第6話外堀は埋めておる

 そう言いながら兜を取った女性の顔は正に白銀の白雪ことS S Sランクであるヒルデガルド・ランゲージその人である。

 しかし、普段であればこのヒルデガルドさんはこの様な大声で荒らしくギルドへ入ってくるよう様な女性では無い筈である。

 それに、とシエルは思う。


 今日のヒルデガルドさん、薄っすらではあるものの化粧をしているわね。


 それは一目では分からない程の、そして拙い化粧ではあるものこの差が分からないようではギルドの看板娘としてトップにはなれない。

 逆に言えばギルドの看板娘のトップ、その中の一人であるシエルだからこそ分かる変化とも言えよう。


「いえ、まさかヒルデガルドさん程の者が奴隷のなったなどの話は聞いた事が無いもので……」


 私のこの言葉に今まで聞き耳を立てていた者たちから騒めきが起こり始める。

 しかし当の本人であるヒルデガルドはどこ吹く風。

 むしろ自慢げに話し始める。


「そうですか。では覚えておいて下さい。私はこの度御主人のペットもとい奴隷となりました」

「へぇー。そうですか」


 そう嬉しそうに語るヒルデガルドに若干引きつつも鉄の仮面でなんとか笑顔をキープする。

 しかし声までは我慢しきれず思わず素の声音が出てしまい下品ではあるものの大きく咳をし誤魔化す。


「そして私の御主人様は恐らくここのギルドへ来ると思いますので、御主人が私を見つけやすい様に出会った格好のままここに来たんです」


 それでいつも武具の手入れを欠かさずいつ見ても白銀に輝いているヒルデガルドさんの武具が今日に限って汚れたままなのか、と一人納得する。

 そして今のヒルデガルドを見て私は思う。

 まるで褒めて貰いたくて仕方のない犬だな──と。


「ただ今戻りました」

「ご、御主人様ぁっ!!」

「だ、ダーリンっ!!」


 その瞬間、二人の女性は瞬時に理解する。

 お互いが敵であると。





 なんだ?この状況は。


 俺のカウンターの向かい側に座っているシエルさんの表情は物凄く不機嫌そのものである。

 それがどれ程のものかと言うと、検索エンジンで不機嫌と検索すれば最初の画像にシエルさんの顔写真が来る程には不機嫌顔である。


 それに対し先程から俺の右側に座って腕を絡め身体の体重を預けてくる女性の顔は終始嬉しさがはじけている様な表情をしている。

 それは例えるならば久しぶりに飼い主と会った犬といった表現がしっくり来るだろう。


「で、ダーリン?その汚い野良犬はどこで拾ってきたのかしら?汚い上に狂犬病も怖いから山にでも捨てて来たらどうなの?」

「だ、ダーリンって……」

「まさか、ダーリンがメスゴリラ姫の婚約破棄をすると誓った時の私への愛の告白は嘘だって言うの?メスゴリラ姫との婚約を破棄して必ず私の元へ帰って来るって……」

「そ、それはだな……ほら、あれであってだな……」

「もう、恥ずかしいのは分かりますがはっきりと言って下さいよ。あ・い・し・て・る、と。女の子は口にしてくれないと不安になっちゃう生き物なんですよっ?」


 確かに、あの時必ずこのギルドへ帰って来ると言っていた。

 しかもシエルさんに会いに来るとまで言っている。

 その状況と俺とシエルさんとの会話を客観的に見てどうなのか考えてみる。


 確かに、告白をしてそれを受け入れた様にも見えなくも……ない?


 その事に気付いた俺は嫌な汗がダラダラと出始める。

 今更あれにはそんな意味で言ったのではないと言える雰囲気でもない。

 そう、完全に逃げ道は塞がれていた。

 その最大の壁として、シエルさんは普通に可愛いという「シエルさんと付き合えるにならば良いんじゃないかな?実際付き合ってみてこれからの事を考えるのもアリだと思うよ」という邪な考えが、今誠心誠意謝ればあの時の事は誤解であると伝えることが出来る最後のチャンスをガッチリとホールドして言わせてくれない。


「御主人様御主人様っ!こんな女なんかほっといてあの時の約束を守る為に早く奴隷商に行きましょうっ!」

「いや、行かないから」


 なんかシエルさんの方からペンか何かを握り潰す様な乾いた音が聞こえた気がしたのだが今はそれどころではない。

 今度は二日前ほどに助けた女性があの時の約束を果たそうと奴隷商に行こうと急かして来るのでシエルさんの時とは違いそれをキッパリと断る。

 その対応の差を見てシエルはヒルデガルドだけに聞こえるように鼻で笑い余裕の笑みから見下し、それを見たヒルデガルドが目線だけで数人殺せそうな視線をシエルに向けていることなどこの時のクロードは知らない。


