第7話よくはねーよ

「ご主人様の意向を無視して無理やりだなんて……そんな事は認めないですっ!」


 もはや近隣諸国にまで話が伝わっているのならばもうどうしようもないなと半ば諦めかけた時、ヒルデガルドが俺をレミリアから隠すように前に出るとご主人様を守る忠犬よろしく反論をする。


「そんな事は関係ないぞ。クロード様がどう思っていようともはや私と許嫁になる事は決定事項だ。それにお母様も常に言っておった。こと恋愛は頭脳の戦争であると」

「しかし、王族の方が庶民と結婚なんて前代未聞です!聞いたことがありませんっ!」

「それも問題ないぞ。クロード様はこの私より強い時点で国はクロード様を他国に渡したくはない上に首輪も付けておきたいのだ。私と結婚すればその全てが解決する。そもそも前例が無ければ新たに作れば良いだけだぞ」

「なんなんですかなんなんですかっ!? 貴族や王族は民を導く尊いお方達ではないのですかっ!?」

「クロード様がこの国にいる間は、武力面では間違いなくこの国に平和が訪れる。もちろん戦争も無くなり国の男達が徴収される事も無くなり、戦争による未亡人も戦争孤児もいなくなる。民にとっても国にとっても良い事ばかりではないか。しかし、仮に、万が一、絶対ないと思うのだがクロード様が他国、それも隣国へ渡った場合、戦争が起きない保証はない。むしろ間違いなく起こるであろう。つまりだ、犬っころ。クロード様と私が結婚する事はもはやそういう運命なのだ。あきらめよ」


 そして反論するヒルデガルドの言葉をことごとく返す刀で切って落としていくレミリア。

 はっきり言ってヒルデガルドもある種似た者同士だとは思うものの言ってしまうとただでさえ面倒くさいこの場面がより面倒くさくなる事は容易に想像できるため思うだけでとどめておく。


「あの、クロードさんクロードさん」


 そんな二人の口撃の応酬を無の心で眺めているとシエルさんがちょんちょんとおれの裾を引っ張りながら小声で呼んでくる。

 

「逃げるなら今のうちだと思いますので、ギルドの裏口から出ませんか? あと、宿泊先も変えた方が良いと思いまして新たに手配しております」


 俺は感動した。

 今目の前で、もはや只の悪口の罵り合いと化している二人と違いシエルさんは実にまともな女性であった。

 やはり結婚するならばこういう女性が良いとつい思ってしまうが、そのまま流されて恋心を抱いてしまう童貞とは違うのでそこは惚れてしまわないようにぐっとこらえる。


「あ、ありがとう。シエル」


 そして俺はシエルに教えて貰った宿へとたどり着くと既に話は通しているらしく、そのまま再奥の個室へと案内される。

 なんだか今までが濃すぎたせいで静かで落ち着いた空間が久し振りに感じてしまう。

 そうなってしまった原因は何かと考えて見ると、シエルとの関係もレミリア、ヒルデガルドとの関係も全て元を正せば俺の危機管理の低さと軽率な行動の結果であると言えよう。


 そう考え一人反省会をする。


 シエルさんとヒルデガルドは素直に謝罪すれば何とか許してくれそうな気はしないでもない。

 それはそれで人として最低であると理解はしているのだが、それ以上に今の関係をずるずると長引かせる方がもっと最低である事ぐらいは理解しているつもりである。

 そう、俺は自分のストライクゾーンに入っていれば誰でもいいから好きでもない相手であろうと付き合いたいなどと思う童貞ではない。


 しかし、問題はレミリアである。

 こればっかりは俺の能力でどうこう出来る問題ではない──国を壊滅させるなどの解決方法はいち人間としてやるつもりは無い。

 それは脅迫もである。


 そもそもこの世界、この国の貴族のルールなどを知らない時点で打てる手があるのかないのかすらも分からない為、いくら考えようと何も案は出てこない。


 とりあえずいくら考えても出ないものは出ないと開き直り寝る事にするのであった。





 寝ましたかねぇ。


 現時刻は深夜の二時、泣く子も寝静まる丑三つ時である。

 そんな時間に私は魔術で聴力を上げると壁に耳を押し付けて隣の部屋の生活音を聴き入り早四時間。

 既に隣の部屋の生活音は聞こえなくなり、代わりに聴こえてくるのは規則正しい寝息である。


 どうやらクロードさんは寝ているようである。

 その事を隣から聴こえてくる寝息から確認すると耳を当ててる壁が音も無くクルッと半回転する。

 そして私はそろり、そろそろと足音を立てずに暗闇の中を歩き出すとまずは洗面所へと足を進める。

 そこにあるは使い終わった歯ブラシ。

 それを真っ先に手に取ると躊躇いもなく口に入れる。


 あぁっ、私は今クロードさんと間接キスをぉぉおおっ!!!


