はい。暫くは安静ですが命は助かりました。私の魔法ではこれが精一杯です。しかし、なぜ盗賊の彼を助けようとなさったのですか。」


「彼はあなたの国の兵士です。彼は貴女を守るためにこの襲撃に加わったんです。首謀者であるバダンテール侯爵の意見には逆らえずに。かと行ってあなたを弑逆し奉ることは絶対にできないと考えたようですね。彼は忠臣ですよ。ずっとあなたを守ってくれるでしょう。重用してあげてください。それから、彼は俺に話したことを覚えてないかも知れないですね。意識が朦朧としてましたので。」


昴は、彼のサイコメトリーがばれないように予防線を張った。


「そうですね。かなり重傷でしたね。あなた方はこれからどちらへ。」


「俺達は貴女と同じ理由でこの国には居づらいので隣の国へ向かおうと思ってるんです。」


「まぁ、同じ理由ですか。では私の国にいらしてください。悪いようには致しません。このまま南へ行けば私の国アシャール王国です。馬車に一緒に乗っていきますか。」


「では、ベズネラ村までお願いできますか。」


「そうですか。残念です。味方が少しでも多く欲しかったものですから。ただ今日は私共もベズネラ村に宿泊しますので夕食でもご一緒に如何ですか。」


「はい。ご馳走になります。アシャール王国へはその内伺います。その時は宜しくお願いします。まずはダンジョンで体を鍛えないと。」


「分かりました。ではこれをお持ちください私の扇子です。これを見せれば国境も簡単に越えられるようになります。」


 昴は扇子を受け取ると馬車に向かう。


「では皆さんで馬車を起こします。行きますよ。」


 馬車は簡単に起き上がった。現代の車とは違いそれほど重くはなかった。幸い、車輪も壊れておらず動きそうだ。御者も怪我はしていなかった。

 マノン王女と騎士、昴と莉々菜、そして意識のないジョルジュを乗せて馬車は取り敢えずベズネラ村へと向かった。


 その日夕方、日の入り前にはベズネラ村に到着した。明るい内に到着したので魔物には遭遇せずに済んだが盗賊には遭遇してしまった。結果的に隣国への伝ができ、結果良ければ終わり良しと言う状況になったのは良かった。


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