第3話 城から逃走した学生は老人の夢に踊らされる

 お城の門を出た昴達一行は先生と自称する八代仁に連れられて街中へと向かっている。白を基調としたお城は日本風のお城ではなく欧州風のお城であり、荘厳さと華麗さを兼ね備えている。一方、それとは対象的に街は全体的に茶色で溢れくすんだ印象を受け税の割合が高く建物にまでお金が回らない印象を受ける。その税金で贅を尽くした白い外壁の城が出来ているのだと想像に難くない。


 昴は一行の最後尾程を歩きながらいつ列から離れ隠れようかと考えていた。

 すると、突然昴の背中を叩かれた。


(まさか、はやて?)


 有り得ない喜びが湧き出すが現実を思い出しその喜びは直ぐに消える。しかし、颯もこの世界に連れてこられた可能性もなくはない。泡沫の期待を抱きつつ思いっきり振り向いた。その行為に後ろにいた女性が驚き後ずさる。


 見れば生徒会長の碇澪と飛行機で隣りに座っていた颯お気に入りの橘莉々菜だった。


「ねぇ、昴君でしょ?あなたのこと澪から聞いてる。一緒に開放されなくって澪は泣いてたわよ。」


「え?生徒会長、俺と一緒じゃなくて残念がってるのか?」


「残念がってるよ。昴君のこと気にしてたから。」


「なぜ気にしてたんだ?」


「そうねぇー、不思議な力を持っている所?」


 ぶっ!


 昴は飲んでいた水筒の水を少し吹き出した。


「会長何か知ってるのか?」


「会長って!澪聞いたら悲しむわよ。役職で呼ばないでって。」


「も、もしかして惚れられてる?」


「少なくとも嫌われてはいなかったわよ。」


「なんだ。余計な期待持たせるなよ。」


「ねぇ、これからどうするの?あの人に付いて行くの?何かあの先生、変なんだけど。見たことがあるような無いような不思議な感じ。だって先生でしょ?見たことないことはないはずよ。」


