第5話 村人は鍬を持って踏み堪える
昴が自分のステータス表示に見出したスキルは一つ『農業Lv.1』だった。昴は王女が見間違えたのかと別段訝しみもしなかった。しかし、王女は間違えてなどいなかった。
「ステータス見れたよ。スキルもちゃんとあるし。王女間違ってるよ。」
「良かったじゃん。スキル何だった?」
「『農業Lv.1』だった。」
「農業って、しかもレベル1って。そりゃ王女も放り出すわ。」
「お互い似たようなもんだろ。」
「そうだね、目くそ鼻くそを笑う・・・って、なんでやねん!うっ・・悲しい・・・」
「どこかで二人で農業でもやって暮らすか。」
「そうだね。澪も呼んで三人で暮らそうよ。偽先生に付いて行った二人も生きていれば一緒に暮らしたいし。」
「俺は颯を呼びたいな。だけどこの世界に来てないから無理だし。颯はね、莉々菜のことが好きだったんだ。」
「うん、知ってた。」
「知ってたんだ。それは知らなかったな。もしかして莉々菜も好きだった?颯のこと。」
「ごめん。私剣道が恋人だったから。」
「そうなんだ。変態だった訳か。」
「だ、誰が変態よ!」
そこへ、お爺さんの息子、シルヴァンが息を切らして家の中へ駆け込んできた。
「おい、大変だ!今にも盗賊が襲ってくるぞ。女性は隠れた方がいい。君は手伝ってくれないか。一人でも味方は多いほうが良い。」
シルヴァンは切実な目で昴を見つめ援助を懇願する。それほど切羽詰まっている状況のようだ。しかし、それも当然と言える。撃退か死かだ。
「村長の所の冒険者も撃退に手を貸してくれるんでしょ。」
「も、もちろんだ。あの村長も冒険者に手伝わせ盗賊を撃退して村を守るだろう。なんてったって村長だからな。」
「俺にも何か武器貸してください。出来れば剣とかないですか。」
「鍬ならあるんだがな。」
「それじゃ、百姓一揆みたいですよ。何か残念。」
「でも、昴は農業のスキル持ってるんだから剣より鍬の方が戦い易いんじゃないの?」
莉々菜が馬鹿にしたような顔で会話に割り込んでくる。
「それもそうだな・・・って何か馬鹿にされてる気がする。」
「気の所為でしょ。ぷっ・・」
莉々奈は小馬鹿にした顔で昴を嗤いからかう。
「く、くそっ・・」
「来たぞぉーっ!どうやら、襲撃がバレたから明るい内に襲ってきたようだぞ。」
先程シルヴァンを迎えに来た男が家に駆け込んできた。最終局面だ。
「よし、お嬢ちゃんを隠せ。床下が良い。そこから動くなよ。それから、君、これが鍬だ、これを使え。行くぞ。」
「これ?これが鍬?これも鍬・・・」
昴は鍬とは言えないような見たことがある元の世界とは形が違う鍬とシャベルの中間のような鍬を持ち、家から駆け出して行ったシルヴァンの後に続いて駆け出していった。
莉々菜は床板を剥がしてみた。
「え〰、ここに入るの?服が汚れちゃうぅ〰。」
しかし、まだ大丈夫だろう、盗賊が近くに来た時に隠れようと理由を付け不潔な床下に入ることに躊躇している。
昴は既に村の入り口まで来ていた。
周囲は既に日が沈みかけていて暗くなり始めている。
村の周囲の壁の四箇所に門が設置されていて現在昴が来ている南門が正門であり、この門は高さが3メートル幅が4メートル奥行きが1メートルほどの構造になっていている。この門には梯子のような足場が設けてあり門の上に登ることが出来る。門の上は幅四メートル奥行き一メートルほどの狭い足場が設けられていて人が見張りや防衛に使用できる構造になっていた。
門は既に閉ざされ簡単には村に入れないようになっている。門の上には弓を持った者が三人乗っていて三人の前には簡単な防御用の板が盾として立てられているだけだったが、銃がないようなこの世界では十分だろうと昴には思えた。ただ、もし銃があるのなら簡単に銃弾が板を突き抜け防御壁にはならないだろうと思えるくらい厚みのない板だ。
「来たぞ!」
門の上の男が叫ぶ。
「十二人いるぞっ!」
もう一人の門の上の男が叫ぶ。
「まだ弓を射るなよ。もう少し近付いて来てからだ。」
地上にいるリーダーらしき男が門にある覗き穴から確認し門の上の男達に命令する。
まだ、弓を射ないのは、まだ当たらないからだろう。
村人たちは固唾をのみ盗賊が近づくのを待つ。
