無題3

寝床から激しく起き上がり、胸が赤くなるほど引っ搔き回す。薄皮が剥げ爪に垢と血


が段々と溜まっていく。何度も嗚咽を繰り返し、涎を垂らしながらも息を吸う。熱い、熱い。皮膚がじりじりと痺れてくる。顔、喉元、胸、腕、指先。




胸を犬のように掘り続ける。爪が剥がれ指先の肉が潰れてきても脳はそれを許さない。胸元の表面の筋肉はなくなっていた。飛び散っている人肉、血液。鼻孔に刺す汗の血の交じり合った耽美な匂い。乱れた髪の先端に色付く赤。今か今かと待ち構えている蠅と鴉。赤色になったシーツに、胸を凝視する血眼。そのどれもが全部奇怪だった。




やがて私の手が止まる。ゆっくりと面を上げる。私を見る。その形容しがたい顔に私は不快感を覚える。私は私を見ている。私は指を指した、宣告者の指の眼差しで。私は振り返るとそこには私が積み上げられていた。幾万、幾億もの私。天井なんて有るはずも無かった。




視線を私に戻すと、だった肉に私に蠅がたかっていた。苦痛とは程遠いそれよりももっと大きな何か、高く突き上げられたその手には、橙色の物が握られていた。私の手のひらをまじまじと見るんだ。何がある?




飴。血と苦しみの先の感情の籠った橙色の球体。




何故かそれを舐めたくなってしまう。鼻孔に刺さるどんな悪臭よりもかぐわしい香りを放つ球体の恐ろしいほどの誘惑。一度食べたらそれの虜になってしまいそうな甘い、甘々とした香りが舌を舐めまわしてくる。




アァ、なんて美しいんだ。




自己の制御も聞かず手のひらにある誘惑の塊を口の中に頬張ろうとする。動作がゆっくりと、目線はそれを追い、脳内で甘美な物質を充満させながら、常用者のように。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る