13-25.打ち上げ(Web版最終話)

 楽器の体験講座も、割と好評だった。俺達はほとんど口で説明するだけで(神崎君は弾き方まで教えていたが)、ほとんど俺は何もしていない。

 Sスタジオ利用者でもっと玄人プレイヤーなんかも一緒にいてくれたら助かったのにな、等と思ったが、今はいい。とりあえずこのSスタジオに人を集める事が大切だったのだ。

 次に開催する際は、初心者コース程度を教えられる講師なんかも集めておくと良いかもしれない。

 初心者コースと言えば、伊織も晴れてピアノの先生となった。月三回、このSスタジオで四十五分間、タエちゃんに教える事になったのだ。月謝はスタジオ代込みで七千円。そのうち五千円が伊織に支払われるらしい。高校生の時給単価で考えれば、かなり高い。伊織は貰い過ぎだと言っていたが、親御さんもその価格で同意しているので、貰えるものは貰っておけばいいと説得した。

 今回のピアノ無料リサイタルが、どの程度Sスタジオの売り上げに繋がるかはまだ未知数だが、ほとんど経費がかからない企画なので(空いてる場所を有効利用しただけ)、月一程度で開催していくとの事だ。

 そして、このピアノリサイタルを切っ掛けに浮かんだ、新しい企画も須田店長に提案した。それは、バンド向けのスタジオライブだ。バンドはノルマなどの必要経費なしでスタジオでライブができるようにして、チケット代を五百円から千円などの格安にする。

 金のない高校生バンドや大学生バンド、或いは初心者バンドには打ってつけの発表の場を提供するのだ。上手くいけば、スタジオレンタル料金よりもお金を稼ぐ事ができる。

 須田店長も気に入ってくれて、早速スタジオバンドライブも企画してみると言ってくれていた。


 さて、色々あったが、ようやく無料ピアノリサイタルも終わった。月一開催の予定だが、一度経験してしまえば怖くない。お茶と茶菓子のお店も継続的にスポンサーになってくれると言っていたし、初手は上々だ。

 問題は、二回目でどれだけ人が集まるか、だ。こういった新しい事は、一回目は面白いもの見たさで人が集まる。しかし、二回目は客足が落ちる。それ対策のアイデアも考えなければならない。

 少なくとも、伊織がピアノのコンクールを終えるまでの間は、Sスタジオに潰れてもらっては困る。何かしらSスタジオにお金が流れる仕組みを考えなければならないだろう。

 自宅で打ち上げをやっていた際、俺は親父とこんな事ばかり話していたので、母親が呆れかえっていた。事あるごとに、「あんた受験生なんだからね」と口を挟んできた。わかってるっての、うるさいな。

 打ち上げは、そんな感じで俺が父親と雑談していても、問題なく回っているほどには穏やかだった。というより、みんな伊織と話すのに夢中だ。俺の事なんて見えちゃいない。

 今伊織はリビングのほうで、俺がクリスマスイブの日に聞いたような事――すなわち、彼女の過去について――を、少し暈かしながら神崎君達に話している。

 彼女があのMCで親の事について話すに至った理由については、色々隠していたせいで、彰吾の事で信や眞下にも迷惑をかけてしまったからだそうだ。もちろん、彼女の中で「もう話しても大丈夫」と思えたからこそ話せた、とも言っていた。


「真樹君とお母さま、お父さまのお陰だよ」


 伊織は、スタジオからの帰り道、こっそりそう俺に耳打ちした。彼女がそうして過去を受け入れ、前を向けるようになったのは、俺や両親のお陰なのだという。

 伊織にとってこの家で暮らす事は、俺達が考えている以上に、彼女を救っていたのだ。

 今、眞下や双葉さんが泣きながら伊織の話を聞き、彼女に泣きついている。そして、それを伊織が慰めるという謎の光景がリビングではでき上がっていた。

 信や神崎君は、初めて彼女の口から聞くその過去に――ある程度知っていたとは言え――言葉を無くしているようだった。

 俺も初めて話を聞いた時は、そうだった。どんな言葉をかければいいか、わからなかった。だから、ただ抱き締めるしかなかったのだ。


「成長したなぁ、伊織ちゃんも」


 親父が、そんな伊織を見ながら言った。


「そう?」

「したさ」


 言いながら、ぐびっとビールを飲んだ。


「強くなったというか、自信を持てるようになったというか。俺達が、それを支える役目を果たせてるなら、ちょっとした罪滅ぼしにはなるか」

「罪滅ぼし?」

「そう。お前がショックで記憶障害に陥った時、俺達は伊織ちゃんからお前を引き離してしまったんだ。また会って遊ぶようになっていれば、違った未来になっていたかもしれないのにな」


