第8話 誘拐犯は目的の漏洩を知らずアジトへ誘い込む

 お爺さんの家に泊めてもらった翌朝、お爺さんは既に目覚めていた。息子に事情を教えてもらったお爺さんは行き倒れを救ってくれた昴たちに感謝し、村長を打倒の手助けにも感謝した。今後のことは何が起ころうと村人で対処していく、村長の悪行を国に訴え自分たちの無罪を理解してもらうと気勢を上げている。

 昴達には昴達の事情があり手伝うことはできないが頑張って欲しいと伝え未明に村を後にした。


「村が何とかなりそうで、よかったね。」


「でも、その前提として、国が真当に機能している必要があるけどな。」


「それでも、取り敢えずは良かったね。それで、今後どうする?」


「シルヴァンがここから南に街があると言っていたからそこに向かうよ。」


「やっぱりそうだよね。王都から逃げないとね。」


 シルヴァンさんに聞いた近隣の情報によれば、王女がいた王城のある街はこの国、フォンテーヌ王国の王都、ダミアンズバーグ。悪魔が支配していそうな町の名前は王女の父親、つまり現国王の名前のダミアンに由来している。


「莉々菜もそう思うだろ?俺たちを探している奴らもそう思うだろうな。」


「つまり?」


「つまり、裏をかいて王都に戻る。まさか俺たちが捕まる可能性の高い王都に戻るとは思わないだろ。実は最近村で死んだ同年齢位の男女の身分証明をこっそり発行してもらった。いつまで使えるか分からないけど暫くは持つだろ。俺がアランで莉々菜がエステルだ。人がいるところではその名前で呼べよ。服も貰った。これを着ろ。」


 昴は、シルヴァンに用意してもらった服を渡す。昴のがシルヴァンの服で莉々菜の服が娘さんの服らしい。


「ん、分かった。王都に戻って偽の先生に付いて行った連中の調査ね。逃げていてくれてれば良いんだけど。」


 二人は未だ南に向かっていたが、林の中に入り込み追手がいないことを確認すると服を着替え来た道を戻り始めた。

 道の周りは開けた草原で見通しがよく追手がいても直に分かる。未だ日が昇ったばかりであり、辺りは涼しく心地よい風が吹いている。


 莉々菜は上下グレーでスエットのパーカーとカーゴパンツを皺が沢山あるゆったりとしたワンピースに着替えた。履いていた黒で起毛のショート丈のブーツはそのまま履いている。スカートは長いのでブーツの半分は隠れている。一見ムートンブーツのようだが薄いらしい。

 莉々菜のボーイッシュなイメージが台無しだ。とはいえ、髪が短いわけではない。髪は肩より長く、ゴムで括っている。

 昴も似たような薄い茶色でしわくちゃの薄いシャツにズボンの上下に着替えた。二人の服は麻でできているようだ。ただ、麻の糸が少々太いのか厚手でゴワゴワしている。

 ふたりとも髪を隠すために頭にターバンのように布を巻いている。ウイッグを用意してもらいたかったがあの村にはなかった。

 そして、二人共昨日の盗賊が持っていた剣を貰ったのでそれを腰に佩いている。


「俺、本当は背中に剣を挿したいんだけどな。」


「あなた中二病?ところで、剣だけど本当に素人?昨日は凄く上手かったわよ。」


「あーあれね。スキルを覚えた。」


「覚えた?」


「俺サイコメトリー出来るだろ?こっちの世界に来てその力が強くなったんだ。生きている人間に触るとその人の人生や思考が分かるようになった。すると、その人が持つスキルを覚えてるんだ。」


「本当?凄いね。そう言えば、スキルって過去に生きていた人の魂らしいわよ。だからその人が生前努力して成したことがスキルになり、それを得ることでその人が成したことができるようになるらしいわよ。だから昴はその人が成した努力を擬似的に体験することでスキルが発生するんじゃないの?」


「ふーん、そうかもね。まぁ、どうでもいいけど。剣術のスキル貰ったから、剣道教えてもらえばレベルが上がるかな?」


「上がると思うわよ。大丈夫、私が鍛えてあげるから。」


「部長、宜しくお願いします。」


「誰が部長よ!そう言えば中々見かけないものね。」


「何を?」


「ほら、街道で定番のお嬢様が乗った襲われてる馬車よ。」


「いいね。それで、助けて王都まで乗せてもらうんだろ。」


「そうそう。」


「でも大事なこと忘れてるぞ。」


「何を忘れてるの?」


「俺たちが助けに入ると一緒になって倒されると思うぞ。そもそもチートなスキル持ってないし。」


「そうねぇー、『農業Lv.1』じゃねぇー。」


「莉々菜も変わらないだろ。『料理Lv.1』だっけ?俺は『剣術Lv.2』持ってるし。」


「でもそれって、普通の人より少し強いくらいでしょ?それじゃ、盗賊や魔物に襲われてる馬車は助けられないでしょー。」


「そうだな。俺達って寂しいな。」


「後ろから見ると哀愁漂って魔物も近寄ってこないかもね。」


「だと良いな。」


 

