13-24.親公認?

「麻生君、親と仲良いんだねえ……」


 うちとは大違いだ、と神崎君。


「え、てか伊織との仲ってもう親公認なの?」


 眞下が「今更だけど」と付け足して訊いてきた。

 双葉さんと神崎君も興味深そうにこちらを見ている。


「まあ、公認っていうか、公認、だよなぁ……」


 公認どころか一つ屋根の下で暮らしているわけだけども。学生結婚しろとかとも言われてるし。

 っていうか、よく考えれば、うちで打ち上げするのってリスク高くないか? 信は知っているけれど、神崎君達は伊織がうちで暮らしている事を知らないのだ。

 これ以上知っている人間を増やすと、情報の管理が難しくなるのだが……ただでさえ口の軽そうな信が知っているのに。まあ、そのあたりはあとでこっそりと口うるさく言っておこう。両親と信、どちらにも。


「えええー! いいなぁ、あたしも勇ちゃんのご両親に公認されたい!」


 双葉さんが拗ねたように嘆いてみせた。


「ええ、そんな急に言われても……じゃあ、今度一回うちに遊びにくる?」

「いくいく!」


 双葉さんが子犬みたいに喜んでいた。


「うわぁ……なんなの、これ。皆してあたしのメンタル殺しにきてない?」


 眞下だけが不機嫌そうだ。いや、まあそれもそうなのだと思うけど。

 ようやく物販チェキ販売に一区切り着いたのか、伊織がロビーまで来た。


「あ、真樹君。お父さまとお母さまは? もう帰っちゃった?」

「ちょうど今帰ったよ」

「そっかぁ……もうちょっとお話したかったのに」


 話なんて家でいつでもできるだろ、と思ったが、今はすんでのところで思い止まる。

 眞下と神崎君が「今お父さまとお母さまって言ってたわよ?」「これもう結婚するのかな?」などとぼそぼそと後ろで話していたのが聞こえたからだ。これ以上は色々まずい。


「素敵なピアノのお礼に、伊織にご馳走食べさせたいから今日うちで打ち上げやりなさいってさ」

「え、ほんと? やったぁ!」


 伊織は子供みたいに飛び跳ねそうな勢いで、嬉しそうな顔をし 喜びを表現していた。

 ほら、やっぱり。伊織はうちの親の提案なら大体なんでも喜んでしまうのだ。きっと伊織に尻尾があったなら、ぶんぶんちぎれんばかりに振っているだろう。見事に飼い馴らされている。

 ただ、伊織がそんな風に笑ってくれるなら、うちの両親の提案に賛同するしかない。


「あの、お話中のところ、ちょっとすみません」


 不意にそう声をかけられて横を見てみると、三十代半ばくらいの女性と、小さな子供がいた。最前列で伊織のピアノをガン見していた女の子と、その母親だ。

 母親はどこか申し訳なさそうにしていて、女の子はじぃっと伊織を見上げている。

 一体、どうしたのだろうか?

 俺達は、そのお母さんの言葉を待った。


「あの、麻宮さん……うちの子が、ちょっとお願いがあるみたいで」


 お母さんは、申し訳なさそうにそう切り出した。伊織は、「はい」とお母さんに笑顔で返事し、屈んで女の子と目を合わせた。


「どうしたの?」


 伊織が優しく微笑みかける。こう、子供に接する伊織を見ていると、本当に心が和むというか……いや、いつでも和んでいるのだけど、格別に和む。子供が好きな女の子って、いいよな。


「タエ、お姉ちゃんにピアノ教わりたい」


 女の子──おそらくタエちゃん──は、唐突に伊織にそう申し出た。


「え? 私に?」


 この申し出に伊織は困惑して、お母さんへと視線を向けた。


「その、私まだ高校生ですし、教えてもらうならプロの先生に教わった方が……」

「私もそう言ったんですけど、タエったら言って聞かなくて……」


 どうやらタエちゃんは、ピアノに興味があって、何件かピアノ教室を回ったらしい。しかし、先生とソリが合わず、入会に至らなかった。今日もチラシを見て、何となくタエちゃんが喜びそうだと思って連れてきたのだが、タエちゃんは完全に伊織のピアノに首ったけになってしまったのだという。

 その結果、『お姉ちゃん以外には教わりたくない!』と言い出す始末。お母さんもほとほと困り果てて、伊織に相談しにきたのだという。


「タエ、お姉ちゃんがいい!」


 ひしっと伊織に抱き付くタエちゃん。伊織はタエちゃんの頭を撫でながらも、困った顔をしてこちらを見上げてくるのだった。


「あの、ご迷惑でなければで構わないので、お願いできないでしょうか? 娘がここまで意思をはっきり示したのは初めてなもので……もちろん、月謝も大手のピアノ教室と同じ金額をお支払いします。時間なども融通を利かせますから」

「でも……」


 お願いします、とお母さんにも頭を下げられてしまう始末だ。

 ただ、それでも伊織が渋ってしまう理由もわからなくはない。彼女もただの高校生で、ピアノを教えた経験がない。この子が今後ピアノを好きになるかどうかの責任を今の自分が負ってもいいのか、という葛藤があるのだろう。