 親父は、ぼんやりと伊織を眺めながら言った。

 きっと、もしあそこで麻宮家と疎遠になっていなければ、親御さん二人も無事だったのではないか……親父はそんな事を考えているのかもしれない。

 ――バラフライ・エフェクト。風が吹けば桶屋が儲かる、とも言うが、そうした小さな変化があれば、未来は変わっていたのではないか、伊織は両親を亡くさなくても済んだのではないだろうか、と親父は言いたいのだろう。


「別に……それを間違ってたとは思わないさ。ショックで記憶を無くした息子が落ち着いてるなら、落ち着いてる方を選ぶだろ、普通」

「まあ、そうなんだけどな。お前がそう言ってくれて嬉しいよ」

「…………」


 違う。もしバタフライ・エフェクトなんかで未来が変わってしまっていたら、今ここにいる伊織がいなくなってしまう。俺は、それが嫌なのだ。

 もちろん、伊織は両親を亡くしてつらい思いをしているのだけれど……彼女がそうした思いをしていなければ、彼女はこっちには戻っていないわけで。そうしたら、伊織と俺は、二度と出会えなかったかもしれないのだ。そんな未来、考えたくもない。


「伊織ぃ、寂しくなったらいつでも泊まりにいくから言ってね?」

「ていうか、伊織さんちでお泊り会しようよ!」


 眞下と双葉さんの思わぬ提案に、ぎょっとする伊織。そして、チラッとこっちを見る。

 ああ、えっと……面倒な方向に話がいきそうだな。信もニヤニヤしながらこっちを見ているし。


「そ、そうだね! じゃあ、ゴールデンウイークだし今度遊びにくる?」

「うん、いくいく!」

「女子会しよ、女子会!」


 苦し紛れにした伊織の提案に、二人は大いに喜んでいた。

 ちょうどゴールデンウィークというのが仇となってしまったな。ここで断ったら不自然だ。ただ、眞下や双葉さんも、伊織と遊びたいと言っていたし、ちょうどタイミング的にも良いだろう。たまにはうちの親に気遣わず、同性の友達と好きに過ごすのも良いと思うのだ。

 母さんが台所から戻ってくると、テーブルを見てぎょっとした。


「え⁉ もうそんなに食べたの⁉」


 母さんが驚いたのは、テーブルの上に乗っていた料理が、ほとんどなくなっていたからだ。育ち盛りの高校生が六人も集まれば、食べ物などすぐになくなってしまう。俺も腹減ってたから食べちゃったし。