「あの人嘘付いてるよ。」


嘘ついているという確証が昴に有る訳ではなかった。ただ、漠然とした不安が、そう思わせたのかも知れないという程度の勘でしかなかった。


「本当に?」


「それに、この街にいると今晩襲われるぞ。逃げないと。」


「だったらみんなに教えないと。」


「どうして信じるんだ?」


「だって、不思議な力で分かったんでしょ?」


「そうか。でも教えることはできないよ。多分、あの先生はお城のスパイか何かだろ。知られればここから逃げられなくなる。」


「だったら、私の友達二人連れてくる。最後尾を歩いて途中で逸れましょ。」


「分かった。」


 昴は歩調を遅くして行列の最後尾に付く。

 暫くすると莉々菜が一人で昴の横を歩き出す。


「友達は?」


「何か、変。意識が操られていると言うか、いつもと違う。頑なに先生の後を付いて行こうとしてるの。私も残ろうかな。」


「止めたほうが良いと思うぞ。」


「でも・・・見捨てられない。」


「しかし、一緒にいたら同じ運命を辿るぞ。そうなったら結局助けられないよ。」


「うっ・・」


「だけど、外からなら助けられる可能性もあるだろ。だからまず離れるべきだ。それから考える。それで良いな。どうしても、付いて行きたいなら止めないけど・・」

「んー・・・分かった・・分かったよ。一旦離れる・・」


 街の中へ入ると昴は莉々菜を見る。

 目が合うと莉々菜が頷く。

 それを合図に、横道に逸れる。

 角を曲がること数回。

 追ってくる者はいなかった。


 城壁の門にはすんなり辿り着けた。この街は城壁で囲まれている城塞都市のようだ。お城の周りの城壁があり、その周りに街。そして、街の周りにまた城壁が存在している。

 城壁の門に来ると衛兵がいた。一人だ。

 金と一緒にもらった身分証を見せれば外に出ることが出来るだろう。

 しかし、街の外にでたことが露見すれば追手を差し向けられる可能性もある


「どうする?身分証を出せば外に逃げたのがバレるぞ。」


「私に任せて。私が強盗に襲われたふりするから、衛兵が門から離れたら門を出ましょ。」


「橘さん、大丈夫か?」


「まかせて。」


 莉々菜が得意顔で提案して門の衛兵の元へ走っていく。


「強盗です。バッグ盗まれました。あっちへ走っていきました。」


 衛兵は強盗を追いかけて走っていく・・・かに思われた。


「それは俺の管轄ではない。他の者に言え。俺はここは離れられない。」


「あ・・・・そ・・そうですか・・分かりました。」


 莉々菜はトボトボと戻ってきた。


「あーっはっはっはっ。」


「そんなに笑わなくてもいいじゃない。うまくいくと思ったの!次は君がやってよ。」


 場が少し和む。

 早くこの地を離れないといけないが緊張感が緩和されたからか、くだらない事にも笑いがこみ上げる。人間はやりたくない大変なことがあれば、楽しくもないことも楽しく感じる。大変なことから楽な方へ逃げると、脳がそれを楽しいと感じる為らしい。


「これじゃ、一回城壁の外へ出たら身分証を出さないともう入ってこれないぞ。だったら、夜の襲撃からあいつらを救い出した後で外へ出るか。しかし襲撃の後は逃亡を阻止するために門の警備が厳しくなるだろ。そうなればもう出られない。」


「仕方がないかな。このままじゃ一緒に殺されちゃう・・・よし、出よう。」


「じゃあ、行くぞ。」


 昴と莉々菜は再び門に行き身分証を出した。


「強盗は見つかったのか?」


「いえ、大した被害がなかったので諦めます。」


「まぁ、それが良いな。盗まれないようにすべきだったな・・・よし、身分証は確認した。気をつけていけよ。」


「ここから一番近い村はどこですか?」


「北のメヒコ村だな。次が南のコロビア村だ。」


「そうですか。じゃー北のメヒコ村に向かおうかな。」


「気を付けて行けよ。」


「ありがとう。では。」


 昴達は門を出て北へと向かった。


「よし、この辺りでいいか。引き返すぞ。」


 暫く進んだところで突然昴が言い放つ。


「何どうしたの?」


「北のメヒコ村に向かったと思わせたんだ。暫くは時間が稼げるだろう。」


「南のコロビア村へ向かうのね。」


「そうだ。」


 二人は来た道を戻り門の近くでは見られないように道から外れ少し迂回して南へと下っていった。

既に周囲には家も無く長閑な草原の中の一本道だ。季節は初夏と言ったところだろうか。暑くもなく寒くもない。汗もかかず湿度も低いようだ。日本で言えば丁度4月か5月頃だろうか。涼しい風が吹いている。

太陽は正面より少し右側上空にあり、南に向かっている状況から北半球にいると予測できる。時間も午後三時頃だろう。


「この辺りまでくれば少し安心かな。なぁ、スキルについて王女が言ってたけど橘さんは持ってるのか?」


「持ってるわよ。料理。レベルは未だ1ね。ステータスボードを見れば表示されるわよ。」


「ステータスボード?どうやったら見れる?」


「ステータスと言うか念じる?やってみて。」


「・・・(ステータス)・・駄目だ。何も見れないな。」


「多分想像だけど王女が言ってたでしょ、あなたにはスキルが無いって。つまりステータスもないのよ。あれ?だったらレベルも上がらないんじゃないの?お払い箱も当然ね。」


「いや、橘さんだってお払い箱仲間だろ。」


「そ、それはそうなんだけど。有ると無いとじゃ大違いじゃない。レベル上がらなかったら強くならないんじゃないの?」


「げっ、だったら大変だ!ステータスを見れるようにする方法を探すのが最初の課題か?」


「そうかも。でもその前に生き残らないと。」


「でも、橘さんはスキルが料理だけだからお払い箱だったんだね。料理人は募集してませーんって。」


「悪かったわね。」


 二人は王城のある街から一時間ほど南へと歩いた。既に日は傾きこのままでは野宿になってしまう。この世界の情報を知らない二人にとって夜の野宿は危険であることを知らない。二人は危険な状況に陥りつつあった。


