第20話小さな丘と薄い草原

「………は?」


 そしてクロムエル・シュベルトはクロードがまるでうっとおしい蠅を追い払うかのような動作で自分の魔術をいとも簡単に消された事にいまだ頭が追い付いておらず呆けた表情で立ち尽くしてていた。

 その事から見るに先ほどの魔術はクロムエル・シュベルトにとっては信頼のおける魔術だったのであろう。

 その魔術がこうもいとも簡単に、そして何をされたのか一切理解できない方法でもって消されてしまった事実を徐々に理解していくにつれその表情は怒りの中に恐怖と困惑が混じった表情へと変化していく。


「貴様っ、一体どんなイカサマをしたんだっ!ここまで侮辱されたのは生まれてきて初めてだぞっ!!」

「イカサマと言われましても、自分の能力で消したまでですが?」

「嘘をつくなっ!!」


 結局のところあの火炎弾が俺の手で払われる瞬間【燃えるために維持するエネルギや物が無いにも関わらず、しかもあのスピードで炎が球体を維持しながら飛んでくるはずがない】と思っただけなのだがそれを教えてやるつもりも教えたところで理解できるとも思えない。

 そして何よりも敵に自分の能力を教えるほど馬鹿でもない。

 むしろ敵の能力を口頭で聞こうとするクロムエル・シュベルトが馬鹿なのである。

 その証拠に簡単に俺の挑発に乗り周りが見えなくなってしまい、さらに後先考えず攻撃魔法までこの俺に打ち放つ始末である。

 先ほどヒルデガルドの怒りを買ってしまい尻もちをついたばかりであるというのに恐らくクロムエル・シュベルトはその事すら忘れているのだろう。


「言い残したい事はそれだけですか?我がご主人様に牙を向けて生きて帰れるとでも?」

「ひっ!?」

「まあまあヒルデガルドよ、殺すのはいささか優しすぎるのではないかの?」


 クロムエル・シュベルトの首をヒルデガルドの抜刀した剣先が向けられている光景にデジャブかな?等と思っているとそこへレミリアが加わる。

 そもそもクロムエル・シュベルトを挑発した理由に魔術演習を終えてこちらに向かってくるレミリアの姿が見えたからであり目には目を歯には歯を、権力には権力にて対応しようと思ったからである。


「れ、レミリア様………?なんで?」

「ふむ、クロード様は我が愛しの婚約者様での、その契約は一番強い契約でもって婚約している将来の旦那様なのだが、クロムエル・シュベルト。お主先ほど我が旦那様へ暴言を吐いただけではなく上位の炎魔術で攻撃していたように見えたのだが何か言いたい事はあるかの。言い訳ぐらいは聞いてやろう」


 レミリアが一睨みするだけでクロムエル・シュベルトは腰を抜かし膝から崩れ落ちてしまう。

その光景はまさに蛇に睨まれた蛙と言った表現がしっくりくる。


「しかし、お主が我が旦那様の強さが分からぬ故の行動であるという事も理解できる」


 そこでレミリアは一旦言葉を切るとキリッとした表情を作りクロムエル・シュベルトへと視線を向ける。

 そのレミリアを見て俺は今までの経験から今この時レミリアを止めないと物凄く面倒くさく、そしてレミリアの夫という首輪が更に強化されてしまう未来がありありと想像できてしまうと共にレミリアを止めなければならないと本能が警報をけたたましく鳴り響かせる。


「レミア、ちょっと待───」

「故に我が旦那様と一騎打ちの決闘をしてもらおうと思う。今この場所も演習場と決闘には最適な場所である上にギャラリーも我がクラスメート達とクロムエル・シュベルトのクラスメート達がおるからの。我が旦那様の強さが広まるのも時間の問題であろうしこちらからわざわざ広める手間も省けるというものである」


 いくら世界を破壊できる程の速さで移動できるといえど喋る速さまで早くなるわけもなく、俺の声に被せるかのようにレミリアは俺とクロムエル・シュベルトの決闘を宣言する。

 こんな事なら移動してどこぞへ担ぎ運べば良かったと思うものの遅かれ早かれこのようなイベントは発生していたであろう事は決闘の宣言をののたまったレミリアのあのしてやったりといった表情を見れば嫌でも分かってしまう為もうここは素直にレミリアの言ううことに従うことにする。

 恐らく、いや間違いなくレミリアはこうなる事を想定して俺がクロムエル・シュベルトに絡まれているにも関わらずあえて遅くやって来たのであろう。


 ちなみにレミリアの策に乗ってあげているだけであり掌で転がされている訳ではないとい。

 この俺があの脳筋にこうも簡単に操られる訳がないからな。

 仕方なくである。


「い、良いのですか?レミリア様」

「ん?良いとは何がだ?」

「お、恐れながら申させて頂きますがあの魔無し相手では勝負にならないのではと………」

「ふむ、そうであるな。間違いなく相手にはならないであろうな。だがだからこそ良いのだ」


 そんな中クロムエル・シュベルトがレミリアへ勝負にすらならないのではないかと疑問を口にするとレミリアはそれを肯定する。

 それを聞いたクロムエル・シュベルトは本人の中で何か納得するものがあったのか「かしこまりました」と言うと見下した表情を俺へと向けてくる。





 と、いう訳で今現在俺は演習場の中央に立っていた。

 俺の前には怒りと蔑み、そして喜びの表情をするクロムエルが俺と向かい合う形で少し離れた場所に立っており審判役の男性教師がそのちょうど中間地点にて注意事項を口頭で述べていた。


