7

 翌朝。

 部屋の外の騒がしさに貴方は目を覚ましてしまいました。

 状況の確認をしてきた私は、すぐに貴方に何が起きているのかを報告します。


「謁見? こんな時間にか?」

「はい。子爵からです」


 陽はまだ昇ったばかり。

 貴方の眉間に皺が寄る。

 貴方は起き上がりはしたものの、そのままベッドに腰を掛けます。


「会いたくない」

「緊急だそうです」

「どうせ昨日の話だろ。謁見はいつもの通り午後から……ん?」


 貴方の言葉はそこで大きな複数の靴音に遮られました。

 そして寝所のドアがいきなり開きます。


「無礼者、ここは王の寝所だ!」


 私は入ってきた子爵の前に立ちはだかりました。


「ふん、姉弟で乳繰り合っているのか、民が知ったらどう思うのだろうな」


  屈強な兵士を何人も連れてきたからでしょうか、昨日とは打って変わって強気な子爵の態度。

 

「王の権威を何と心得るか!」

 

 剣を取ろうとした私の手を貴方は押さえました。

 そして、静かに子爵に語りかけます。


「子爵、いくら余が飾りの王とはいえ、さすがに無礼であろう?」

「飾りという自覚があったのですね。それは重畳。さて、陛下。遊びの時間は終わりです。準備が整いました」

「準備? なんの話だ」

「すでに王宮の前に兵は揃っております。これより聖域接収に取りかかります」


 子爵は笑みは卑しい。


「余は今日、返事をすると言ったはずだが?」

「返事? 結論は一つだけですぞ。聖域を接収し、薄汚い鬼人どもを駆除する。ああ、失礼。陛下もそのお仲間でしたな。できるだけ優しく扱うようにしますよ。それに抵抗しなければ引っ越してもらうだけの話です。陛下のお仲間は、どこか一箇所にまとめて我々が優しく飼ってあげますよ。檻にでも入れてね」


 もう子爵は溢れ出る欲を隠そうともしない。


「陛下、この国を動かすのは我ら貴族です。陛下は飾りとして、愛しい姉と健やかに暮らせばいい。全ては我々がやっておきます」

「そうか……」


 貴方はそう言って目を伏せた。

 まるで敗北したように。

 まるで全てを諦めたように。


 それを見て子爵が高笑いを始めた。

 そして今度は私の方へ近寄ってきます。


「お前も、王妃の地位にでも狙っていたのだろう。異父姉であれば前例が無いわけでもない。どうだ、協力してやるぞ」

「私は陛下の近侍です」

「そうか。それなら愛人として後宮で暮らすか。だが、その器量だ。引きこもるなら勿体無い。俺の元へくるか? 愛妾として可愛がってやるぞ。そうだ。それがいい。陛下にはお前の代わりに、俺の妹を娶らせよう。世継ぎは必要だからな」

「そうですか」


 貴方にも聞こえているのでしょう?

 その俯いた顔にはどんな表情が浮かんでいるのでしょうか。


「閣下。陛下の謁見は午後からです。午後に出直してください」

「ちっ、全く生意気な女だ。いくら陛下の寵愛を受けた姉だとはいえ、立場を弁えぬ言葉は看過できぬ。もういい、貴族である俺に逆らったお前には、それ相応の報いを与えよう。おい!」


 子爵は周囲の兵士に声をかける。


「お前ら全員で、この女を犯せ。ここでだ」

「はっ」


 兵士はその命令にニヤニヤと笑い始めた。

 私は剣を取り陛下の前に立ちます。


「子爵、今ならまだ間に合います。どうか下がってください」

「この状況でも表情を崩さぬのか。俺はその余裕な表情が最初から気に入らなかったのだ。お前ら、早く押さえつけろ」

「へへへ、好きなだけ抵抗しろよ。その方が面白いからな」

「下がって下さい。まだ間に合います。下がって「姉様、『その時』です」


 貴方の声。

 解かれた鎖。

 動き出す時間。


「っ?」


 子爵の最期の言葉はこれだけでした。

 剣は腰から肩口を斬り上げ、返す刃で首を飛ばします。

 ゆっくりと斬り口に沿って滑り落ちる首を失った上半身。

 きっと死んだ事も気が付かなかったのでしょうね。


 続いて私に襲いかかろうとしていた兵士たちの首が落ちました。

 その背後には一族の陰の者たちが立っています。

 もう準備は出来ていたのです。


「私は強いと言いましたよね」


 一言だけ子爵に言葉をかけてから、私たちは貴方の前に跪きました。


「約定はよろしいのですか?」


 貴方の決断。

 その最終確認を行います。


「約定通りだ。我らは約定を守る。我らの聖域を侵すのであれば、約定通り、この国を譲り受けよう」

「わかりました」


 愚かな貴族たち。

 約定で縛られていた私たちを、自らの欲望で解き放ってしまいました。


「長として改めて一族に告げる。『その時』だ」

「はっ」

 

 長い歴史。

 我らは護ってきた。

 人間を。

 全ては、いにしえの約定に従い。

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