 更に十数分歩いたところにそれは倒れていた。


 よく見ればボロい服を着た老人であった。

 最初、昴達は彼が死んでいるのかと思った。打ち捨てられた死体を見たことのない文化的な生活をしてきた二人にとって、捨てられた死体には忌避の念を拭い去れない。

 しかし、近づいた時にそれは動く。

 未だ生きていることを知り昴は近づき頭を抱え上げた。


 その瞬間、老人の人となりが、生活が、人生が流れ込んできた。


 ――――――――――――――――


 未だ五十代であったが既に皺が深く八十代であるかのように見える老人は、貧乏な村で生まれ、そこで生き、結婚し子供が生まれ、孫も生まれた。

 平凡に生き平凡に農業を営み貧乏ではあったが幸福だと思える人生を送っていた。


 村に新たな村長が王都から来る迄は・・・


「村長、ようこそいらっしゃいました。」


「ありがとう、皆さん。私はこの村をより良くするためにやって来ました。何か悩み事があれば気軽に相談してください。役所の門はいつでも皆さんの為に開けておきます。」


 村人を広場に集め、そこで新しい村長の挨拶が行われた。


 今度の村長は気さくな人だと話題になった。

 簡単な悩みでも相談に乗ってくれた。

 ある時、老人が金策に行き詰まり村長に悩みを打ち明けた。

 村長は自費を投じ村人のために基金を設け低金利で融資すると決め老人も融資を受けた。

 返済は滞り無く行われた。


 最初は・・・


 融資を受けなければ成り立たない経済状況では、結局返済に行き詰まることは目に見えている。

 事情があれば村長も返済を待った。最初は・・・


 そして、村長は新たに貸し付けることで返済をさせ老人も他の人達も生活することができた。

 ただし、新たな貸付は金利が暴利であった。

 その為人々は皆返済に行き詰まり始めることになる。


「村長、今月も返済はできないですだ。お待ち願えねぇですか。」


「爺さん、俺はこの村を良くするために来たんだ。潰しに来たんじゃねぇーぞ。返済してくれないと村が潰れるぞ。」


「そう言ったって、村長は村の税金を自分のために使い、その金を貸し出し、利息を自分のものにしているじゃねぇーですか。」


「そんな証拠がどこにある。融資したのが村費だとしても返済するのはお前らの義務だろ。利息として娘を俺に差し出せ。お前ん所には若い娘がいただろうが。」


「それは勘弁してくだせぇ。娘は来月、結婚が決まっているんです。今幸せいっぱいなんです。その幸せを奪わないでくだせぇー。」


「幸せいっぱいの人間から幸せを奪うから良いんだろうが。お前は、金を持ってない人間から金を返してもらったほうが良いのか?違うだろ金を一杯持っている人間から返してもらった方が良いだろ。税金だって収入の多いやつから沢山貰ったほうが良いだろ。それと同じだよ。幸せ一杯の女からその幸せを奪った方が良いだろ。」


「娘は勘弁してくだせぇー。儂は貧乏で金がねぇーですだ。ですんで、儂からは金を取り立てずに金を持っている者から取り立ててくだせぇー。」


「何バカなことを言っているんだ。貧乏でも金を返さなくて良いことにはならんぞ。今日夕方までに娘を連れてこい。今晩味見するからな。」


 村長はその太った身体に嫌らしい笑みを浮かべ、今晩のことを期待して舌舐めずりをしながら老人を見下ろしていた。

 老人はこれでは駄目だこれでは村が無くなる前に人がいなくなる。もう直訴しかないと王都へ出向く決意を固めていた。

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