第30話ナイスガイだからな

 いきなり誰かに抱き付かれ、その衝撃に思わずこけてしまいそうになるもなんとか受け止める事が出来た。


 いきなりこの俺に抱き付いてくるなど、やっと時代もこの俺に追い付いて来たという事なのであろう。待たせやがって。


まぁ、それもこれも全て俺がイケメンであるのが悪いのであって時代が俺に追い付けていなかったのは致し方ない事なのは理解している。


なんせ俺はイケメンのナイスガイだからな。


今でこそ残念な女性しか俺の周りにはいないのだが、これからはちゃんとしたまともな女性が俺の所に訪れるのであろう。


 などと俺が現実逃避がてらそんな事を思っている間も俺に抱き付いてきた少女はなおも俺の胸に顔を埋めて鼻水と涙を擦り付けているのでそろそろやめて頂きたいものである。


「あぁー………雀か?」

「そうだよお兄ちゃんっ!!まさか実の妹の名前を忘れたりなんかしないよね?」

「ま、まさか。忘れるわけが無いだろう?」


 そして俺の嫌な予感は的中して、この、俺の胸に鼻水と涙を擦り付けていた少女は俺の実の妹である雀で間違いないようである。

 非常に残念ではあるが。


「で、やはり俺はこの世界では死んでしまったのか?」


 俺が雀にそういうと、雀は再度俺の胸に鼻水と涙を擦り付けながら小さく頷くと、ぽつぽつと喋りだした。

 雀の話ではやはり俺は既に死んでおり火葬も済ましているのだそうである。

 しかし俺が死んだことを未だに受け入れる事ができない親はまだ俺の借りていたアパートを解約する事はせずに残しており、定期的に雀が掃除に来ていたそうである。


 そして俺はこの世界では既に死んでいるという事実を告げられ、やはりなと、別段驚くような事も無くすんなりと受け止める。

 あんな事故を起こしたのである。

 死んでいない訳が無い。


「で、雀は今の俺をみて怖がらないのか?」

「………カントリーマダム」

「は?なんでここでカントリーマダムが出てくるんだ?」

「定期的に部屋の掃除に行く度にカントリーマダムが物凄い勢いで減って行っていたんだもん。カギを閉めてるし誰かが入って来た痕跡も無ければ何かを奪った形跡もカントリーマダム以外見当たらないんだもん。絶対お兄ちゃんの仕業だと思っていたの」


 そう断言する雀の目は真剣そのものであり、例え俺の身体が火葬し、灰になっていたとしても、この『カントリーマダム』だけが無くなって行くという摩訶不思議な現象の犯人が俺であると信じて疑わない目である。

 普通に考えれば、それはとてもありがたい事の様にも思えるのだが、相手はあの雀である。


 もはや雀だという時点である種の恐怖を感じてしまうのは致し方ない事であり、雀の今までの行動による自業自得であり、そして今まで俺に何をしてきたのかを一度深く考えて頂きたい限りである。


 そう、例えば、セクハラとかセクハラとかセクハラとかセクハラとかである。


 お風呂に入れば例えカギをかけていたとしても解錠して侵入し、朝目覚めれば俺の布団の中にいつの間にか侵入しており、今日は風呂に入って来なかったと安堵しながら風呂から出てみれば俺の下着に顔を埋めており、雀の部屋に入れば俺の拡大写真が貼られ、俺の自作フィギュアとぬいぐるみが飾られており、学校では休み時間全て俺の教室へ現れ、それが嫌で学歴の高い大学に行けばなぜか赤点すれすれの高校の成績であった筈にも関わらずたった一年で成績を破竹の勢いで伸ばして同大学へ侵入し、恋人ができればそれが当たり前のようにごくごく自然に毒を盛り、結婚してやっと落ち着いたと思っていたのだが離婚した瞬間同県へと引っ越し、借りているアパートの隣へと住み始めるのが、今目の前にいる我が妹雀なのである。


「それでお兄ちゃん、今どこに住んでいるの?私のお兄ちゃんレーダーが反応しない場所とか想像もつかないんだけど?」


 むしろ俺からすればそのお兄ちゃんレーダーとやらが、最早想像できないのだが。

 その特殊能力を俺個人ではなくもっと役に立てる何かに使って欲しいと心から思う。


「あぁ………えっとだな、し、死後の世界?」


 嘘は言っていない。

 だが、これでも実の妹であり俺を思ってくれている気持ちが本物であると理解できる分多少なりとも罪悪感は感じてしまう。


「なるほど、分かった」

「わ、分かってくれたかっ!」


そして雀はおれの話を聞くと珍しく理解してくれたようで一安心である────


「私も今から死んでお兄ちゃんの所へ行くね」

「ちょっと待て待て待て待て待てってバカ野郎っ!!」


────と、思ったのも柄の間。

 我が妹様は徐に台所へ行くと包丁を取り出して何の躊躇いも無く自分の首元へ突き刺そうとするではないか。

 俺の妹の、俺に対する行動力を侮っていた。

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