突如、盗賊から火の塊が放たれた。
火の塊は弧を描きながら少し上空から重力によって下降しながら門の上を直撃する。
門の上は火に包まれた。
門の上の男達は着弾前に門から落ち、事なきを得たようだ。
「奴らの中にウイザードがいるぞ。全員水を被れ。火を少しは避けられるっ。もう弓を放て。」
門が開けられ矢が盗賊に向かって放たれる。
全員水を被っているが昴は服が濡れるのを避けたくて被らなかった。所詮昴は現代人だった。そこまでする必要はないのではと甘い考えが抜けきれなかった。
盗賊は警戒しながら近づいてくる。その間も魔法による攻撃の手を休めない。こちらからの弓による攻撃は炎で無効化され魔法と魔法の間隙を縫って放たれた矢だけが盗賊の下迄到達するが、あまり盗賊には中らない。
「おい、村長の所にいる冒険者はどうした?」
「来てませんぜ。」
「何やってるんだ、村長は!俺たちは盗賊に殺されてもいいと思ってるのか。くそっ、金だけ取りやがって何もしやがらねぇ。」
「ここで助かったら村長を皆で倒しましょう。」
村人たちが村長に対する憤怒を表す。村長に対する積もり積もった憎しみが感じられる。最早事態は切迫し引き返せない所まで来ているようだ。
もうすぐそこまで盗賊が来ている。
鍬を持つ手に力が入る。
持っているスキルは『農業Lv.1』だけ。これでどう戦えるというのか。
魔法の火は門と壁を包み込み焼け落ちる寸前で盗賊と村を隔てるものは無くなりつつあった。
盗賊は盾を持ち矢を防ぎながら近づいて来ていた。
既に炎は飛んでこない。魔力が尽きたのだろう。しかし、既に炎で何人もの村人が火傷を負い戦闘不能に陥ってしまっている。
盗賊は十二人で少ないとはいえ、こちらも残りの少人数で戦わなければならなくなってしまった。
そして、遂に盗賊が焼け落ちた門を越えて来た。村人との直接の戦闘が開始された。
盗賊はそれぞれの手に剣を持ち攻撃してくる。しかし、村人のほとんどは手に鍬や鋤を持って防いでいる。武器による圧倒的な差は覆らない。しかも、盗賊にはスキルを持っている者もいるはずだ。
スバルの目の前でも村人と盗賊が戦い始めた。
村人は鍬、盗賊は剣。このままでは村人が殺される。
スバルは後ろから盗賊の頭を思いっきり鍬で叩いた、卑怯ではあるが、こんな時にそんなことは言っていられない、そもそも卑怯なのは村を襲う盗賊だ。結果、頭に鍬の直撃を受けた盗賊は意識を失い倒れた。
村人は倒れた盗賊の下敷きになった。
盗賊をどかして村人を助ける。
その瞬間盗賊の人生が流れ込んで来た。
――――――――――――――――――――
彼は、小さな農村で生まれ、そこで育ち、剣を学び兵士になろうと頑張ってきた。ずっと努力して来た。そして、とある貴族の護衛として雇われた。
ある時から門の衛兵を任され門で警護任務に就いていた。
その日は夜の警護についていた。
そんな時事件は起こる。
族が侵入し、物が盗まれ、貴族の娘が攫われた。
任務を怠ったとして彼は首になった。その晩、彼は酒場で酒を煽っていた。
そんな時だった。
その会話が少し離れたテーブルから聞こえてきた。
「俺だよ、俺が手引きしたんだ。」
「お前だったのか!悪い奴だなぁ。」
「だって、あいつ正論ばかり言って、俺が屋敷の物を盗もうとしたらチクりやがったんだ。だから、あいつが夜警の日に族を扇動して押し入らせたんだ。それであいつは首だろ。ざまぁーみろだ。」
二人は、貴族の護衛仲間だった。
彼は怒りで震えた。押さえることが出来なかった。気が付くと二人が目の前で死んでいた。
手には血が付いた剣が握られていた。
そして、彼は逃走しこの盗賊の一員となった。
悪いとは思うが生きていく為には仕方がないと諦め盗賊を彼は続けていた。
――――――――――――――――――――
「大丈夫か!」
「あっ・・あー・・大丈夫だ?」
シルヴァンが朦朧としているスバルを揺り起こす。我を取り戻した昴は盗賊をどかして村人を助け出し、盗賊の剣を拾い構えた。
「し、しまった!」
昴は単純なことを忘れていたことに気付いた。
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