8

 王宮の中庭にはすでに三千人ほどの兵が集まっていました。

 バルコニーに姿を見せた貴方を見て、騎乗した将軍が近づいてきます。

  

「陛下! 出陣の号令を!」

「将軍、解散だ」

「はぁ? これから出陣するのですよ。さぁ、号令を! 陛下!」

「余がもう一度告げる。解散せよ。出兵はしない。解散だ」


 貴方の声はよく通ります。

 解散しろという指示は全員に伝わったことでしょう。

 王と将軍の背反する指示に、三千の兵たちが少し混乱しているようです。

 

「子爵閣下は何をしているのだ。やむを得ん。陛下はご乱心だ! 近衛兵! 陛下を確保せよ。抵抗する者は殺せ!」


 手際がいいですね。

 このような場合も想定していたのでしょうか。

 それにしても王を守るはずの近衛兵にまで敵に回るとは、王宮内には本当に味方がいなかったのですね。


「こいつのようになりたくなければ、我らに従え」


 そういって将軍が何やら丸いものを投げ込んできました。

 可哀想に。首だけになった顎髭の長い内宮長。

 

「そいつが余計なことをしなければ混乱しなかったのだ! 我らは鬼人の王などに頭は下げぬ!」


 なるほど。

 私たちも望まなかったように、貴族たちも貴方の即位を望んでいなかったのですね。

 もっと早く解り合えていたら、こんな結果にはならなかったのでしょう。

 とても残念です。

 

「殲滅せよ」


 内宮長の首には興味がなかったのでしょう。

 貴方は一瞬視線を向けただけで、表情も変えず静かに一族の者へ指示を出しました。

 その言葉で王宮周辺に潜ませていた戦衆が、一斉に屋根に上がり弓を構えます。


「な、なんだと……鬼人か! どこに隠れていた! 全軍、叛乱だ。制圧! 制圧せよ!」


 将軍が動揺したまま叫ぶ。

 たったいま自分たちが叛乱を起こしたのではなかったでしょうか?


「将軍、いにしえの約定通り、この国を譲り受ける」

 

 その言葉に反応するように200人の弓から一斉に矢が射られました。


「防御姿勢! 盾を頭上に構えろ!」


 それでも何人かの部隊長が必死に指示をしていましたが、その隊長たちの喉が次々と掻き切られていきます。一族のものは何も屋根の上にいるだけではありません。

 

 数分もすると中庭で立っているのは将軍だけになりました。


「将軍、なぜ貴様を残したかわかるか」

「へ、陛下。ど、どうか慈悲を……」

「いや、質問しているのだ。余の問いに答えよ」


 貴方の言葉に将軍は動揺したように左右に視線を送りますが、将軍を助けるものなどいません。


「これが何かわかるか?」


 貴方はバルコニーの欄干に子爵の首を置きました。

 ついでのように内宮長の首を並べたのは少し趣味が悪いですね。


「余は……僕たちは約定に従い静かに暮らしていたのだ。でもお前たちは愚かにもその約定を破った。だがそれも許しますよ。僕たちは、ただ約定通りの行動をします」


 貴方は淡々と、説明します。

 将軍は恐怖のあまり大きく嘔吐いていますが、それでも貴方から視線を逸らすことができないようです。


「子爵は死んでしまった。ゆえにこの場の最高位である将軍に問います。この国は約定に従い我々一族が統べますが異論はありませんね」

「ひ、ひい」


 悲鳴を上げ泡を吹きながらも将軍は何とか頷きました。


「よかった。姉様、聞きましたね」

「はい、確認しました。この国は我々鬼人に約定通り譲渡されました」


 私の言葉に貴方は満足そうに頷く。


「将軍」

「い、命ばかりは……」

「よかったです。ダメだと言われれば、人を皆殺しにしなければいけませんでした」

「そ、それでは」

「ゆえにここにいる者たちの首だけで水に流すことにしましょう」

「ひっ」

「それでは終わりです。姉様」

「はい」


 苦しませることはない。

 貴方がかつて寝所で漏らした呟きどおり、彼らは所詮、弱者なのだから。

 将軍の首は一太刀で落ちました。

 子爵と同様、自分が死んだことにもまだ気が付いていないでしょう。


 恐怖に包まれる中庭。

 重傷で身動きができない者は同僚の遺体などに身を隠すようにし、動ける者は何とか中庭から這い出ようとしています。


「僕の……僕たちの慈悲を受け取って下さい」


 屋根の上の戦衆が剣を抜き中庭に降りました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る