 こういう時は、俺の出番だ。


「いいんじゃないか? 教えても」


 敢えて、背中を押すように言ってみた。


「ちょっと、真樹君。無責任な事言わないで。私、今まで人にピアノ教えた事なんてないし、上手く教えられる自信なんてないんだから」


 ピアノだけでなく指導法も学んでいる先生に教えてもらった方が絶対にこの子の将来のためになる、というのが伊織の見解だ。

 しかし、俺はそれは少し違うと思った。おそらくだが、タエちゃんが求めているのはそこではない。


「この子の将来を思うなら、尚更伊織が教えるべきだろ」

「どうして?」

「だって、この子に今必要なのってさ、上手くなるとかそういう技術的なものじゃなくて……単純に、ピアノを楽しいって思う事なんじゃないか?」


 俺がそう言うと、伊織はハッとした。


「伊織もさ、最初についたピアノの先生が鬼教官みたいな、上手くなれるけど厳しいだけの人だったら、今までピアノ続けてた?」


 伊織は、首を横に振った。


「続けられなかったと思う……」

「だろ?」

「うん。お母さんから最初に習った事って、簡単で楽しいって思える事ばかりだった気がする」


 そう、そういう事なのだ。楽器にしろ、どんな習い事でも、技術の向上なんかは二の次だ。

 まず、一番大切なのは、楽しいと思える事。それがスタートラインで、楽しいとさえ思えたら、技術の向上なんてものは、あとからいくらでもついてくる。子供は興味を持ったものにひたすら真っすぐに向き合うのだから。


「もしさ、この子……タエちゃんがさ、将来もっと上手くなりたいって思ったなら、その時は別のプロの先生に教わればいいんじゃないか?」


 伊織は黙ったまま、納得したように何度か頷いていた。

 俺も伊織の横に屈んで、彼女に抱き着いているタエちゃんと視線を合わせる。


「タエちゃんはさ、なんでこのお姉ちゃんに教わりたいの?」


 タエちゃんは、少しだけ首を傾げて考えてから、元気よくこう答えた。


「楽しそう! あと、お姉ちゃんとっても良い匂いがする!」


 言って、また伊織に抱き着いて幸せそうにすりすりしていた。伊織も笑いながら、そんな彼女を、ぎゅーっと抱き締めている。まるで聖母のような微笑を浮かべながら、嬉しそうに。

 この子は、きっと本能的に伊織の持つ母性だったり、優しさだったりといったものを感じ取ったのかもしれない。伊織のピアノの音色からもそれを感じたのだろう。ここまで言われたら、断れる伊織ではない。


「……わかりました。本物の先生に比べれば及ばない点も多いかと思いますが、お引き受けします」

「あ、ありがとうございます! 無理を言って本当にすみません……」


 伊織はタエちゃんのお母さんに向かって、困った笑みを浮かべながら、頭を下げた。


「いえ、私も……一番最初にピアノを弾いた時の事、思い出しちゃって。タエちゃんにも、ピアノ、好きになってもらいたいですから」


 伊織はタエちゃんの頭を撫でながら、恥ずかしそうに笑って言った。


「よかったな、タエちゃん。お姉ちゃんがピアノ教えてくれるってさ!」

「わーい!」


 タエちゃんは屈託のない笑顔で、嬉しそうに笑っていた。子供の笑顔って、ほんとに癒されるなぁ。


「えっと、じゃあさっきのスタジオで教える事になると思うので……店長のところに、もろもろ相談しにいきましょう」


 伊織は立ち上がって、須田店長がいる方へとお母さんを促した。

 そのままタエちゃんと手を繋ぎながら、お母さんとともにSスタジオの事務所へと向かう。

 タエちゃんは後ろを振り向いて、俺に向かって手を振ってくれたので、手を振りかえす。

 うーん、子供って可愛いな。それにしても、俺ってこんなに子供と上手く話せたっけ。自分でも意外な一面だった。


「「「…………」」」


 そんな俺達のやり取りを、眞下と神崎君と双葉さんの三人衆がぽかーんと見ていた。


「……なんだよ」

「いや……麻生君、やっぱり凄いね」

「麻生さん、大人〜!」


 神崎君と双葉さんが口々に感嘆の言葉を漏らした。


「はーっ、なるほどねえ。伊織があそこまで惚れるわけだ」


 眞下も呆れたように笑っていた。全く意味がわからない。

 その事について深く問いただそうとしたら、ちょうど信に呼び出された。どうやら、楽器体験の方の準備が整ったらしい。

 俺と神崎君は、これからギターを初めて触る人達に向けて、アンプの設定の仕方や簡単な弾き方を教えなければならないのだ。

 須田店長が伊織のピアノ教室の件で事務所にいるので、俺達で進行しなければならないらしい。


「眞下と双葉さんはどうする? これから楽器体験あるから、打ち上げまでもうちょい時間かかると思うけど」


 このあと、楽器体験講座が一時間くらいある。きっと一時間ぴったりで終わるわけではないので、ダラダラと続くだろう。


「うーん、どうしよっか? 明日香」

「勇ちゃんの邪魔しちゃ悪いから、ちょっとカフェでお茶しよ?」

「いいね、行こ! というわけで、あたしらこのへんで時間潰してるから、終わったら連絡ちょうだい!」

「了解」


 そんなやり取りをして、俺と神崎君はスタジオへと向かった。


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【お知らせ】


 メディアワークス文庫コンテスト用作品『例えこの世界が君を拒絶したとしても、君と過ごしたあの夏は忘れない。』の投稿を開始しました。


https://kakuyomu.jp/works/16816927859577115465/episodes/16816927859577129304


 こちらは一巻完結ものです。よかったら読んでやって下さい。

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