6

 春になりました。

 子爵は牙を隠すことすらしなくなったようです。

 

「子爵、姉様に何か用か? 謁見はもう少し後だったはずだが」


 貴方の言葉に、子爵は私から離れました。

 ついでに首も離れればいいのに。


「例の法案について、かの地に住まう者としてご意見を」

「そうか。その話は余が聞こう。姉様は政治には疎い」

「わかりました。それでは謁見の間で」


 また貴方の眉間に皺が寄っていますね。


「陛下、かねてより上奏しておりました件、決めていただけましたか?」

「検討中だ」

「ですが、すでに貴族院で決定した事項です」


 今や子爵が、この国の実質的な支配者です。


「余はまだ承認していない」

「ですから、こうして催促にきたのです。陛下はまだ治世を勉学中の身、貴族院の判断を尊重していただけますな」

「わかった。検討すると言っているだろう」

「もちろん新しい土地の用意はあります」


 子爵は貴方の言葉に被せるように説明を続けました。


 聖域の接収。

 代替地には不毛な荒野。


 愚かな貴族たちの頭には、自分たちの欲だけ。

 なぜ、我ら一族が聖域に封じられていたのかということを、考えることもしないのでしょう。

 それを伝え頑なに守っていた王の血は絶えてしまいました。


 子爵の説明が進むにつれ、貴方の眉間の皺が益々深くなります。


「もういい、子爵。考えるから気長に待て」


 貴方はそう言って子爵に出て行くように手を振りました。


「待てませぬ! すでに議会承認から1ヶ月も経ち、雪も解けました。準備は整ったのです。これ以上無駄に兵を待機させる必要はありません。いますぐご承認を」

「余は許可していない。兵など解散すればいいであろう」

「陛下! 貴族院を蔑ろにするつもりですか!」


 子爵が貴方を睨み付ける。

 それでも貴方の表情は変わらない。しばらく睨み合っていたが、貴方の視線の強さに負け、子爵の視線が左右に小刻みに動きました。。

 所詮、小物なのですね。


「へ、陛下。我々は何も鬼人を攻め滅ぼすという話をしているわけではないのですよ」

「続けろ」

「あくまでも聖域の管理について、これまでと違う管理手法を」

「わかった」


 うんざりしたように貴方は目を閉じました。


「明日、返事をする」

「明日ですな。わ、わかりました。約束ですぞ。明日にはご承認を!」

「それと子爵」

「はい」

「余は姉様のこととなると、感情が強く動く。忘れるなよ」


 子爵は私に探るような視線を向けてきます。

 ですが私は何も言いません。

 子爵も結局、何も言わないまま出ていきました。


「姉様……」

「陛下、カクムでございます」

「カクム姉様」

「陛下」


 溜め息をつく私に貴方は優しい笑顔を浮かべた後、この頬を撫でました。


「僕は争いごとが嫌いです」


 貴方は心の底から争い事を嫌っています。それでも。


「家族や仲間が傷つけられるのはもっと嫌いです」

「はい」

「それに姉様がいつも傷ついて我慢しているのも嫌です」

「陛下……」

「僕は……余は明日、答えを出す。彼らの腐った頭でも理解できるように」


 そう言って貴方は立ち上がりました。


「だから姉様、今夜も」

「陛下、カクムでございます」


 もう何度も繰り返したやりとり。

 貴方が差し出した手を私が拒否することはない。


「わかりました。陛下」

「ありがとう」


 貴方が堕ちるのは地獄ですか?

 であれば、そこまでお供しましょう。

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