第27話チョコクッキー

 自称勇者であるラインハルトとやらは十回程度剣を振るっただけで息は絶え絶え顔には脂汗を噴き出し剣を握る事すらままならずその剣先は下を向き地面を擦り出し始めている。


 勇者と聞いて少なからず不謹慎ながらも期待をしていたのだが、これじゃぁ戦闘と呼べるものなどできようもない。

 まだ光剣の貴公子ディーゼル・フランボワーズ・グランブル(笑)の方が幾分マシだったと言えよう。

 むしろ勇者より全然強い。


「お、俺をその様な、まるで弱者を見るような目で見るんじゃねぇよっ!」

「そうは言われてもな、お前弱いじゃん明らかに。どうせ勇者というスキルに胡坐をかいて何も努力などしてこなかったんだろ?だからそのスキルが使えないとなった時こうなるんだよ。何だ?その醜い身体は。何だ?その持久力の無さは。何だ?その剣の重さに振り回されている筋力の無さは。糞雑魚じゃねぇかよ。こちとら勇者と聞いて不謹慎ながらも少し楽しめるかなと思って来てみればそこら辺の子供のと相手した方がまだマシじゃねぇかよ」


 今なら俺のこの能力を持っていた元キャラが強いキャラと戦い、想像以下だった時にがっかりするという気持ちが分かる。

 自分の限界を見る事は無理でも自分の引き出しを開ける事すらできないとはがっかりを通り越して溜息しか出ない。


「うるせぇーっ!!俺は勇者なんだよっ!!世界を守る勇者なんだっ!!こんな雑魚に負ける訳が無いだろっ!!きっとこれは何かの間違に違いないぐびへぁっ!!?」


 俺に少し煽られただけでラインハルトは顔を真っ赤にし唾を飛ばしながら喚き散らし近づいてくる。

 煽り耐性も無いとかもうコイツにこの世界を半年ロムってろと言いたい気分であるが、唾がかかるのはごめん被る為これ以上近づくんじゃねぇという意思表示と共に左頬をぶん殴ってやると実に下品な叫び声を上げながら吹っ飛んでいく。


 今のところ何も無いの無いない尽くしである為せめて「ヒデブ」くらい言えるセンスは持ってほしい物である。

 まぁだから何も無いんだろうけど。


「痛いぃいいいいっ!!何だこれはっ!?何だこれはっ!?何だこれはっ!?何だこれはっ!?痛いぞぉぉぉおおおっ!?」

「うるさい黙れ。一発殴られただけでみっともない」

「ひぃいいっ!!もう殴らないでくれぇっ!!頼むからっなっ!?」

「は?お前何言ってんの?お前が今までやって来た事は殴られる殴られない以前の問題だろもう既に。どういう殺され方をするかという段階なんじゃねぇの?」


「ど、どういう事だっ!?」


 自称勇者であるラインハルトは自分が死ぬなどと想像すらしていなかったのか痛みも忘れて俺に、まるで助けを求めてくるかのように問いかけてくる。

 そんなラインハルトへ俺は溜息をつきながらその質問に答えてやる。

 

「そうだな………お前、今まで何人殺してきた?」

「は?」

「いや、だからお前今まで何人殺してきたと言っている。勿論とどめを刺した人数ではなくお前が原因で死んでいった人の数だ」

「そ、そんの分かるわけがないだろっ!!馬鹿かお前はっ」

「うるさい黙れ。誰が俺に向かって暴言を吐いていいと言った。少しは立場を弁えて喋れ」

「ぐぶふおうぅっ!?い、痛いぃぃぃいいいいいっ!!顔がっ、左頬がっ!?無くなってはないかっ!?」


 話す度に逆上されると一向に話が進まないので躾もかねて奴の左頬を軽く叩いたのだが、たったこれしきの事で泣きわめき左頬が無くなったと叫ぶ。

 今まで恐らく殴られたことは勿論叩かれた事も無ければ痛みという物を感じる事すら無かったのであろう。

 だからと言って醜い奴が痛みにのたうち回るその光景は見るに萎えないものがある為、今だ地面を転がりまわるラインハルトを足で踏みつけてその動きを止めると襟首をもって無理やり立たせると顔を近づけて「次痛いと言ったり転げまわる度にビンタ一発叩くからな」とドスを聞かせて伝えると涙ながらに何度も何度も激しく頷いてくれた。

 人間やはり話し合いで解決すべきだな、うん。


「それで先ほどの話の続きなのだが、お前は今まで何人殺して来たんだ?」

「そ、そんな事分かる訳ないだろっ……です」


 まだ自分の立場を分かっていないのか高圧的な態度を取ろうとしてくるラインハルトを一睨みすると、語尾を変えてくれたので、優しい俺は叩くのは辞めといてやろう。

 話も進まないしな。


「で、そのお前が奪って来た数えきれない命がお前ひとりの命と釣り合いが取れるとでも思っているのか?」

「当たり前だろっ……です。お、俺はなんたって勇者だからな」

「そうか、ではここにチョコクッキーが一つある。そしてお前は普通のクッキーを百枚持っているとしようか。お前はその百枚のクッキーで一枚のチョコクッキーを交換しようと思うか?」

「思う訳がないだろ、ですっ!良くて俺の場合はクッキー三枚でチョコクッキー一枚を交換してもらうなっ、です」

「あぁ、まぁそうだよな。お前案外分かっているじゃねぇか。チョコクッキーがお前だ。そして一般人が普通のクッキーで、お前はチョコクッキーの価値は普通のクッキー三枚分だと言った。じゃあ、三人どころか何百何千、それこそこういった戦闘行為も含めると普通のクッキーをお前は何枚踏みつぶして来た?それはチョコクッキー一枚渡すだけで許されるとでも思っているのか?思わないよなぁ。だってお前は今チョコクッキーの価値を自分で普通のクッキー三枚だと言ったんだからなぁ」