「では、この首輪を付けて下さい。それだけで良いですからっ!」

「わ、わかったっ!分かったからそんなにくっつかないでくれ!!さっきから柔らかい物が当たってるんだよ!」

「やったやったです!では早速首輪をつけて下さいっ!」


 もうこう見ると散歩に行きたくて自らリードを持ってくる犬にしか見えない、などと思いながら俺は抱き着いてくる女性の手から黒い革製の首輪を引っ手繰るとそのまま女性の首に首輪をつけてやる。

 すると件の女性は尻尾があればはち切れんばかりに左右に振っているだろうと思うほどに満面の笑みと共に抱き着いて来る。


「ありがとうございますっ!今度この首輪にリードを付けてヒルデガルドを散歩へ連れて行っててくだいねっ!」


 そう嬉しそうに言うヒルデガルドという女性に最早ドン引きである。

 しかしながらそのヒルデガルドという女性は嬉しそうにはにかむと赤いリードを嬉しそうに胸に抱き「絶対ですよ?約束です!」と俺に散歩の約束を取り付けてくるそのワンシーンだけを切り取って見たならば思わず惚れてしまいそうな程に美しく、そして可愛く見える。

 しかし、サイレントに限る。


「クロード様っ!ここにクロード様はいるかっ!?」


 女性の魅力ってなんだろうなーと死んだ魚の目でヒルデガルドを眺めながらそんな事を考えていると俺の名前を叫びながらギルドの扉が勢い良く開く。


「やっぱりここにいたのかクロード様っ!あの後探したんだぞっ!さぁ顔見せも終わった所だ。後は教会で婚姻の儀式をしに行こうではないかっ!何、王城まで戻るのが面倒と言うのであればこの街の教会でも私は一向に構わないぞっ!」


 燃える様なウェーブのかかった赤い髪に、赤を中心に作られた女性らしい美しくも可愛らしい防具、腰には真紅の剣を帯刀している女性が俺を見つけると幸せいっぱいといった雰囲気を振り撒きながらこちらに近付いて来る。

 その女性とはレミリアその人である。


「………ディーゼルはどうしたんだよ?あいつは決闘でこの俺に勝った筈だが?」

「あぁ、あの後『馬鹿にするなぁぁぁあっ!!』って泣きながら何処かへ走り去って行ったぞ?そもそもあの決闘でディーゼルが勝ったと思った者はおるまい。それに、アイツは弱い癖に昔から私にベタベタと付いてきよってな、鬱陶しく思っていたのだ。今回の決闘でクロード様があの粘着質ディーゼルを追い払ってくれて私は更にクロード様に惚れ直したぞ」

「………」


 テメーもいい加減しつこいぞと喉を通り抜けて口元まで出かけたのだが何とか無理やり飲み込む。

 あとせっかくのお膳立てをゴミ箱に捨てて逃げやがったディーゼルは一回殴ると心のメモに書き記す。

 あの完全な演技を無意味にした報いは受けてもらう。


「そしてなんと言ってもあの時の見せた剣技っ!!あの剣技を思い出す度に身体が疼き、滾って仕方ないぞっ!………ん?」


 そして今回も俺の返事を待たずにマシンガンのように喋り続けるレミリアなのだが、その視線がシエル、そしてヒルデガルドへと向けると何かを察したのか「成る程」と一人で納得し頷く。


「まぁ英雄色を好むと言うしな。妾の一人や二人ぐらい目を瞑ろう。でも私が一番じゃないと嫌だからなっ!」

「いや、俺、レミリアと結婚するつもり無いから」

「あぁ、それは大丈夫だぞ?あの場から去っって行った時点でそう言うだろうと思ってな、既にクロード様の外堀は埋めておる」

「………は?」


 ちょっとレミリアが何を言ってるか分からなねぇ。

 とにかく何か恐ろしいものの片鱗を感じ取ったようだぜ。


「だからお父様にお願いしてクロード様を正式に私の許嫁にしてもらったんだ。今頃近隣国にもその事が伝わっている筈だ」

「………は?」


 開いた口が塞がらないとはこの事か。

 只の脳筋馬鹿だとばかり思っていたのだがまんまと嵌められたらしい。

 どうやら俺は城へ赴いたその時既にこの蛇みたいな女に巻きつかれ、その毒牙にしっかりと噛み付かれてしまっていた様だ。


 悔やんでも悔やみきれない。


「これでも第三王女なのだ。貴族の色恋、その駆け引きは嫌と言う程見てきたのだ。狙った相手に逃げられないように策の一つや二つ考えていたに決まっておろう」

「ぐぬぬ……」


 脳筋だと思っていた相手にしてやられる事がこれ程までに悔しいのだと俺は身を持って体験する。


 できれば体験などしたくなかったのだが。


「ちなみに私とクロード様の許嫁における契約は最上位のものでな、どちらかが死ぬかそれに等しい大罪などの行為を行わなければ切れない程堅い契約だぞ。そして、私が十八歳になった時問答無用で婚姻関係となる。ちなみに私は現在十六歳だ。勿論、クロード様が早く私と結婚したいというならば今からでもやぶさかでは無いぞっ!むしろ大歓迎だっ!」

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