第19話ファンクラブ

「あ、本当であるなヒルデガルドよ。噛めばサクッと小気味よい音と共に割れ口に入れた瞬間小麦粉の香ばしい香りとほのかな甘みが口いっぱいに広がり、嫌な苦みも無く心地よい甘みが食べ終えた後の余韻として残る。その余韻もまた心地よいのだがその余韻が残っている時に飲むお茶もまた相乗効果により一段階上の美味しさが私の口を幸せへと誘ってくれるようである。まさにクッキーの頂点と言えよう」


 そんなヒルデガルドに触発されたのかレミリアはヒルデガルドを咎める事もせずさすが王族と言うべきか、ただお茶菓子であるクッキーを食べるだけであるにもかかわらず優雅に食すとどこの味王だよと突っ込みを入れたくなるような感想を長々と説明し始める。


 確かにこのクッキーは美味いと思う。

 それこそ百貨店などでは一箱数千円で売られていてもおかしくない程には美味いので前世の高級菓子と同レベルをこの世界で食せるとも思っていなかったし、その事がどれほどこのお茶菓子がすごい物であるか伺える。

 だがしかし、俺はすでに前世で食べてしまっているのである。

 日本が世界に誇る白あんを混ぜて作ったあのクッキーを。


 あのしっとりとした触感、優しい甘さ、今まで食べたどのクッキーと比べても同じ触感や味は無くまさに唯一無二でありあれを一度でも食べたら元の、このクッキーを知る前の自分に戻ることなど出来ようもない。

 カントリーマダム。

 このクッキーこそ至高にして頂点。

 今この場にあるクッキーが頂点などと片腹痛い。

 

 そして俺はこの迷える子羊達に頂点とは何ぞやという事を懐から出した「バニラ」「ココア」と書かれたパッケージが施された赤と白、二種類の袋に入っているクッキーを分け与えてやる事にした。





 俺は後悔していた。

 まさかたかがクッキー二枚でこんな事になるとは誰が想像できようか。


 俺の目の前にはクッキーを与えられた事により迷える子羊から迷う事をしなくなった羊へと変貌した少女達がまるで親鳥から餌をもらおうとする鳥の雛かのように俺へと群がっておりカントリーマダムを催促してくる。

 当然その中にはレミリアとヒルデガルド混ざっており「も、もう無いのかの?もしまだ残っておるのなら私にくれないか?そのためなら私はなんだってするぞっ」「お代りが欲しいですと申しますっご主人様っ!私はあのクッキーの為なら例え神であろうとも闘いますっ!」などとカントリーマダムを催促してくる。

 それは他の少女達も同様で自分はカントリーマダムの為なら何が出来るかをアピールする場と成り果てていた。









「ダーリン、私カントリーマダム貰ってないんですけどー?」


翌日、魔術の訓練実技の授業中俺は魔力ゼロという事で演習場の端で見学しているのだがシエルがカントリーマダムを自分だけ貰っていないと催促してくる。


「あー、私だけ除け者ですかぁー。寂しいなぁー。私彼女なのにむぐぅっ!?」


 朝からこの調子なので鬱陶しいと言うのもあるが確かに除け者は可愛そうな為シエルの口目掛けてカントリーマダムをぶち込んでやると「な、何これ何これぇーっ!!」と叫んでしまう程ご満悦のようで何よりだ。

 そしてカントリーマダムを与えられたシエルを見てヒルデガルドがお座りをしながら私もオヤツが欲しいと目で訴えてくる犬のような表情でこちらを見つめて来るのでその視線には気付いて居ない風を装い無視する。

 こういう時に可愛そうだからと何もしていないのに褒美を与えると強請れば貰えると覚えてしまい後の躾けが大変になる為グッと我慢である。


「おい魔無し、ここで何をやっているんだ?ここは魔術の練習をする場所でありお前みたいな魔無しが居て良い場所じゃないんだよ。分かったらサッサと失せろ。目障りなんだよさっきから」

「そんな規則は無かった筈では?」


 そんなある意味平和なマッタリとした時間を過ごしていた時、純白の制服に金色の糸で縫われた校章が施された制服を着た男性が俺の元へ来ると魔力を持たない俺に今すぐ演習場から出て行けと高圧的な態度で開口一番宣ってくる。

 そんな彼の前に本日の俺当番であろう四名の女性陣が自らの身体をバリケードをにし、そに中のリーダー格であろう女性がそんな規則は無いと反論をする。


「はっ、魔無しは戦えないから女の子に守って貰うってかっ?ダセーなぁオイ。もう一度言う、失せろ。次は無い………は?」

「我が御主人様への侮辱、貴様の命を持って償って貰っても良いのですけど?次一言でも我が御主人様の侮辱を言ってみろ。身体と頭が離れ離れになると思う事です」


 しかし、女性に守られているようなこの光景は彼にとって侮辱できるアイテムの一つとして認識されてしまい更に俺を馬鹿にするような発言をしてくるのだが、その言葉を言い切る前に首元に突き出されているヒルデガルドによって抜刀された白銀に輝く剣先によりその先の言葉を言う事が出来ないようである。

 そんな光景に俺当番の女性陣達が口々に「イキって来た割には強い人の前では黙ってしまうとかダサ」「自分よりも弱い女子どもにしか喧嘩売れないような男とか人としてサイテー」「そもそも校則違反でも無いのに暴力で従わせようとするとかクズじゃん」「学園の面汚しだわ。このような方は是非退学して頂きたいですね」などと言いたい放題である。