そう言うと自称勇者であるラインハルトは俺の言いたい事を理解したのかみるみる内に青ざめていく。


「そんな、だって俺は勇者で、勇者は人間の中で一番偉くて、だから勇者の称号があれば負ける事が無いし、好きに生きても良いんだって………」


 そしてラインハルトは出会った当初の傲慢な態度など消え去り、過去自分が行って来た数々の行為を思い出してはその都度言い訳をぶつくさと言い始める。


 その姿はまさに親に怒られた子供その物で、悪い事は理解しているのだが自分の欲望がそれを受け入れさせないという子供特有のいじけ方にしか見えない。


 大人でも偶にその様な人物はいるのだが、基本的に自分の欲望に自分の行動を支配されている様では人間社会、特に日本ではまともに暮らしていけず牢屋が我が家となった人物をニュースなどで数々見てきたし俺自身の同級にも何人かその様な人物がいた。


 結局異世界だろうと自分の欲に打ち勝つことが出来ない人間は応用にして罰が大なり小なり与えられるものであるし、それこそが人間と動物の大きな違いであると俺は思っている。


 依存症などと言ったもの以外でそのような者は、相手の気持ちを考える事が出来るにも関わらずそれをせず、我慢できるにも関わらずそれをせず、ただただ自分の欲望に従うその様はまさに畜生と何が違うというのか。


「あー、まあこの世界では勇者は偉いし偉大な人物で間違いないと思うからある程度は好き勝手しても許されるとは思うが───」

「だったらっ!!」

「でも、何事にも限度という物があるわな。もし限度を多少超えていた場合でもそれ以上に利益をもたらしていれば、民たちの為に動いていたのならば許されたのかもしれない………が、前は無理だ」


 俺の言葉にわずかな希望を見出そうとしたのかラインハルトが食い気味に俺の言葉を遮ってまで割って入ってくるのだが、俺はそのわずかな希望な無いという現実を突きつけてやる。


「お、おお、お前さえいなければ俺はまた勇者として生きていけるんだぁああしねぇええっ!!ぐべほあつぐほぁっ!?」


 これぞまさに窮鼠猫を噛むという奴であろう。

 追い詰められてどうにもななくなった人間と言うのは大人しいなりを捨てて歯向かって来る教科書通りの行動の為簡単にあしらい吹き飛ばしてやるも殺しはしない。

 それはこの世界の人間が下す事である俺は考えている。


「神を殺す事も出来ないようなスキルで俺に勝てる訳がない………神を殺すことができる、いやまてよ?まさか、しかし………物は試しだ」


 そう言うと俺はおもむろに愛刀で次元を切り裂きそこへ手を突っ込みとある者の首根っこを掴むと勢いよくこちらの次元へと引きずり落とす。


「ふぎゃっ!?」


 するとどうだ?次元の裂け目からとんでもない美少女を引きずり出せたではないか。

 そして俺はコイツを知っている。忘れるわけが無い。


「はい、みんなびっくりしているから自己紹介」

「痛たたたたっ、人使い荒すぎやしませんかね、まったく。まぁ自己紹介くらいしますけれども。どうも、女神です」


 そもそも初めから何処か違和感を感じいていたのだ。

 いくら女神のミスで好きな能力を一つ貰えるからと言ってこれほどの能力、次元を移動でき、すべての能力は自分の知識に左右され、更にありえない程の防御力と身体能力を兼ねそろえ、死すら超越し、そして神をも殺すことが簡単にできる能力etc(まだまだ更にぶっ壊れた能力が)あるがもらえる等、あっていいものであろうか───と。


 普通に考えればありえない。


 ではなぜそのような能力を俺に授けたのか。


 それは次元を移動して神レベルの誰かを殺して欲しいと考えていたのではないか、そう考えればこの能力を授かった事にも納得がいく。


「め、女神だとっ!?嘘を吐き女神を語れば神罰が下るぞっ!!小娘がっ!!しかし、それほどの美貌とその身体、勇者の俺に奉仕をするというのであればこの俺様直々に守ってやっても良いぞ」

「あ?女神であるこのわたくしになんという口の聞きようでありましょうか。これはこれは、神罰が必要ですね。あなたが勇者というスキルでそこまで腐ってしまったのであればそのスキルを女神の権限で剥奪致しましょう。幸い今この世界には我が伴侶であるクロード様がいますから勇者の存在意義などございません。しかしわたくしも鬼ではありません。勇者という固有スキルを剥奪するだけで命までは奪わないとこの女神の名にかけて誓いますわ。あとは死のうと生きようとご自由に。まああなたの場合は殺されそうですけれども」


 なんというかこの勇者はタフというか頭が弱いというか三秒前の出来事を全て忘れるおめでたい頭の持ち主なのだろうかと思わずにはいられない。

 しかし今回ばかりはこの何の役にも立たないと思っていた勇者も役に立ったみたいである。


 いくら本物の女神であろうとそう簡単に信じられるものではないだろう。

 しかしながらこの勇者に対してスキルを剥奪する事が出来れば否が応でもその軌跡を目の当たりにした者達は信用せざるを得ない。

 何故ならばこの世界においてスキルとは女神により頂いた軌跡であるのだから。


「そうかそうか、お前は女神ごっこが好きなのか。そうだなお前程の美貌であるならば女神ごっこも様になっている。これは夜も楽しめそうだ」

「ちちんぷいぷいのほい、女神権限であなたのスキルを剥奪致します」

 

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