 突如、絹を引き裂くような女性の悲鳴が辺りに木霊した。



「テンプレ?」


「そうよ、そうに違いないわ。様子見るだけでも良いから近づきましょ。」


「莉々菜、嬉しそうだな?見るだけだぞ。」


「分かってるわよ。」



 莉々菜はラノベ好きなのか、このテンプレの勃発が凄く嬉しそうだ。

 昴と莉々菜は声が聞こえた前方へ向かって走った。声の主が見えないところを見ると前方に林が見えるがその中から声がしたのかもしれない。


 林にかなり近づくが未だ声の発信源は見えない。


 林に到着。木に隠れながら奥の方を伺う。

 すると、かすかに数人の人間が見える。

 更に近づく。

 女性が男二人に襲われているようだ。

 男達は盗賊には見えないし、貴族にも見えない、労働者にも見えない。革の鎧のような服を着ている。

 演繹法で行けば冒険者だということになるのかもしれないが、昴は名探偵ではないので違う可能性もある。

 女性も彼女の服装が皮の鎧であることから冒険者だと推測される。

 だとすれば仲間割れだろう。一緒に仕事を請け負ったが、男達が発情し女性を襲うところだろう。このまま見ているのは高校生には目の毒だ。莉々菜が居なければ黙って見続けるのだろうが、莉々菜の手前、格好つけて助けようと言うべきか昴は迷っている。高校生男子としては続きが見たい。しかし、それでは莉々菜に嫌われ、引いては生徒会長にも嫌われることになる。それだけは困る。莉々菜に嫌われても生徒会長にだけは嫌われたくはない。

 昴は決断した。


「よし、莉々菜助けるぞ。あいつらのレベルを鑑定しろ。」


「はぁ?鑑定なんてスキル持ってないわよ。」


「普通転移させられたやつは持ってるんじゃないのか?」


「無い無い。確かに鑑定欲しいよね。誰か持ってないかなぁ。」


「片っ端から触るか。痴漢で捕まるかもな。仕方ない、行くぞ。ただし、友好的に接する。未だ剣を抜いてないから、少し精神的な障碍が発生すれば止めるかもしれないだろ。」


「でも、私達にも剣を向けてきたら戦うしかないわよ。」


「だな。発情した男を止めるのは至難の業かもしれないぞ。特にレベルが高いなら。」


「もう覚悟決めてるわよ。」



 昴と莉々菜は恰も只通りかかった風を装い笑顔で近づいて行く。

 三人の男女は二人に気づいて振り向いた。


「あのーすいません。王都はこっちで合ってますか?」


 鳩が豆鉄砲を食らったような何が起こったのか分からない表情で昴と莉々菜を見つめている。


「あっ、あーっと、王都はあっちだ。じゃあー、俺たち二人は先に行くぞ。」


 冒険者の男二人は女性を残して行ってしまった。


「あー、良かった。ありがとう助かったわ。」


「大丈夫でしたか?」


「あなた達が来なければ犯されるところだったわ、ありがとう。」


 そう言ってその女性は昴に抱きついた。すぐに離れたが莉々菜の目が少し険しくなっている。


「いえいえ、どういたしまして。」


「ねぇ、王都に行くんでしょ。私も。また襲われないように私も一緒に行っていい?」


「私達も心強いです。一緒に行きましょう。」


 莉々菜が笑顔で女性に返事をする。莉々菜としても味方が増えて嬉しいようだ。

 三人で林から道に戻り王都を目指す。

 女性が前を歩いているので、少し離れて昴と莉々菜が付いていく。


「ねぇ、さっきお姉さんに抱きつかれてたわね?喜んでたら澪が悲しむわよ。」


「何で会長が悲しむんだ?ほとんど話したこともないのに。」


「それより、何かスキルもらった?」


「ちょっと触ったくらいじゃ無理だよ。それより、あの女、人攫いだぞ。先程の男達とは仲間だ。芝居していたらしい。彼女は俺達を奴隷として売る気だぞ。王都に到着したらアジトに誘い込んで捕まえるらしいぞ。」


「ほ、本当?」


「本当だ。」


「じゃあ、早く逃げないと。」


「ところが、そのアジトに莉々菜の友達が捕まっているみたいだ。多分偽の先生に売られたんだろ。」


「だったら助けないと!」


「だから暫く騙されている振りをする。いいな。」


「了解。」


 こうして三人は王都へ向かって都合の悪い話を避けながら、コロビア村の生まれであり王都へ向かっていると嘘を付きながら女性の話に乗っかっていく。


「あなた達二人はどこから来たの?」


「コロラド村から来たんですよ。一度王都に行ってみたくって。」


「身分証持ってる?持ってないと入れないわよ。」


 どうやら女性は身分証も売るつもりらしい。


「持ってますよ。」


「良かった。ところで今日泊まるとこあるの?」


「いえ、宿でも探そうかなと思ってるんです。」


「だったらうちに来なさいよ。部屋開いてるわよ。助けてくれたお礼だもの。ただでいいわよ。」


「本当ですか?やったぁー、助かります。宿が見つからなかったらどうしようと思ってたんですよ。」


「そう良かったわ。(ふっ)」


 昴も莉々菜も言葉の後の不敵な笑みを見逃さなかった。どうやら良かったのは宿が見つかったからではなく、女の思い通りに事が運んだからのようだ。


 その後は王都まで何も話すこともなくただ歩き続けた。


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