第4話不死者

 最初の一撃はイメージ通りに放つ事が出来たと思うが問題はここからである。

 元々この技は二段構えであり最初に繰り出した斬撃が当たらなかった場合、斬撃が空を切ることで発生する突風が敵の行動を阻害し、その初撃で斬撃が通過した部分の空気が弾かれたことで真空の空間が生まれ、その空間の空気が元に戻ろうとする作用で相手を巻き込むように引き寄せる。その自由を奪われた相手を、二回転目の遠心力と更なる一歩の踏み込みを加え、より威力を増した二撃目で追撃する技である。

 その為俺は最初の技をあえてディーゼルが避けれるタイミングで放っており、またディーゼルは俺の思惑通りその斬撃を避けていた。


 それを見越した俺は二撃目の斬撃を放つべく行動に移しているその時、俺は確かに最初の斬撃を放った場所に吸い込まれる感覚を感じ取る事が出来、そのまま二撃目の斬撃をあの有名な技名と共に繰り出すとそこには俺が思い描いていた、そして夢にまで見た光景があり自然と笑みが零れだす。


 しかし笑みが零れだしてしまうのは仕方の無い事であろう。

 何故ならばこの技は男に産まれたからには誰しもが真似をする技の一つなのだからである。


 そして一拍遅れてドシャッという音と共にディーゼルが背中から地面に落ちるとあたりは物音一つしない静かな時間だけが流れていた。


「な、何なのだっ!?その技はっ!?ひてん何とか流などと言う流派も聞いたことが無いぞっ!!」


 そして次の瞬間にはレミリアが怒涛の勢いで質問攻めを俺にしてくると共に辺りは騒めき始める。

 そんな中、技をもろに食らったディーゼルは剣を杖にしながらも震える足に力を入れて何とか立ち上がって来るその姿が見えた。

 彼のその姿はまさに満身創痍そのものでありデコピンの一発でも当てようものなら倒れてもおかしくは無い程である。


 そしてその姿を見た俺は焦る。

 ただただ憧れていた技を使ってみたかっただけである。

 勝とうなど微塵も思ってはおらず、ましてや剣と魔法の世界でこの技が通用するなど思っていなかったのである。

 もし技が直撃したとしても大したダメージにはならないだろうと高を括っていた。


 この試合で俺がやらなければいけない事、それは負ける事である。


「ぐわあああああああーー。あの一瞬の間に俺の急所に一撃を入れるとはああああー。やーらーれーたー………どさっ」


 そして俺はあたかもディーゼルが放った一撃により致命傷を負い、倒れるという完璧な演技でもってどさりと前のめりで倒れる。


「…………」

「…………」


 最早この俺の超絶演技を目の当たりにして声も出ないのであろう。

 しかしながらそれは仕方がない事なのかもしれない。

 そう。

 仕方がないのである。


「………く、クロード様?」

「ぐ、どうやら俺はあの一撃でもう戦えない程のダメージを受けたみたいだー。身体中の至る所が痛いよー」


 思っていた以上に沈黙が長く、もしこのままの沈黙が続いた場合この状況からどう抜け出そうか考え始めた時恐る恐るといった感じでレミリアが話しかけて来る。

 はっきり言って声をかけるのが遅いと文句の一つでも言ってやりたいところなのだがそこはグッと堪えて俺の完璧な演技力を持って満身創痍関を出しながらゆっくりと立ち上がる。


「負けたなー負けた。完璧に。完膚無きまでに負けたわー。と、いう訳で俺よりも強いディーゼルの方がレミリア様の婿に相応わしいでしょう。ではそういう訳で、俺はこれにて帰らせて頂きます」

「あ、おいっ!!」


 そして俺はその場所から一瞬にして懐かしきギルドへと、以前マーキングした血液を利用して移動する。

 ぶっちゃけ光よりも速く移動できるのだが、ただでさえ空気の壁に当たった時の衝撃波が起こる為衝撃波が起こらない程度で移動するよりも血液から血液へ移動する能力の方が速い上に、そもそも今の俺の能力に【本気で動くと周囲の空間がその衝撃で崩壊する】能力があるので長距離移動手段は基本的に血液を利用した移動方法になるだろう。


 とりあえず、後のゴタゴタなどは当事者へ丸投げで良いだろう。

 どうせならそのままディーゼルと結婚してくれれば御の字である。


「え?え?く、クロードさんっ!?」

「はい。私がクロードさんです。とあえず戻ってきました」

「帰って来ると私は信じてましたぁっ!」


 そんなこんなで帰って来た事を報告がてらそのまま何か依頼でもとギルドカウンターへと向かうと俺を見つけたらしいシエルさんがこちらへ走って来たと思った瞬間にダイブからの抱きつかれた。

 未だに俺の胸へ顔をグリグリとしている為撫でるには丁度いい位置にあるシエルさんの頭を撫でながら「まさかシエルさんは俺の事が異性として好きなんじゃ?」と思うもののハーレム物の主人公でもあるまいしとその考えを一蹴する。