 今回決闘するにあたってのルールは要約すると殺しは無し、殺傷能力の高い武器や魔術の使用禁止といった感じである。


「それでは両者、礼」


 決闘のルール説明を終えた審判はお互いに礼を促した後「始めっ!!」という掛け声により決闘の開始を告げる。

 それとともに見学に来ているギャラリー達から様々な声が飛び交ってくるがその大半がクロムエルを応援する物であり俺を罵倒するものである。

 中には俺を応援する声も聞こえるのだが基本的には俺と同じクラスの女性と達である。

 しかしその声援も気が付けば明らかに二組以上に膨れ上がったギャラリーの声により掻き消されてしまっている。

 その膨れ上がったギャラリーの多さにクロムエルはさることながら良くも悪くも俺はこの学園内では有名人の一人としてカウントされている事に気付く。


「よそ見とは余裕じゃねぇかよっ!!」


 最初に攻撃を仕掛けてきたクロムエルは緊張感の欠片もなく周囲を見渡している俺へ炎魔術を撃つ放ってくる。

 確かに殺傷能力の低い魔術しか使えないといった制限はあるのだがクロムエルが放った魔術はまともに喰らえば火傷により後遺症が残ってしまうと想像できてしまう程の威力である炎を放ってくる。


 さて、この魔術をどうするか。

 

 俺はやれば出来る男であり即ち同じ轍は踏まないのである。

 この決闘、恐らくレミリアの望む結果通り動いている何よりもの証拠であろう。

 そこで思い出すは帝国帝都、その中央に聳え立つ城での出来事である。

 この時俺は負ける事が正しいと思い込んでいた事が、結局はレミリアの思うつぼだったのである。

 そもそもあの完璧な演技をあの場所にいた面々が看破できてしまうとも考えにくい。


 で、あるならば今ここで勝つことこそが正しいのである。 

 同じような作戦で俺の首輪をより強固なものへと変えようなどというその見え透いた作戦、しかしそうは問屋は降ろさないという事である。

 

「俺は目の前の現象、その理解を拒む」


 そうと決まれば後は実行あるのみである。 

 目の前の敵を有無を言わさない実力差で叩き潰す手始めに俺は目の前の現象を理解することを拒むことを口にする。

 人間、簡単なもので自分が口にした言葉には自分自身に対して軽い洗脳効果があるのである。


 故に目の前まで迫った炎は何事も無かったかのように消え失せる。

 もちろん何も言わなくとも、理解できないと考える事すらせずともこの現象が『俺という常識の範疇外』であるならば俺に触れた瞬間炎は無効果されたであろうが口に出したことにより周囲に『この魔術は俺の意思で消した』という事を印象付ける事ができるのである。


そして俺は魔術を消すと同時に指を鳴らす。

 そうする事により自分自身に『指を鳴らす=想像(理解)できない現象である』と暗示をかける事により最終的に指を鳴らすだけで今起こっている事は想像できない事であると自身の脳が錯覚を起こせるようにするのである。


 と、それっぽいことを言ったのだが結局そんな回りくどい事をせずとも自分の理解の範疇の事は起こりえない為(自分に降りかかった場合)結局のところただ単に『その方がかっこいいから』その一言に尽きる。

 

「変なイカサマでこの俺様の魔術を消したようだが、そう何回も上手くイカサマが通用すると思うなよ」

「ふむ、どうして俺がお前の魔術を消したことがイカサマであると思ったのか後学の為にも教えて頂きたい」

「そんな事考えるまでもなく当たり前のことであろう。魔力を持たないお前が魔術を消せるはずがないからだ。おそらく何らかのアイテムを使って消しているのだろうが、しかしどんなアイテムにおいても魔力を補充しなければいずれ限界が来るというものであろう。貴様隠し持っているであろうそのアイテムがどんな物であるかは分からないのだが、果たしてあと何回俺の魔術を無効果できるかこの俺様が直々に実験してやろう」


 しかし魔術を消されたクロムエルは俺のこの能力をイカサマであると決めつけ、馬鹿程自分が知りえることを他人に教えたがるとはよく言うもので自分の考えをつらつらと悦に浸り語りだす。





 あれから三十分程が経過した。

 何が言いたいかと言うとクロムエルの放った魔術を消すだけの単純作業にさすがの俺も飽きてきたのである。

 口にすることで自分自身に暗示をかけて魔術を早い段階、目視した段階で消せる事が分かり、そして口にしなくとも指を鳴らし消せるようになった為最早クロムエルから得る物が何も無いのである。

 

 と、いう訳で「なぜまだこの俺の魔術を消せるのだっ!!」と喚いており、魔力が枯渇してきているのか肩で息をし始めているクロムエルに引導を渡そうかと思うのだがただ一撃を入れて終わらすというのも味気ない上に、俺に歯向かうとどうなるか見せる事により第二第三のクロムエル・シュベルトが生まれない為の抑止力になるような終わらせ方が好ましいだろう。

 その結論に至った俺の未来を見据える事のできるこの頭脳が我ながら実に誇らしい。

 正確に診断した事無いのだがIQ160以上あっても可笑しくはないと俺は思っている。

 そしてその天才がはじき出した引導の渡し方は既に決まっている。


 それは光よりも遥かに早い相手の攻撃を1ナノmまでひきつめてかわせる今の俺だからなせる業、そう相手の服だけを切り刻む事である。

 剣を使う事により試合には負けるがその代わり勝利と将来の安寧を手に入れる事ができるまさに神の導き出したトゥルーエンドであると言えよう。


 そうと決まれば後は約束のエンディングへと向かうために俺は掌から深紅の剣を取り出すと次の瞬間にはクロムエルを素っ裸にしていた。

 

 そしてクロムエルの下半身、そのご神体があるはずの場所にクロムエルのご神体は無く小さな丘と薄い草原が広がっていた。 

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