 そんな状況に件の男性は怒りと恐怖という感情を器用にその顔に表していた。


「やめろ」

「しかし御主人様、私は御主人様の事をバカにされた事を許せそうにありません」

「やめろと言っている」

「わ、分かりました」


 そしてその男性の態度に今にも首を切り落としそうなヒルデガルドを何とか諌め剣を引かせると男性は命の危機から解放されて恐怖から安堵の表情を滲ませると腰が砕けたのかドシャリと音を立てて崩れ落ちる。


「うちの者が失礼しました」


 先に喧嘩を売られた事は確かなのだが、だがしかしこれは些かやり過ぎであると思う為とりあえず謝罪し頭を下げる。


「俺を誰だと思ってやがるっ!こ、こんな事で許されると思うなよっ!!」


 いや誰だよ。と思いつつ相手するだけ時間の無駄だと聞き流す。

 それよりも隣のヒルデガルドと俺当番である女性陣達をどうやって諌めるか考える事の方が有意義である。


「ちょっとそこの貴方、この方が学園序列第三位であるクロムエル・シュベルト様であると知ってそのような態度を取っているのかしら?」


 とりあえずヒルデガルドの頭を撫でてみるか、などと思っていた時貴婦人という言葉が似合う青髪の似合う凛とした女性が尻餅をついている件の男性に手を差し伸べて立たせた後この男性がクロムエル・シュベルトでありこの学園序列第三位の実力であるという事、そして序列第三位にそのような態度を取って良いのかと問うてくる。

 それと共にどこから湧いて来たのかクロムエルの取り巻きであろう女性達が現れて俺達を睨み付けてくる。

 そして気が付けばいつのまにか俺のファンクラブ会員だという女性達まで加わりどこのヤンキー漫画だよと突っ込みたくなる光景が出来上がっていた。

 ちなみに俺側の女性陣達は皆制服の上に黒いポンチョの様な物を羽織っている為側から見ると黒と白の勢力図が見て取れるであろう。

 因みに俺は考える事をやめてヒルデガルドの頭を撫でている。

 ヒルデガルドはヒルデガルドで最早目の前のクロムエルに興味が無くなったのか実に幸せそうな表情で撫でられている。


 因みに俺のファンクラブサイドの中、その端っこにてマリアがいる事が伺える。

 一応気付かれない様に恐らく伊達眼鏡であろう眼鏡をかけており、ツバの大きな帽子を目深めに被ってはいるのだがその特徴的なまな板と金髪ドリルヘアーの組み合わせで丸わかりである。

 因みに学園序列一位はレミリアで二位は生徒会長である。


てか俺にファンクラブが出来ているっていう事実初耳なんですけどっ!?


「そうですね、俺は最近編入して来たばかりですので知らないうちに何か失礼な事をしていたというのであれば謝罪いたします。しかしながら今回の件に関しましてはそちらクロムエル・シュベルトの苦情内容につきましてはこちら側に何一つ苦情を言われなければならないような内容ではないと判断致しますため、今回の件に関しましてはそちらの苦情内容をお受けする事及び謝罪はできかねます」


 いち日本人として例え自分が悪くなくとも一旦謝罪してその場を収めたくなるのだがそれは言い換えれば問題の先送りしかならず、さらにここで自分が悪かったと謝罪してしまった場合俺は一生この演習場へ入る事が出来なくなるのである。

 はっきり言ってそれは困る上にこのクロムエル・シュベルトとか言う奴にこれからある事ない事突っかかられてもそれはそれでウザいの一言である。


 であるならばこの場を穏便に済まそうとする欲求を一旦思考の隅に追いやり相手の要求は飲めないとキッパリと言い切ると同時に自分には非が無く相手が間違っているという事、そして丁寧に言っている風を装って相手の名前を呼び捨てにし煽って行く。


 恐らくクロムエル・シュベルトという人間は立場的に偉い人の息子か何かなのであろう。

 加えてあのルックスである。

 今まではその強引な解釈でまかり通って来たであろう。

 しかしここに来て自分に反発し反論し敬称もなく呼び捨てにされた経験は無いのであろう事が今までの態度、そして彼の周りの取り巻き達からその事がありありとうかがえて来る。

 

「貴様、公後悔してももう遅いぞっ!例え謝ったとしても許されると思うなよっ!!魔力無しの平民風情が貴族に、それもこの俺様にこのような侮辱的な態度を取ったらどうなるかあの世で後悔しやがれっ!!【火炎弾】!!」


 そしてクロムエル・シュベルトは俺の想像通りに激高し、その感情をコントロールできず叫び散らした後俺へ目掛けて攻撃魔術を撃ち放ってくる。

 自分の感情をコントールできず振り回され周りが見えなくなり冷静に物事を判断できなくなった相手程御しやすい相手はいないと俺は思っている。

 そしてそうなってしまった人間はその感情を刺激してやるだけで思いのままコントロールする事ができる。


「このしょぼい魔術が火炎弾だと?火の粉、いや火種の間違いなのではないのか」


 という訳で俺はクロムエル・シュベルトが打ち放って来た魔術である火炎弾をまるで火の粉を払うかのように手で軽く払い俺の能力でもって打ち消す。

 

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