「さすが高校生、よく食べるわねえ……材料足りるかしら」

「あ、お母さま。まだご飯ありますか?」


 伊織がすくっと立ち上がった。


「ご飯? ご飯ならまだたくさんあるけど」

「私、おにぎり作りますね」

「いいのよ、今日は伊織ちゃんが主役なんだから」

「いえ、お母さまもずっとお料理作りっぱなしで大変だと思うので、少し休んでください」

「でも……」

「おにぎりなら、包丁使いませんよ?」


 伊織は少し悪戯気に母さんに笑いかけると、母さんも呆れたように笑っていた。前の『手を怪我するから料理禁止令』に対する当て付けだろう。


「わかったわ、じゃあ、お願いね。具は冷蔵庫の中にあるの自由に使っていいから」

「はい」


 母さんは諦めたようにエプロンを外しながら、親父に声をかけた。


「お父さん、ちょっと買い出し追加しにいきましょう。デザートを買い忘れちゃったわ」

「お、わかった。車は……酒飲んでるから出せないぞ」

「いいわよ、近くのスーパーで。たまには歩きましょう」


 母さんがそう親父に言うと、伊織にエプロンを渡した。

 伊織はにっこり微笑んで受け取ってつけると、手首につけたヘアゴムで、すっと髪を結った。ふぁさっと髪が一瞬だけ舞って、伊織のうなじが少しだけ見えた。

 その一瞬の動作を、神崎君と信が思わず横目で追っていたのを、俺は見逃さなかった。


「今の、いいよなぁ……」


 信が最後のから揚げを頬張りながら、感嘆の声を漏らした。


「うん……こう、ぐっとくるよね」


 おい、神崎。信はともかく、お前は双葉さんという可愛い彼女が目の前にいるのに何を俺の嫁を(嫁じゃないけど)そんな目で見ているんだ。殴るぞ。

 てか、まずいって、お前ら……横を見ろ、横を。


「え? どうしたの?」


 伊織が視線を感じたのか、首を傾げて信達を見た。


「いや、なんでもない! なんで……も?」


 信が慌てて否定しようとしたが、そのとき眞下と双葉さんの視線に気付いたようだった。そこには、じっとりとした冷たい視線を送る二人の女の姿。


「信、サイッッテ―」

「勇ちゃんの変態、むっつりスケベ、色情魔」


 双葉さん、何気にキツイ言葉を使っている。色情魔って……さすがにそれは可哀想では。

 そんなトラブルもあったが、二人が平謝りをしまくり、そして伊織の作ったおにぎりを食べる事で、眞下と双葉さんも機嫌を直した(伊織の作ったおにぎりは塩加減などが抜群だったし、何より伊織が握っているので美味しい。後者は俺の主観補正だが)。

 信が持ってきたパーティーゲームをみんなでやったり、親が買ってきたデザートを食べてはまたゲームをやったり、お喋りをしたりと、夜遅くまで遊んだ。

 なんだか、今すごく高校生をやっている感じがして、楽しい。

 伊織と二人きりで過ごすのも良いけど、こうやってみんなと過ごすのも良いな。

 ほんの少し前までは伊織とずっと二人きりでいたいなんて考えていたのに、こう考えてしまうあたり、俺はまた少し変わったようだった。


(Web版『君との軌跡』 了)

――――――――――――――

【後書き】


 こんにちは、九条です。

 今回で13章はおしまいで、Web版の投稿は13章までとさせて頂く事としました。続きは完結済の電子書籍版でお楽しみ頂ければと思います(電子書籍の契約上、全文無料公開はできないのです。また、無料公開分が広すぎという指摘がくれば、事前の告知なくカクヨムでの公開範囲を狭める可能性がありますので、ご了承下さい)。


⇩電子書籍はこちら⇩

https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/1177354054921744675


 本作はこれから14章・15章・そして長い終章へと続きます。

 14章は『白河さんとの決着編』、ジレジレとしていた『信くんと眞下詩乃の今後編』、そして13章で荒れに荒れた幼馴染二人『伊織と彰吾の関係遂に決着編』の三部構成になっていて、この作品で序盤からずっと蒔いていたフラグを全て14章で回収しています。

 15章は、伊織が遂に過去のトラウマと立ち向かうべく挑む『コンクール編』、それを経て『伊織が辿り着いた結論編』、そして『真樹の受験と高校卒業編』へと繋がります。

 終章では、全ての試練を乗り越えた二人が見た景色──という、この物語を締めくくる内容。終章のくせにそれだけで何万字もあるという代物です。

 そして、今回匂わせている『バタフライエフェクト』に関する番外編『もしも君とずっと幼馴染だったなら』も収録しています。


 おそらく、この『君との軌跡』という物語を集約しているのが13章~終章。最後まで読んだ人は、きっと他の作品ではなかなか得られない読了感が得られるのではないかなぁと思っています。


『君との軌跡』は、九条という作家の出発点であり、そしてある種ひとつの終着点でもあったのではないかな、と思います。文章的には手直ししたい箇所は多々あれど、『これ以上の人生はなかなか描けない』という作品になっていて、僕の中の指標となっています(書籍版ではまた改稿を加えています)。


 僕のこれからの作品にも深く影響を与えている作品にもなっていて、最近投稿したカクコン応募作『学校一の美少女がお母さんになりました。』も、今の自分が『君との軌跡』を書いたらどうなるか?という気持ちで書いたお話でした(『お母さん』の方の主人公とヒロインの名前を見て、にやりとした方もいるのではないでしょうか)。

 13章以降は自分で読んでいても『面白いなー』と思う反面、物語がどんどん終わりに近づいていく感覚が寂しくてたまらないという感覚になります。

 そんなこの物語の軌跡の結末を、是非読んでやって下さい。


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 それでは、Web版をここまでお読み頂きありがとうございました。今後とも九条を宜しくお願い致します。

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