第9話魔術学園とは
「それ、俺の使っていた歯ブラシ………だよな?」
このたった一言、十秒にも満たないその言葉を言うのに俺の精神と体力はごっそりと消費され、またシエルが答えるまでの間もまた精神と体力がものすごいスピードでもって削られていく。
そして恐らくであるが間違いなくシエルの答えによってさらに俺の精神と体力は削られてしまうであろう。
そんな嫌な予感により俺は冷や汗が止まらない。
「き、気のせいですよ」
そしておれの問いに対してシエルは見るからに狼狽し始め、あさっての方向を見ながらそんな事をのたまう。
その顔は汗でびっしょりと濡れておりもはや俺の中でクロ確定である。
「あ、手が滑っちゃいましたー……っ!」
そんな大根役者もびっくりな棒読みによりシエルは落ちた歯ブラシを残像が残る程の速さで拾うと次の瞬間『ボッ』という音と共にシエルが放ったであろう火の魔術により跡形もなくその証拠はこの世から抹消された。
「すいませんダーリン。うっかり手が滑ちゃって燃やしちゃった」
「てへ」と可愛く首をかしげこつんと自分に拳骨をかますシエルの、普段のギルド職員然としたできるOL風からくるギャップに若干ときめきそうになるもそこはぐっとこらえる。
「すいませんじゃなくてすみませんだけどな。てかもうそういう問題でもないし……」
「でも私のうっかりで現物が無くなったんですからもう分からなくなっちゃいましたね」
「うわ、ストーカーとかしてたんですかぁ? シエルさん。引きますぅー。ご主人様、こんな変態と一緒にいたら変態が移ってしまいますから早くここからでましょうっ」
「あんたに言われたくはないわよこのド変態マゾヒズムッ!!」
そう。
もうそういう問題ではないのである。
今ここでドングリの背比べのような言い合いをしている二人は疑う事なき頭のおかしい変態であったのである。
あの瞬間、シエルというオアシスは砂漠にある蜃気楼のごとく消え去って行った。
「旦那様ぁっ!! 嫁である私が来てやったぞっ!!」
いや、頭のおかしな変態は三人だったか。
その三人目のイカレた変態がギルドの入り口両開きの扉を勢いよく開け放つとその勢いのまま「旦那様」などとのたまい俺の方へと、急ぎたいが学校の廊下の為走る事が出来ないクラスに一人はいる優等生女子生徒かのように速足で近づいてくる。
その姿のレミリアを見て当初予定していたよりも俺の精神と体力は激しく削られて行く。
「誰が旦那様だ誰がっ」
「ん? クロード様に決まっておろう。おかしな事を言うではないか」
いや、お前がおかしな事を言ってんだけどなっ!とレミリアの脳に確りと届くように抗議したいが、悔しいがその方法が分からない。
恐らく言ったところで梨の礫であろう。
「そんなことよりも旦那様っ! これから我が国が誇る魔術学園に行くぞっ!」
「そんな事ってどんな事なんですかねー……俺はここで適当に暮らして行きたいんすけどねー……自堕落に生きれるだけのお金は既に稼げますし今更魔術学園?なんかに行く必要が分かりませんねー……だって現に自立してますし?」
「そうですそうですっ! 御主人様の強さならば今更他人に教えを乞う必要もないですっ! むしろ教える方だと思いますっ!」
「既に自立しているダーリンがわざわざ学園に行く必要性が分かりませんが?」
こんな時だけはこの二人の変態が頼もしく思ってしまう。
しかしながら本当に今更俺が魔術学園とやらに行く必要性を感じない。
せっかくこの街にもお金の稼ぎ方にも慣れて来た上に、なんといってももう少しで冒険者〔仮〕から〔仮〕が外れてやっと冒険者になれるのである。
それにレミリアが誘って来る学園とか罠に決まっている。
そんな所に行くわけがない上に罠と知ってわざわざ引っかかってやる気もサラサラない。
そしてなんといってもこの俺自身が自分の能力と前世で得た経験と知識のせいで魔術を扱えるはずがないのである。
故に魔術と名のついている限り俺がその学園に行く必要が無いのである。
「いやいや、そう言うと思って私が何もしていないとでも思ったかい? 旦那様」
「い、いやでもな……そもそも俺は魔術が使えないから入学するしない以前の問題だと思うんだが?」
しかしレミリアは俺や変態二人から魔術学園には行かない行かせない行かさせないと言われてもなお余裕めいた表情を崩す事なく既に策は打ってあるというでは無いか。
その余裕の笑みたるや俺が魔術を使えないと言っても崩れる事なく尚自信満々である。
「何を言っているのだ旦那様。未来の王族である旦那様がたかが魔術が使えないくらいで魔術学園に入れない訳がなかろう」
魔術学園の魔術とは一体何を指す言葉なのだろうか。
「それに将来的に王族になる旦那様の肩書きが元冒険者だけではちと格好がつかないゆえ魔術学園卒業という箔をつける為にも是非旦那様を入学させて欲しいと頼みながら懐の刀を少しだけ抜き出し、その刀身を光らせてやれば所物分かりの良い学園長は快くその事を了承してくれたぞ」
それって最早脅迫なんじゃないんすかねと思うも口にしない。
言ったところで何も変わらない事はこの世界に来てから身にしみて理解しているからである。
「はぁ……どうせ他国や王族の身内や貴族にはもう俺が魔術学園に入る事は言ってるんだろ? 分かった分かった。行くよ魔術学園とやらに」
取り敢えず入学はするが登校するとは言ってない。
最悪朝と夕方の出席だけ取って授業には出ないという、いわゆる中抜けという方法もある。
