第4話 老人と娘

 老人は途方に暮れて家に村の役所を出る。

 村長の自宅を兼ねている役所には利息として連れてこられたかなりの数の村の若い娘達がいる。

 下は十代前半から上は二十歳位までの娘を村長は奴隷として囲っている。全て、村人に貸し付けた利息として連れて来られた娘達だ。全ての女性の顔に殴られた痕がある。


 村人の村長に対する信頼はとうの昔に尽き、あるのは恨みだけだった。

 しかし、村長は村費で冒険者を雇い警護しているため反抗することもできない。

 冒険者へ支払う費用は当然村長の自費ではなく冒険者に村の娘を夜の相手として差し出すことによって賄っていた。

 村人の不満は既に爆発寸前であった。


 老人は失意のまま帰宅し娘に告げた。


「村長の所さ行ってくれ。」


「どうして!私、来月結婚するのよ。嫌よ、絶対に嫌!」


「しかし、明日には、村長が冒険者を使ってお前を攫いに来るぞ。息子も、奴隷にされるかもしれん。村長の所に行けば食うものにも困らんぞ。」


「私は彼と結婚したいの。絶対に嫌。」


 娘は泣いていた。声を押し殺すこともせずに大声で泣いていた。近所にもその声は響き渡る。お爺さんは慰めることも出来ずただ見ているしか無かった。


 事情は村中が知っている。

 近隣の者もその不幸を嘆き、未だ娘を奪われていない者も明日は我が身と嘆いた。


 結局その日、老人は娘を村長に差し出さなかった。

 その日の夜、老人の自宅へ冒険者が数名押しかけてきた。痺れを切らした村長がよこしたのだろう。


「おい、爺ぃ、娘はどこだ、早く出しやがれ。」


「待ってくだせぇー、娘を連れて行かねぇーで下せぇ。娘は来月結婚するんですから。」


「それはお前の事情だろ。そもそも金を返さないのが悪いんだ。返せないのなら代人弁済だ。利息を人で支払ってもらうだけだ。返して欲しかったら金を持って来い。」


「待って下せぇー。」


 老人は娘を連れて行かれまいと抵抗し殴られ気絶した。

 目が覚めると娘は村長の下へ連れて行かれた後だった。

 老人は力を振り絞り王都に向かって歩き始める。

 王宮に村の窮状を訴えるためであった。

 そして道半ばで老人は力尽き意識を失い倒れてしまった。



 ――――――――――――――――


「どうしたの、鑑君、ボォーっとして。アホなの?」


「誰が、阿呆だ!お城で金を受け取る時に『この街にいると今晩襲われる。』と感じたと言っただろ?」


「言ってたわね。」


「それが、委員長が俺が持っていると感じた不思議な力だよ。」


「どんな力?」


「サイコメトリーが出来るんだ。小さい頃から。」


「サイコメトリーって言うと物を触った人のことが分かるっていうあれ?」


「そう。モノの記憶だね。普通は断片的な映像なんだけど、今老人に触ったら、老人の人生とか、最近の不幸話が一気に映像として流れ込んできたんだ。何か力が強まっているんだ。」


