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王宮の中庭にはすでに三千人ほどの兵が集まっていました。
バルコニーに姿を見せた貴方を見て、騎乗した将軍が近づいてきます。
「陛下! 出陣の号令を!」
「将軍、解散だ」
「はぁ? これから出陣するのですよ。さぁ、号令を! 陛下!」
「余がもう一度告げる。解散せよ。出兵はしない。解散だ」
貴方の声はよく通ります。
解散しろという指示は全員に伝わったことでしょう。
王と将軍の背反する指示に、三千の兵たちが少し混乱しているようです。
「子爵閣下は何をしているのだ。やむを得ん。陛下はご乱心だ! 近衛兵! 陛下を確保せよ。抵抗する者は殺せ!」
手際がいいですね。
このような場合も想定していたのでしょうか。
それにしても王を守るはずの近衛兵にまで敵に回るとは、王宮内には本当に味方がいなかったのですね。
「こいつのようになりたくなければ、我らに従え」
そういって将軍が何やら丸いものを投げ込んできました。
可哀想に。首だけになった顎髭の長い内宮長。
「そいつが余計なことをしなければ混乱しなかったのだ! 我らは鬼人の王などに頭は下げぬ!」
なるほど。
私たちも望まなかったように、貴族たちも貴方の即位を望んでいなかったのですね。
もっと早く解り合えていたら、こんな結果にはならなかったのでしょう。
とても残念です。
「殲滅せよ」
内宮長の首には興味がなかったのでしょう。
貴方は一瞬視線を向けただけで、表情も変えず静かに一族の者へ指示を出しました。
その言葉で王宮周辺に潜ませていた戦衆が、一斉に屋根に上がり弓を構えます。
「な、なんだと……鬼人か! どこに隠れていた! 全軍、叛乱だ。制圧! 制圧せよ!」
将軍が動揺したまま叫ぶ。
たったいま自分たちが叛乱を起こしたのではなかったでしょうか?
「将軍、いにしえの約定通り、この国を譲り受ける」
その言葉に反応するように200人の弓から一斉に矢が射られました。
「防御姿勢! 盾を頭上に構えろ!」
それでも何人かの部隊長が必死に指示をしていましたが、その隊長たちの喉が次々と掻き切られていきます。一族のものは何も屋根の上にいるだけではありません。
数分もすると中庭で立っているのは将軍だけになりました。
「将軍、なぜ貴様を残したかわかるか」
「へ、陛下。ど、どうか慈悲を……」
「いや、質問しているのだ。余の問いに答えよ」
貴方の言葉に将軍は動揺したように左右に視線を送りますが、将軍を助けるものなどいません。
「これが何かわかるか?」
貴方はバルコニーの欄干に子爵の首を置きました。
ついでのように内宮長の首を並べたのは少し趣味が悪いですね。
「余は……僕たちは約定に従い静かに暮らしていたのだ。でもお前たちは愚かにもその約定を破った。だがそれも許しますよ。僕たちは、ただ約定通りの行動をします」
貴方は淡々と、説明します。
将軍は恐怖のあまり大きく嘔吐いていますが、それでも貴方から視線を逸らすことができないようです。
「子爵は死んでしまった。ゆえにこの場の最高位である将軍に問います。この国は約定に従い我々一族が統べますが異論はありませんね」
「ひ、ひい」
悲鳴を上げ泡を吹きながらも将軍は何とか頷きました。
「よかった。姉様、聞きましたね」
「はい、確認しました。この国は我々鬼人に約定通り譲渡されました」
私の言葉に貴方は満足そうに頷く。
「将軍」
「い、命ばかりは……」
「よかったです。ダメだと言われれば、人を皆殺しにしなければいけませんでした」
「そ、それでは」
「ゆえにここにいる者たちの首だけで水に流すことにしましょう」
「ひっ」
「それでは終わりです。姉様」
「はい」
苦しませることはない。
貴方がかつて寝所で漏らした呟きどおり、彼らは所詮、弱者なのだから。
将軍の首は一太刀で落ちました。
子爵と同様、自分が死んだことにもまだ気が付いていないでしょう。
恐怖に包まれる中庭。
重傷で身動きができない者は同僚の遺体などに身を隠すようにし、動ける者は何とか中庭から這い出ようとしています。
「僕の……僕たちの慈悲を受け取って下さい」
屋根の上の戦衆が剣を抜き中庭に降りました。
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