第18話日本人故の感情

「それで、シエル………クロードとやらは強いのか?」


 背後でシャルルが約四名ほどに羽交い絞めの上手足を拘束されながら暴れているのだがそんな光景など視界には映っていないと言わんばかりにガン無視を決め込んだ帝国騎士団団長であるローレンツがシャルルと同じ質問をしてくるのでさすがにちゃんと答える事にする。

 さすがに子供じゃあるまいし二回連続で言葉のキャッチボールで暴投はしない。

 あえて言うならばシャルルであったからピンポイントに突き刺さるような個所へ暴投もとい狙い澄まして全力投球したとも言える。

 過去にシャルルに彼氏が出来た時の事を私は忘れてなどいないのだ。

 まあその彼氏も一日で別れてしまったというのだからお気の毒ではあるしそれを肴に一週間はお酒が美味く飲めたのだがそれはそれこれはこれである。


「そうですね、実際に私はダーリンが戦っている所を見たことが無いので何とも言えませんがレミリア様やヒルデガルドさんをあそこまで魅了させる程の強さは最低でもあると思って間違いないと思いますよ」

「ふむ、確証は持てないという事か。レミリア様とヒルデガルドへ直接聞くしかないようだな。意見を聞かせて頂き感謝する」

「わざとでしょっ!あんたやっぱり私の言葉を理解しておきながらわざと私に自分の彼氏自慢したんでしょぉおっ!!」

「落ち着いてくださいシャルルさんっ!!落ち着いてっ!あ、こら何を撃とうとしてるんですかっ!?それ攻撃魔法ですよねっ!?しかも上位のっ!!止めてくださいっ!!その杖を下して一旦俺に預けてくださいっ!!」

「いえ、こちらこそもお力添え出来なくて申し訳ございません」


 私がそう真面目に答えると後ろで誰かが大声で騒いでいるのだが私とローレンツはまるで聞こえないかのように会話を続ける。

 こういうTPOをわきまえる事ができない人は反応すれば反応するだけ跳ね返ってくるので相手にしないのが一番であると私は思っている。


「しかし、今回の犯人は王国の第二王子であるルイスが黒幕であると断定するのは少し危ないきがするのじゃがのう。追加捜査しなくてよいのかの?」

「私もそう思いますが、しかしながら証拠が全くございませんのでこれ以上王国へ捜査員を送り、第二王子について捜査するのは我々帝国側が被害国から加害国へと他国の印象が変わってしまう恐れがございます。それこそ今回の事件は帝国が仕組んだものなんじゃないかと疑わる可能性も出てきますのでなかなか………」


 帝国お抱えである大魔導師ダンディード・ヴァランが白く立派な長い髭を撫でながら今回の事件、黒幕はルイス第二王子ではなく他にいるのではないか。また、このまま今回の事件を終わらせるのは危険ではないのかという意見を述べるが皇帝側近件秘書であるルルアナによりこれ以上は何もできないと、その理由とともに述べられる。


「ふむぅ、やはり第二王子とはいえ一国の王子を裏で操るだけの事はあるわい。なかなかに手強いのう」

「しかしこちらはクロード様が新たに手札に加わりました。この手札がどれ程のものか分かりませんが使える手札は多ければ多いに越した事はありません。レミリア様とクロード様が婚約なさった事がまさかこんなに早くその有り難みを実感できるとは思いませんでしたけど」


それこそ今この時期にレミリア様とクロード様が婚約していなかったと思うと想像するだけで二人はゾッとし身震いしてしまう。

 もしレミリア様とクロード様が婚約されていなければフレール家が治める王国側の帝国領土は奪われ、フレール家は王国側に回っていたであろう。

 それだけならばまだ良いのだが恐らくこの勢いのまま戦争へ、そして今の帝国では良くて半分の領土を、最悪全領土を王国に奪われ帝国は滅びてしまっていたであろう。


 しかしながらルイス第二王子を帝国が犯罪者として手元に置いている限りいつ戦争が始まってもおかしくはないのだが。


「なら逆に王国を潰すまでも疲弊させて戦争どころではない状態にすれば良いのでは?」


 帝国始まって以来最大の危機である故にシャルルと違い事の重大性を理解している者により空気がピリついている中私はダーリンの話を思い出しながら意見を投じる。


「それができないからこんなにも悩むのではないですか、シエルさん」

「簡単じゃないですか。ルイス第二王子を保釈金を王国から貰った上で王国に返還すれば良いんですよ。それも第一王子の言い値の金額で」

「それこそ無意味なんじゃ………第二王子を第一王子の言い値で返還する事に一体何の意味があるというのです」

「最低でも第二王子派と第一王子派で完璧に分裂するでしょう。うまくいけばそこにクーデターを狙う第三勢力、何とか昔のように表面上だけでも一つに纏めてようとする勢力等様々な勢力が生まれます。君主制である限りそれだけで国は動けなくなりますし国自体が無くなる可能性だってあります」


 それだけに第二王子のやった事は良くも悪くも大き過ぎたという事であろう。


「なるほど、王国内部を分裂させ混乱に招き外の事どころでは無くせば良いということですな。しかしじゃ、この方法は下手をすればこれをきっかけに王国を一つに纏め上げてしまう危険性もあると思うのじゃが」