「もしかしたら、その力の所為でスキルが貰えなかったとか?」


「だとしたらすごく損した気分なんだけど。ただ分かると言うだけで強くなってないし。力相変わらず弱いし。多分、橘さんにも負けるだろうし。」


「そりゃお払い箱だわ。」


「悪かったな。」


「どんな事情がわかったの?」


「うーんと、最初から言うと・・」


 昴は最初から見た老人の記憶を莉々菜に話して聞かせた。莉々菜は感情豊かなのか途中から泣きながら話を聞いていた。最後は怒りに震えながら話を聞いていた。


「よし、助けようよ。」


「どうやって?」


「取り敢えずお爺さんを自宅へ運ぼうよ。」


「そうだな。ところで、鑑君と呼ばれるのは変だな。せっかく仲良くなったんだから名前でいいよ。」


「そう?何だっけ」


「昴だよ。」


「分かった、昴ね。私は莉々菜って呼んでね。それと生徒会長も、会長ではなくちゃんと澪って呼んであげて。私だけ名前で読んでると会った時に澪、泣いちゃうわよ。」


「だからぁ、何で会長が泣くんだよ。」


「さぁね。さぁ、運ぼう。」


 老人の体重は軽く二人で余裕で運べそうだ。

 村は老人が倒れていたところから数百メートルの位置に存在していたので直ぐに見つかった。


 サイコメトリーで見た老人の記憶を頼りに村の中の老人の自宅を探す。

 記憶を頼りに暫く行くと記憶の通りの家が見つかった。


「すいません。誰かいますかー。」


 昴は家の中に声をかける


「はい。」


 三十歳位の彫りの深い北欧風の顔をした茶髪の男性が出てきた。


「あ!父さん、大丈夫か。運んできてくれのか。」


「はい、街道沿いに倒れていたところを発見したので村まで連れてきました。」


「そうか、君達ありがとう。中へ入ってくれ。」


 自宅では息子が老人の帰りを待っていた。ひどく心配していたようだ。とは言え、妹が村長の手先の冒険者に連れて行かれたのだから、安堵半分といったところだ。


「妹さんですか?村長に連れて行かれたみたいですね。」


「あー、父さんに話を聞いたのか。そうなんだ。しかし、どうする事もできない。村人たちは村長に対する不満が爆発しそうなんだが村長の雇っている冒険者が強くって反乱を起こすこともできないんだ。」


「お爺さんは王都へ村の惨状を訴えに行くところで倒れられたみたいですよ。」


「そうか。誰かが王都へ伝えてくれればなんとかなるかも知れないんだが。」


「大丈夫なんでしょうか?」


「と言うと?」


「村長は王都から派遣されて来たんですよね。王都の役人も同じ穴の狢ではないでしょうか。」


 昴達が第二王女から逃げてきた現状に鑑みれば王宮も役人も清廉潔白とは言い難く、同類の可能性があり、そうであれば惨状を訴えようものなら投獄される可能性さえあると思える。


「しかし、もう道が無いんだ。他に方法はない。僅かな可能性にかけるしか無いんだ。」


 村で話を聞けば解決策が見いだせるのではとサイコメトリー直後には考えていた昴だったが、未だに解決策を見いだせないでいる。自分にもし物凄いスキルが有れば助けられるかも知れないのだが。生徒会長は持っているのだろう、その解決する能力を。悔しい。欲しい、その能力が。昴は悔しさで歯噛みしていた。


 その日二人はお爺さんの家に泊めてもらえることになった。

 進められた質素な夕食をお爺さんの息子と一緒に食べていると突然玄関のドアが荒々しく開かれ家の中に息子と同じくらいの三十路前の男性が切羽詰まったような表情で声を荒げながら入ってきた。


「シルヴァン、いるか!?大変だぞ!」


「なんだ、シモン。騒々しいな、何事だ。」


「盗賊だ。近くに屯している。今夜村を襲ってくるかも知れないこれから集会所で会議だ。来てくれ。」


「そうか、分かった。直ぐに行く。君たちはゆっくりしていてくれ。」


 そう言い残しお爺さんの息子、シルヴァンは集会所へと行ってしまった。


「どうするの?」


「ゆっくりしていろと言われても盗賊が襲うかも知れないのに、ゆっくりもできないよな。」


「そりゃそうね。ところで、ステータス表示できるようになった?」


「できてないな。コツが有るのか?」


「コツなんていらないと思うわよ。私も王女の説明を聞いてやってみたら簡単に表示されたし。」


「そうか、やっぱりステータス無いんだな、俺。もう一回やってみる。『ステータス』おっ、見えた。これか。ゲームみたいだな。」


「よかったじゃない。さっきはなにか間違えたのかもね。」


「あれ?なんだ?俺ステータス持ってるぞ。だって王女から俺はステータスを持っていないから追い出すと言われたんだけど。」


昴は何故か無いと言われていたスキルが生じ、見られなかったステータスを見ることが出来るようになっていた。

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