 ヤバイ。

 何回、何度、幾度やってもヤバイ。

 脳が溶けてしまいそうな感覚に陥り一瞬トリップしてしまうもまだまだやるべき事はある為鋼の意思で思考をクリアにする。

 とりあえず、この歯ブラシは懐にしまうと歯ブラシがあった場所に私が使った歯ブラシを代わりに置くと、今度はトイレへと向かう。


 毛は落ちていない……と。


 確認を終えた私は次にクロードさんの洗濯物を纏めてある籠がある場所へと移動すると下着を手に取り顔に埋めて深呼吸一つ。


 すぅぅぅううううううううううううううううううう……………はぁぁぁあああっ。


 この芳しくも芳醇な香り、最早癖になってしまっている。

 小一時間堪能するとバレてはいけない為名残惜しくも洗濯カゴへとしまい、次に向かうはメインディッシュである。


 そろりそろりと私はメインディッシュに向け気配を消して向かう。

 そこに見えるは気持ちよさそうに未だ眠っているクロード様の後尊顔と規則正しく上下するお身体。

 それを見るだけで私は我慢が出来ずクロード様の唇へと自分の唇を近付けていくと触れるだけのキスをする。

 しかし当然ながらそれだけでは終わるはずもなく、次についばむようなキスを、そしてそのあとにがっつりとキスをする。

 欲を言えばディープなキスをしたいのだがここはぐっと我慢である。


 そのあと小一時間キスを、さらに小一時間クロード様の寝顔を堪能し、空が白んで来た為私は部屋のゴミ箱の中身を全て回収し終えると隣に借りている自分の部屋へとシエルは移動するのであった。





 朝、心地よい日差しが俺を照らす。

 なんだか口周りが臭いような気がするので洗面所にて顔を洗い、歯磨きをする。


 最近朝起きるとよだれが垂れているので今度こそは注意して寝ようと思いながら歯ブラシを洗いコップへ置く────そこで俺はとある違和感に気づく。

 今使っていた歯ブラシなのだが昨日使った歯ブラシと若干違う事に気付いたのである。

 この世界は歯ブラシこそあるものの前世みたいに全く同じものを大量に作る技術は無く、また当然のようにプラスチックも無い為竹の板の先を箒状にしたものなのだが、当然ながら同じものはこの世に存在しない。

 そして昨日俺が使用していた歯ブラシと今俺が置いた歯ブラシの形が明らかに違うのである。


 その事に気付いた俺は一気にいやな汗が体中から噴き出してくる。

 昨日、この部屋に間違いなく俺ではない誰かが来てなぜだか知らないが歯ブラシを別の予備へと交換した事は間違いが無い。


 そして俺は間違いであってほしいと願いながら恐る恐る自分の部屋のゴミ箱へと視線を移すと、そこには確かに捨てたはずのゴミが無くなっていたのである。


 きっと俺が寝ているうちにここのホテルのハウスキーパーが来てくれて清掃してくれたに違いない。


 そう思いこもうとするも真夜中の深夜に来るという圧倒的な違和感の前では思い込む事も出来ない。 


 いったい誰が?


 その答えは直ぐに脳裏に浮かんだのだがそれこそそんな馬鹿なと一蹴する。

 ここは異世界なのである。

 であれば何らかの魔術ないしスキルを利用して俺の宿を一晩のうちに特定し忍び込むことぐらいできるのではないか?

 きっとそうである。そうに違いない。思い返せばあのヒルデガルドという女性も怪しいではないか。


 しかし、ヒルデガルドの場合はたして俺の部屋へ侵入した後証拠を消すように出ていく必要はあるのだろうか?


「御主人様、おはよございますぅーっ!!」


 このように新しい宿泊施設を教えてもいない上に本人の許可も得ず勝手に俺の部屋へと侵入して来るのだ。

 わざわざ証拠を勝手に消す必要も無いだろう───え?ちょっと待って何これ普通に怖い。


「………なんで当たり前のように俺の居場所を突き止めてなんで当たり前のように俺の部屋にノックも無しに入って来てんの?」

「いふぁい、いふぁいですぅ」

「痛くしてるからな。説教だし。いいからさっさと答えて貰おうか?」


 まるで俺に褒めてもらえると思って疑わないような褒め待ちの表情をしているヒルデガルドの両の頬をつねりながらなんで俺の部屋へと許可もなく入って来たのか問いかける。

 そしてヒルデガルドは俺のつねりから解放された頬を「納得いきません」といった表情で摩りながら喋り出す。


「まったく、御主人様は恥ずかしがり屋なんですから。いいですか?私は今御主人様の奴隷、今はまだ奴隷契約をしておりませんのでペットですね。そのペットが御主人様の側にいるのは当たり前の事じゃ無いですかっ! って、いふぁいっいふぁいですぅぅっ!」


 さあ、褒めてくれと言わんばかりのドヤ顔でそんな事を宣うヒルデガルドの頬を今一度つねる。


「で、誰に教えて貰ったんだよ」

「え? そんな必要は無いですよ」

「………は?」

「ですから私には御主人様がどこにいるのか匂いや気配、オーラ などで分かっちゃいますから私。ちなみ分かるのは御主人様だけですので他人がどこにいるのかは分からないんです」


 やだ何この子。怖い。


 不思議ですよねーと首を可愛げに傾げているが内容が内容の為少し、いやかなり引いてしまうのは仕方なのない事であろう。

 とりあえずこの事についてはレミリアの件と同様に俺の能力でどうこう出来る問題でもない為、深いため息を吐きながらヒルデガルドの頭を少し乱暴にわしゃわしゃと撫でてやる。


 幸せそうな顔しやがって。


 その顔だけ見れば普通に可愛いのだが中身が中身なので恋愛感情的な可愛さではなく犬猫を愛でる可愛さなのだが。


「あのな、あの時の言葉はノリで言っただけで本気にする必要はないからな。だからヒルデガルドは奴隷契約する必要も無ければ俺のペットになる必要はないんだ」


 分かるか?とヒルデガルドに説明する。


「ああ、それなら大丈夫ですよ」

「そ、そうか。なら良かった」

「既に役所とギルドに私はクロード様の所有物。ペットまたは奴隷として新たに記録していただいておりますからっ!」

「……うん、それ間違いなく良くはねーよ」



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