「人間というもには非常に欲深い生き物でございます。第二王子がマリアからアンネに鞍替えしている段階で作戦は恐らく最終段階。故に今回の企みに投資した金額も馬鹿にならない金額である事は間違いございません。金銭で安全安心を買えるのならば安いものでしょうしね。その失敗を取り返せる可能性があるのならば引き返す事など出来ようございません」


 それに、と私は続ける。


「これを利用してルイス王子を餌にすれば今回の当事者を一網打尽にできる可能性もございます」

「お、お主は天才か………」

「これは、早急に策を練り固める必要がありますね。一度皇帝陛下へシエルさんが話して下さった内容についてご報告させて頂きますので話し合いの途中ではございますが城へ戻らせて頂きます。ダンディードも一緒に帰りますよっ!」


 ダンディードとルルアナは私の話を聞き終えた後大慌てで城へと帰る支度をし始める。

 それを見た私はやっと会議が終わりそうな雰囲気に乗じて誰にも気づかれずにギルドの会議室を急いで後にする。


 そして私はダーリンが宿泊している学生寮へと向かい念入りに歯磨きをする事で心をリフレッシュするのであった。





 今現在放課後の空いた時間を利用して俺は学園の図書室にて帝国の歴史を調べていた。

 

 帝国の歴史は古く、約六百年前に周辺の三国を合併する形で出来上がってから今まで幾度の戦争を繰り広げる事により周辺国家をのみ込み領土を広げ現在の形になった。

 しかしここ百五十年は戦争で負ける事はあまりないのだが逆に勝利する事もあまり無く現在の国境線で周辺国と拮抗している状態である。


 絶対君主制で六百年も国を維持できた事だけでも奇跡に近いのだが、いかせん領土を広げすぎたせいで様々な事がスムーズにいかないだけではなく領土問題、民族問題、宗教問題、そして周辺諸国の問題と国が大きくなればなるほどそれらの問題も大きくなっていく。

 地球の歴史においても領土を広げすぎた結果国自体が無くなった国は多数存在する。

 そしてその大きくなりすぎた国を維持するには結局のところ武力でしかないのだがこと帝国はここ最近の戦争の結果からしても国を維持するだけの武力は無いように思える。

 これでは帝国が滅ぶのも時間の問題であろう。


 まあだからと言って俺が何かする訳でもないのだが、今自分が暮らしている国の事を知らないよりは遥かにましであろう。


 過去、世界の四分の一を手に入れたモンゴルみたいに優秀な息子を複数作り、その子供たちに国を分け統治させる方法などもあるにはあるのだが子供全員が優秀でなくてはならい為何らかの奇跡が起こらない限りは無理であろう。


 またこういう場合は宗教で纏めるのが一番無難ではあるものの、さまざまな文化民族宗教と既に多様化しておりそれを一纏めにするだけの力も無い。


そこまで考えたところで俺には関係ないけど、と一旦思考を停止し深く息を吐く。


「クロード様、お茶をお淹れ致しました」

「ありがとう」


とりあえず今現在俺が考えなければならない事はこの、何を言うでもなく欲しい時に欲しいものが差し出される状況である。

 はっきり言って普通と言われれば返答に困るのだが庶民と言われれば返答に困らないくらいには前世の俺は庶民であった。

 故にこの痒い所に手が届く環境が逆に窮屈すぎて全身が痒くなるのである。

 別にこの環境が嫌かと聞かれると嫌ではないのだが痒いところに手が届く方法、他人の手で届かないところを掻かせるというのが堪らなく居心地が悪く感じてしまい嫌なのである。

 だったら孫の手使うわ、と。


 この感情は良くも悪くも庶民の価値観を持ち尚且つ日本人故の感情であろう。


 育ちとDNA。

 それすなわちどうしようもないという事である為この環境に慣れてしまうという事はいの一番に放棄したが、だったら逆にこの環境を終わらせれば良いとなるほど自体は単純ではない。


 以前、一度こういう事が苦手だからと遠回しに俺の取り巻きへ伝えたのだがその時の取り巻き達が(なぜか四人ひと組交代制)この世の終わりかのような表情をした後大粒の涙を流し始めたのでる。


 ほら、俺って女性の涙によわいじゃん。


 と格好良く言えれば良いのだが結局のところどこまで行っても、例え異世界に来ようと日本人は日本人であり自分よりも他人の顔を窺って生きる事無かれ主義なのである。


 けして俺が優柔不断だからとか断る勇気が無い臆病者であるとかでは決してない。

 全ては育ちと日本人のDNAが原因なのである。


「あ、ご主人様。このお茶菓子美味しいですよっ!!」


 そんな、現実逃避している時にヒルデガルドがお茶と共に出されたお茶菓子を頬張り、その味の感想を述べる。

 確かヒルデガルドは俺の奴隷希望だったきがするのだがそんな奴が主人よりも先に主人に出されたお茶菓子を食べるという光景に一瞬躾が必要であると思ってしまうがその思考を消し去る。

 奴隷だから奴隷らしくしろといのは本来嫌であるはずであるにも関わらず本来しなければならない事をしないという事に苛立ちを覚えるのは日本人故であろう。

 恐らくこれはそこを突かれたヒルデガルドの罠に違いない。

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