第26話まず私はか弱い





 レミリアは幼い頃より一つの疑問を持っていた。

 強さとは何か、強者とは何か。

 それはレミリアが成人しても常に頭の片隅にあった。

 自分よりも強い奴がいないとは思わない。

 現に三年前王国に勇者が現れた。

 恐らく勇者は私より強いであろう。

 自分より強い男に嫁ぐと公言している手前勇者に求婚されてしまえば結婚せざるを得ないであろう。

 しかし私は勇者を強いとは思うが強者であるとは思わない。

 あんな奴と結婚するくらいならば死ぬ事も躊躇わないであろう。

 幸い現段階では王国は帝国に戦争を仕掛ける動きをしているため友好の証と捉えかねない行為であるとして勇者と私を結婚させることは今のところ無いだろう。

 あるとすれば帝国が王国に敗れたその時である。


 そんな時に現れたのが我が旦那様であるクロード様そのひとである。

 始めはただの覗きかとも思ったのだが我が入浴中に侵入してくるだけの実力は最低でも持っていると思うと胸が高鳴った。

 

 もしクロード様が私より強かったらこの者と結婚すればあのいけ好かない勇者と結婚する必要が無くなる。

 私が考えている事は最低だとその時思った。

 他人の事を慮る事が出来ず尊重もできないのならばやっている事はあの勇者と何が違うというのか。

 事の大きさは違えど根っこは同じであろう。


 しかしそんな些細な問題などあの日クロード様に敗れた瞬間どうでも良くなった。

 クロード様を、そのすべてを我が物にしたい。

 この時初めて私は恋という物を知った。

 知ってしまえばもうどうにも止まらなかった。

 世界がこんなにも素晴らしい物であると教えてもらった気がした。

 なんか虫が二匹程くっついているのだがクロード様のカッコよさなら致し方ない事であろう。

 だってクロード様はイケメンであることは当然として私が長年探し求めていた本当の強さを持っているのだから。


「おらおらどうした?動きが鈍くなってきてんじゃぁねぇのか?」


 目の前の勇者が攻撃を仕掛けてくるたび私の身体は傷ついていく。

 避けているはずなのだがこれも勇者の補正であろう。

 剣筋は不自然なほど変わり私の急所へとその軌道は変わり、逆に私の攻撃は不自然なほにその軌道は変わり勇者を傷つける事さえできない。


 しかし、しかしである。

 私は剣を握れ、鋭く振るえることが出来、魔術も扱える。 

 あの時何もさせてもらえなかったクロード様と比べるまでもない。

 ならば今私がやる事は決まっている。

 私のピンチに颯爽と現れ、助け出してくれるのをただ待つだけである。

 あぁ、想像しただけでもうカッコいいし待ち遠しくて仕方が無い。


 思わず口元がにやけてしまう。


「なんだその顔は?なんでまだそんな表情をしれられるんだよっ!?お前の攻撃一切当たらず、俺の攻撃は一切避ける事が出来ず、結界を張られて逃げる事すらできないこの状況でよぅっ!何か策があった所で俺が勇者である限り何をやっても無駄だというう事も気付いてんだろっ!?」

「悔しいが私がどうあがいてもお前に勝てない上に何をしてもその出鱈目なスキルで有耶無耶にされてしまう事を理解しているさ」

「だったら何故まだこの俺様にたて突いてんだよ、面倒くさい奴だなっ糞がっ!!」


 一向に諦める事をしない私に向かって勇者いや、最早ゴミが突っかかってくる。

 あんな奴はゴミで十分であろう。

 そんな、何も理解しようとせず何も受け入れようとしないゴミが実に鬱陶しいく、また殴り飛ばす事が出来ない状況にストレスが凄まじい勢いで溜まっていく。

 しかし、このゴミが言うようにこの状況を私だけで打開する策が無いという事も事実な為その事が余計に腹が立つ。

 しかしそれでも、それ以上に、だからこそ私は愛しの旦那様が颯爽と現れてこの私をこのゴミから助け出すという事に今の段階で浮かれてしまっている。

 

 当たり前である。

 今までこの人間離れした戦闘力のせいで世間一般の女性としての扱いをほとんど受けて来なかったのである。

 少しくらいは普通の女性のようにヒロインとして、か弱い乙女として扱われることに浸っても罰は当たらないであろう。

 そう思うえばこの不利な状況の実意良い演出ではなかろうかと思ってみたりする。

 こんな状況を作ってくれた事に関してだけはこのゴミには感謝であるな。

 そして私はこのゴミの問いに自信をもって答える。


「愛だっ!!」

「………は?」


 おかしい。

 このゴミはこの私の回答を聞いて「何言ってんだコイツ」みたいな顔をしたように見えたのだが。

 まあ気のせいであろう。

 しかし、実際わたしの回答も言葉足らずなところがあったことは認めよう。

 私は自らの過ちを見ないなどと言う愚かな事はしない女、いや………か弱い女性であるからなっ!!