単位や出席日数などが学園生活にどのような影響があるのかは分からないのだが退学になったらなったでどうにでもなるだろう。
そして大穴として学生以外は魔術学園へ入れない等の規則があった場合この変態共と距離を置ける可能性もゼロでは無いだろう。
そうなのならば俺は恐らく真面目に学園へ通い勉学に励む事により第二の青春を謳歌するであろう。
むしろ魔術学園から一歩も出ない自信がある。
「では今から魔術学園に行って校長へ挨拶をしに行こうではないかっ!」
「は?今からかよ」
「善は急げと言うだろ? それに早く旦那様と学園生活を謳歌したいのだっ!」
「急がば回れという言葉もあるけどなっ!」
あんまりにもいきなりだったため思わ素で返してしまう。
これではまるで誕生日のプレゼントを買いに行く事を急かす男の子のようでは無いか。
一国の王女とはと問いただしたい気分である。
しかしながら先程同様に断ったところで、最悪癇癪を起こしそうなのでそこは素直に従う事にする。
このあたり事なかれ主義である日本人故の悪い癖だな、と思うのであった。
◆
「旦那様が来るのは当たり前だとして、何でお主らも一緒にここに来ておるのだっ!?」
「いや、私は御主人様のペットですし」
「私は一保護者件身元請負人としてですね」
現在俺たちは魔術学園の校長室にいる。
校長室と言う位であるからかなり豪華な作りになっており床は大理石にペルシャ絨毯のような物が敷かれており壁棚には装飾品や骨董品などが飾られ、天井にはシャンデリア、窓には暑い生地の真っ赤なカーテンなどなど、何処ぞの小国の王の部屋であると言われても信じてしまいそうである。
そんな部屋の主である、大きな浅黒い机とふかふかそうなこれまた大きな椅子に座っている大魔術師のような白髭を蓄えた校長であろう人物を差し置いて変態三娘達が姦しくも口論を始める。
「そして当然ペットですから御主人様と一緒に学園生活を謳歌しますよ。勿論同じ寮の同じ部屋で寝泊まりします。何故ならば私は御主人様のペットですからっ!」
ヒルデガルドが勝ち誇ったかのように胸を仰け反り自慢の金の板をレミリアに見せびらかす。
「私も当然ダーリンと一緒に過ごしますよ? 実は既にダーリンとの冒険者パーティー登録は済んでおりますから同じパーティーメンバーですし、身元請負人の登録をする際ついでにダーリンの使用人、いわゆるメイドとしても登録してますからね………これで堂々と侵入できますしね」
シエルが悪びれもせず明らかな職権濫用の数々を自慢げに語っていく。
後半なんだか恐ろしい言葉が聞こえた気がするが気のせいであろう。
「ぐぬぬぬ………っ。ひ、ヒルデガルドは百歩譲って言ってることは分からなくも無いがシエル、お主はギルドの仕事があるでは無いかっ!」
「そうですよっ! それに使用人だと私とキャラが被ってしまうじゃないですかっ!!」
「ギルドに話は全て通してますから大丈夫ですよ」
「そもそも安全面で考えても学生じゃない人物がこの学園に入って良い訳がなかろう! 王族や貴族の子供達もおるのだぞ! それにこれでは私の旦那様を独り占めできないではないかっ!」
いやもうペットもどうかと思うとかキャラ被りとか気にするんだなとかギルドの仕事って意外と緩いのかなとか別に独り占めする必要はないんじゃないかなとか思うが口にはしない。
口にすればややこしくなりそうでもあるのだがだからこそ校長という存在に全てを託す。
さあ言っておやりなさい。「学園として不純異性交友を認める訳にはいかない」とか何とか適当な事をそれっぽく言っておやりなさい。
そんな事を思っていると今まで置物として気配を消していた校長がついに口を開く。
「ヒルデガルドさんはこの学園の卒業生であり S S Sランクの冒険者ですし、シエルさんは冒険者ギルドの受付嬢。そのお二人の経験や知識等はこの学園にとって有意義な存在となうでしょう。あと、皆様の寝泊まりする場所はレミリア様と同じ場所に致しましょう。確かレミリア様の使用人達の部屋以外にも現在丁度三部屋空いていましたよね? あ、あと中途編入という形になりますがクロードさんの学年と教室はレミリア様と同じ二年一組に致します。早速明日から、と言いたいところですが必要な物を揃える時間も必要でしょうからクロードさんの編入日は一週間後に致しましょう。一週間後、クロードさんは朝七時に一度校長室へいらしてください」
校長はフォフォフォっと言いながら好々爺宜しく、孫に優しい祖父のような威厳も糞もない対応を提示して「では今日のところは解散」などとのたまう。
はっきり言ってこの変態三人と同じ屋根の下で暮らすという危険性をこの校長は分かっていない。
しかもこのままではサボるどころか中抜けもできそうにない上に当初期待していた俺のプライベートスペースもプライベートな時間すらも無いでは無いか。
とんだ期待はずれも良いところである。
「納得はいかぬが英雄色を好むと言うしな、妾や愛人の一人や二人くらい眼を瞑るぐらいの器は妻として持ち合わせておる故今は旦那様が一緒の学園に通え一緒の部屋で寝泊まりできる事を喜ぶとしよう」
「何さらっと一緒の部屋で寝泊まりする事になってんだよ」
そしてレミリアは諦めたフリして次の一手をさらりと打ってくるためそのフラグを早々にへし折る。
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