第35話そこそこ頑張ろう

しかしながら、今回優勝を目指している者達には悪いのだが、俺には関係ない事だとこの話は左から右へと聞き流す。


変に実力を見せてまた婚約者などが増えたらたまったもんじゃない。


思い返せば俺の周りに纏わりつく女性たちがどの段階で纏わりつきだしたのか考えてみれば、俺が無駄に能力を見せびらかしてしまった事が最大の原因であると俺は推理する。


今までであれば嬉々としてこの武闘大会にて自分の能力のテストを行っていたのであろうが、残念かな俺の頭脳がそれを許さないみたいである。


天才とは過去の過ちを受け入れ、そしてその失敗すら自分の糧にする者であると俺は思う。


「しかしながら旦那様よ、まさかとは思うのだがわざと負けようなどという事はしない方が良いぞ。夏休みの課題が増え、更に自習も追加されてしまうから実質夏休みは無い物と思わなければならなくなるからなっ!そうなってしまうと我が旦那様との夏休みの思い出が作れなくなってしまうからなっ!」


そして俺は決心する。


そこそこ頑張ろう、と。





獣人国の第八王女として生まれた私は幼い頃より剣を習い、強さを常に求め、磨き上げてきた。


私の父上と母上は獣人であったのだが、故に子供の数は多く今現在で十三人もの子宝に恵まれており後継ぎに関してだけ言えば盤石であると言えよう。


そして私の王位継承権はと言うと当然ながら低く、私が国王として政事を担う事はまずないであろう。


別段その事に不満は無く、むしろこうして女ながらに何のしがらみも無く剣を握れる環境は実に良いものである。


獣人ゆえに強さを求めてしまうのは最早本能と言えるのだが、上に三名いるお姉様達は嫁ぎ先に非礼が有ってはいけないと女性らしさも求められる為実に窮屈そうである。


王位継承権が高くなれば姉たちの様な生活を過ごさなければならなくなってしまうと思えば、やはり自分は今のままで良いと思ってしまっても仕方のない事であろう。


「今年こそは雪辱を晴らしてやる」


そんな、王族と言う地位を利用して最高峰の冒険者または元冒険者たちを講師に雇い鍛錬、日々鍛錬している私なのだが、去年この武闘大会で苦渋を飲む羽目となった。


目を瞑れば今でも鮮明に思い浮かぶ、レミリアに負けたあの日を。


私は心のどこかで慢心していたのだろう。


同性には負けるはずがない。


何なら優勝など簡単に取って見せる自信があった。


そう思っていたし、まさかこの私が同性に負けるなどとは露程思ってもみなかったのである。


そして私はこの一年文字通り泥をすする程の鍛錬をこなして来た。


暑い日も寒い日も雨の日も嵐の日もひたすらにただ強くなる為に私は暮らして来たのである。


「旦那様っ!!次はあの屋台で売っている物を食べてみないかっ!?」


それがどうだ。


私がこの一年死に物狂いで超えてみせると目標にしていた人物が、今目の前で男にうつつを抜かしているではないか。


「ドチィッ!」


羨まし───ではなくて、同じ武の高みを目指している者とは思えぬその腑抜けた態度にはしたなくも思わず舌打ちをしてしまう。


王族、皇族の姫とお互いに立場もにており、また、お互いに武を志す者として心通じるものがあったと思っていたのだが、そう思っていたのはどうやら私だけみたいだったようである。


いくら王位継承権が低いと言えども王族は王族であり女性というこの身体は変わらない。


故に彼女も影では『所詮女だ。そのうち男性との間にある壁に当たれば自ずと諦めて花嫁修業をしだすだろう』『高貴な者が、はしたない』『下の者へ示しがつかない』などという言葉を私同様に投げかけられているに違いない。その強さは、そこからくる反骨心もあったであろうし、私ならばその気持ちに寄り添う事ができると思っていた。


だからこそライバルとして強く意識もしたし、逆に彼女が去年個人の部で並居る猛者共を屠り優勝を掻っ攫った時は、それが例え私との対戦が決勝戦であったとしても自分の事の様に嬉しかったものだ。


しかし、そう思っていたのはどうやら私だけであったみたいである。


「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ」

「ひぃっ!?」

「ママーあそこに変な人がいむぐむぐむぐーっ!!」

「こらっ!見ちゃいけませんっ!」


その事を思えば余りの苛立たしさに思わず笑みがこぼれるというものである。


お母様は怒った時、何故だかいつも笑っており、その笑顔が私の脳裏に恐怖として刻まれているのだが、どうやら私はこの事に関してはお母様の血を受け継いでいる様であると、気付く。


そして彼女レミリアはあの調子である。


彼女が去年のまま、いやあの調子ではむしろ去年よりも弱体化しているだろう。


であるのならば今大会は私が完膚なきまでにレミリアの奴を叩きのめして優勝して見せよう。


そう私は心に強く刻むのであった。




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