「よく聞け。まず初めに私はか弱い」

「は?この俺とここまで撃ち合えたのはお前が始めてなんだが?」

「それはもう吹けば折れてしまいそうなほど儚くてか弱い女性なのだ」

「いや、そのまるで血塗られたような真っ赤な大剣を振り回して豪風を巻き起こしているのがお前だからな?」

「そんなか弱い女性を我が旦那様が放っておくと思うか?」

「いやまあ正直この状況すら力業で逃げ出せるのではないかと俺は思っているのだが?」

「答えは否だっ!!我が旦那様は私のピンチに颯爽と現れて救いに来てくれる。そして私はそれを信じておるのだ。それはひとえに愛のなせる業っ!!相思相愛故の行動であるっ!!」


おかしい。

 このゴミはこの私の回答を聞いて「何言ってんだコイツ」みたいな顔をしたように見えたのだが。


「何言ってんだ?お前」

「あ?」


 おっと、危ない危ない。

 ゴミクソ勇者の精神攻撃に思わず乗せられる所であった。

 一瞬だけ殺気がダダ漏れになってしまったのだが許容の範囲内であろう。

 私はまだ全然か弱い乙女である。


 そんなか弱い乙女に対して目の前のクソゴミクソ勇者はほんの少しだが私の、漏れた殺気により少しだけ後ずさりをしやがった。

 か弱い乙女の漏らす殺気など何が怖いと言うのかとりあえずボッコボコにした後小一時間は問いただしたい。


 いや、ボッコボコにしてみせましょう。





「ですから、ご主人様がクソゴミクソ勇者とやらをボッコボコにして下さいっ!」

「えぇー、なんでだよ。そいつクソゴミでも一応勇者なんだろ?倒しちゃっていいのか?」


 ヒルデガルドが珍しく興奮気味に鼻息荒く「ふんすっ!」と息巻く。

 勇者の癖にこの言われよう、一体全体何をすればここまで嫌われるのか。


「全然良いですっ!むしろ人類の、女性の敵ですっ!勇者じゃなくてクソゴミクソイキリ野郎ですっ!!」

「え?」

「クソゴミクソイキリドクサレ野郎ですっ!!」


 いやもうここまで来れば嫌われているどうこうではなく生理的に無理というやつであろう。

 いやほんと何をやってんだよ勇者。

 一周回って逆に気になって来る。


「何をしたらそんなに嫌われるんだよ、その勇者って奴わ」

「誘拐に薬に強姦に死体遺棄です」

「は?」

「気に入った女性を誘拐して薬漬けにして自分の欲望を処理させ、使った後は薬により壊れてしまうのでそのまま殺してその死体を路地裏等に遺棄しています」

「………」

「しかも毎日。しかし勇者というスキルは伊達ではなく誰も彼を罰する事も止める事も出来ず未だにのうのうと、これ見よがしに人前に出て来て日常を過ごしております」

「それは、あれだな。クソゴミクソイキリドクサレペド野郎だな勇者とやらは」


 どうやら勇者という奴はとんでもない程にクソ野郎だった。

 自分のスキルの恩恵で好き勝手するなど絶対超えてはならないラインであると思うと共に、ある意味で未来の俺を見せられている様で気分が悪くなる。


「そして今そのクソゴミクソイキリドクサレペド鬼畜野郎はレミリアさんと戦闘しております」

「………はっ!?それを先に言えよっ!!レミリアはその勇者に勝てる見込みはあるのかっ!?」

「勇者というスキルを前にすれば例えそれがレミリアさんであろうとも勝機はございません」

「はぁー……分かった。レミリアを助けに行くついでにその勇者と戦えば良いんだな?ったく」


「く、クロード様ぁ〜っ!!流石私のご主人様ですっ!!」


 俺がレミリアを助けに行くと言うとヒルデガルドの表情がぱーっと花が咲くように笑顔になる。

 なんだかんだで三人仲が良いようで何よりだ。


「もうこれでもかってくらい勇者の野郎をボッコボコにしてあげて下さいっ!あ、少し遅めに行きましょうっ!レミリアがやられた後に行きましょうっ!」


 あ、さいですか。





 レミリアに持たせている血により、彼女がいる場へと飛ぶ。


 辺りは爆風か何かで広範囲にあたり地面が抉れていた。

 そしてその中心にはレミリアと男性が戦っている姿が見える。

 どうやらレミリアに持たせた俺の血入りの小瓶型ネックレスは少し離れた場所で砕け散っていたみたいである。

 あのレミリアからここまで、小瓶型ネックレスが壊れるまで戦える勇者が強敵であるという事が分かる。


「アイツ?勇者って奴」

「そうですっそうですっ!!あのクソ野郎ですっ!!」

「ふーん………はっ!?」


 あの醜いクソデブが勇者だとっ!?

 あんな奴が勇者とは世も末じゃねぇかよっ!!


「旦那様ぁ〜っ!!あぁ、旦那様ぁ〜っ!!やはりか弱い乙女には颯爽と旦那様が助けてくれるのだなっ!!愛しの貴方のお嫁様はここにいるぞぉっ!!」


 そしてアイツがこの国の姫、と。

 終わってんな……色々と。


「俺を、俺を無視してんじゃねぇぞっこの不細工っ!!」

「おっと、何俺の知り合いを斬ろうとしてんだお前」

「あ?誰だお前?どうやって現れた?」

「どうだって良いだろそんな事。てかお前鏡見た事あるのか?もし鏡見た事があってレミリアの事を不細工だなどと言うのであれば目、腐ってんじゃねぇの?眼の病院行けば?」

「き、きききき、貴様ぁぁぁああああっ!!!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!!この俺様の事を不細工だと言ってただじゃおかねぇぞっ!!」

「いや、認めろよ。デブで短足で油ぎった顔にギトギトの髪これだけで風呂入ってんの?って感じだが喋る度に唾飛ばすなよ。きったねぇなお前。勇者って聞いてたからそれなりのイケメンをイメージして来たって言うのにこれじゃぁ詐欺だろもう。勇者なんか辞めちまえ」


 この自称勇者がまるで素人の様な動きで剣を俺に振るって来るのだがレミリアやヒルデガルド達と違いまるで遅い。余りにも遅すぎて交わし、いなしながら悪口を言うくらいには遅すぎる程である。

 むしろ子供にすら負けるんじゃ?とすら思ってしまう。


「な、何でっ……はぁっ、何で当たら……はぁっ、ないんだっ!?はぁっ、はぁっ」

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