 俺はあの唐変木供と違い相手の感情を敏感に感じ取る事が出来る男である事は間違いがない。

 そもそも未だに冒険者仮登録である男性に惚れる異性など昨今主夫も偶に聞く様になった日本ならばまだしもこの世界では砂漠で針を探す様なもんであろう。

 勘違いしてドン引きされる童貞ではないのである。


「それはそうと今現在比較的簡単かつ稼げそうなクエストがあればそのまま受注したいのですがありますか?」

「ご、ごめんなさいね。嬉しくって感情を抑える事が出来なかったみたい」


 俺が仕事の話をしだすとまるで甘える猫の様な状態からいつものシエルさんへと切り替えると一度自分の席に戻り今出ているクエスト一覧をまとめたファイルを開くと一つ一つ吟味していく。


 あの状態から瞬時に仕事モードへ切り替え、仕事をしだすあたりプロだな、と思ってしまう。

 それでも俺に抱きついていた事を今更ながら恥ずかしいのか顔を真っ赤にし、手でパタパタと仰いでいるその姿に思わず可愛く思えてしまう。


「あ、ありましたよ。このフウソウという薬草の採取なんか良いと思いますよ」

「ちなみに旨味は?」

「ダンジョンの入り口に多く育つ植物です」


 成る程理解した。

 ようはクエストをこなしながらダンジョンに潜れるというのがこのクエストのうまみであろう。


 そして、シエルさん曰く高ランクの冒険者はわざわざ薬草よりもダンジョンでのドロップアイテムの方が換金率が高い為薬草は採取せず、さらにこのフウソウはギルド周辺の雑木林でも少ないながら採取出来る為に低ランクの冒険者はダンジョンに行く時間を薬草採取などに回した方が効率が良い為わざわざダンジョンまで薬草を採取しに行かないという事らしい。


「因みにこのダンジョンですが不死者のダンジョンと呼ばれていまして攻略難易度はSSSです。十階層までは比較的難易度は低めですがそれ以上の階層に行きますと難易度が跳ね上がりますので決して行かない様にして下さいね」

「善処します。わざわざ情報を教えてくれてありがとうございますシエルさん」

「クロードさんの為なら私、頑張っちゃいますからねっ!でもいくらクロードさんが強いからといっても絶対十階層までにしてくださいよっ!」


 そう言いながら濡れた瞳で上目遣いで見てくるのでもしかしたら俺に惚れているのではないかとつい思ってしまいそうになるが、そんな思春期の童貞の様な考え─何もしていないのに無条件で自分に惚れる─などいう勘違いをしないのが俺というナイスガイである。


 シエルさんのあの目は恐らく─自分が管轄している無茶をする新人冒険者を心配する目─であろう。

 自分が管轄している冒険者が死んだとなれば目覚めも悪いだろうし罪悪感も感じるからだろう。





 と、いう訳で今俺は不死者のダンジョン99階層を踏破したところである。

 シエルさんから十階層以上は行かない様にと言われているのだが、昔の俺なら死にたくないのでまず行かないのだが今の俺なら行かないという選択肢は無い。


 そう思いながら今までの階層を振り返ってみる。

 不死者のダンジョンというだけあってスケルトンやレイスと言った死霊系モンスターが中心であったし、確かに十階層を超えたあたりからスケルトンは無駄に良い装備をし始めレイスの見た目もより豪華になっていってた。


 しかしながら今の俺からすれば等しく平等に雑魚である事に変わりなかったのだが、その理由の一つに俺の能力も関係しているだろう。


 そして目の前には豪華な扉。

 恐らく百階層はボス部屋なのであろう。

 この部屋を突破知れば不死者のダンジョンを踏破するかもしれないと思うと異世界初のダンジョン踏破という事もあってか少し感慨深いものがある。


 そして俺は扉に手をかけ百階層へと向かう。


 そこに広がるのは何も無い巨大な空間と武装した一人の少女、そしてその少女に相対する様に聳え立つ身の丈三メートル程のスケルトン。

 そのスケルトンの姿はスケルトン界の王と言われても信じてしまいそうな程に豪華である。

 頭には当然の様に王冠を被り、全ての指には高そうな宝石の指輪を嵌めており右手には赤く大きなクリスタルのロッドが握られ、黒い何かの毛皮の様なマントをたなびかせている。


 一方で少女の方は金色の髪をポニーテールにしており此方もまたいかにも高そうな、全身白銀に輝く装備をしている。

そしてその手にはこれまた高価そうな白銀の大剣を握りしめているも余裕そうなスケルトンとは違い満身創痍と言ったかんじである。


 そして次の瞬間、恐らくスケルトンの何らかの魔術によって俺の隣、ダンジョンの壁へと勢い良く打ち付けられる。

 少女はそのままズシャリと力無く倒れるが一向に立ち上がる気配を見せない。


「た、助けて……助け……くだ…い」


 そんな少女と目線が合ったと思った瞬間、少女の口から消えそうな、しかし確かにしっかりと俺の耳に届いた。


「フハハハハハハッ!!面白い事を言うでは無いか。無理じゃ無理じゃっ!何人たりとも我を屠る者はいまい。我に挑んだ事を絶望しながら死ぬがよい」


 そしてそんな少女にスケルトンの王─以降スケルトンキング─は声高らかに喋り出す。

 そのスケルトンキングを無視して俺は少女へと語りかける。


「俺の奴隷となるならば助けよう」


 もちろん嘘である。

 恐らく少女は断るだろう。

 しかし、それでも少女を助けてスケルトンキングのドロップアイテムを少女へ渡して少女を『トゥンク』とトキメキさせる。

 天才が導きさせた最高のシナリオである。


「奴隷に……な…ます。……すけて……ださい」


 聞かなかった事にしよう。

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